2日連続の雨天順延を経て、3月25日で全出場校が1回戦を終えるセンバツ大会。例年と違い、気温が10度を下回る日も多く、3月の甲子園では珍しく雪が降る光景も見られた。アルプススタンドの記者たちは、手袋なしでは取材ノートが書けないほど厳しい冷え込みが続いている。応援席の生徒たちも、例年だと制服やパーカーなどの軽装が多く、肌寒い日でもウィンドブレーカーを羽織る程度だったのが、今大会ではダウンを着込み、手袋をして楽器を演奏する姿も目立つ。演奏のない守備時には、冷えた手や足をカイロで温める生徒も少なくない。

「ここまでガラガラとは…」なぜ?

 寒さとともに気になるのが、空席の多さだ。球場全体を見渡すと、例年よりも明らかに空席が目立ち、公式発表によると、観客数が7000人という試合もあった。10年前からアルプススタンドのブラバン応援取材を続ける筆者も、ここまでガラガラのセンバツはなかったように記憶している。

 近畿地方の大阪桐蔭(大阪)と報徳学園(兵庫)が出場した22日は、外野席もかなり埋まっていたので、対戦カードに大きく左右されるのだとは思うが、何か理由があるのだろうか。コンサートやスポーツイベントを手掛ける関係者に事情を聞いた。

「コロナ禍ではさまざまなイベントが休止になりましたが、コロナが明けた現在は、『このイベントには絶対に行きたい!』という本気のファンは変わらず足を運んでいるものの、行こうかどうか迷っている、いわゆるライトなファンは依然として離れている印象です。物価高などでチケット代も値上がりし、『行きたい人は行く、迷っている人は行かない』と、白黒はっきりし、グレーな人が減ったのでは」(コンサート・スポーツイベント関係者)

 このような分析に加え、例年にない寒さで「ふらっと行ってみよう」という層が足を運ばなくなったのかもしれない。

日本航空石川の試合に近江が…舞台裏

 空席が目立つ今大会だが、アルプススタンドの応援の熱さは例年とまったく変わらない。吹奏楽の友情応援も多く、現場には温かい話があふれている。

 25日に初戦を迎える日本航空石川(石川)の応援には、近江(滋賀)の吹奏楽部64人が駆けつける。

 能登半島地震で大きな被害を受けた日本航空石川は、多くの生徒が避難所での生活を余儀なくされるなど、部活動どころではなかった最中にセンバツ出場が決定。同校理事長補佐・佐久間京子氏の元に、被害を気遣った近江高校吹奏楽部の樋口心氏から電話があった。

「うれしくて涙が出ました…」

 2人の交流は、8年前の3月にカンボジアで行った教育支援のボランティア活動がきっかけだという。ともに現地の学校に毛布や文房具を届け、児童養護施設なども訪問。お互いの勤務先が野球やバレーボールなどの強豪校ということもあり、帰国後も交流が続いていたという。

「センバツ出場校が発表になった1月26日の夜、樋口先生から『学校は大丈夫ですか?』『吹奏楽部は練習できていますか?』とお電話をいただいた時は、うれしくて涙が出ました。地震で傾いた校舎の再建や、系列の山梨校への移転など落ち着かない環境のなかでセンバツ出場が決まり、本当に甲子園に行けるのか心細い思いを抱いていたので、樋口先生のやさしさがとても沁みました。友情応援を申し出てくださったので、『ぜひお願いします』と即答しました」(佐久間氏)

 22日、日本航空石川の吹奏楽部員13人が近江高校を訪れ、初の合同練習。今センバツは残念ながら1回戦敗退となった近江だが、アルプススタンドでの応援経験は豊富なだけに、「とても心強い」と佐久間氏も話す。

コラボで聴ける「あの人気応援」

 当日は、日本航空石川がいつも応援で演奏する“空にちなんだ曲”、米米CLUBの『浪漫飛行』や『サンダーバード』『航空オーレ』や、2015年にNHKで放送された、能登半島が舞台の連続テレビ小説『まれ』の主題歌『希空〜まれぞら〜』を演奏。ほかにも近江が応援で使用する、アメリカの人気ラッパー・ピットブルの『Fireball』も登場予定だ。この曲は、野球応援曲をフルリニューアルした2018年から使用している同校のチャンステーマで、

「今日の主役はどこですか?」
「近江高校!」

 という、野球部が考案した応援席全体を巻き込むコール&レスポンスが話題となり、今では他校も使用する人気の曲だ。

「近江高校さんの『Fire ball』で、私たちもぜひチャンスをつかみたいですね。私と樋口先生の2人の絆から生まれた今回のご縁が、生徒たちにとっても心通う交流になり、新たな絆が生まれることを願って、明日の応援に臨みたいと思います」(佐久間氏)

 日本航空石川の吹奏楽部部長・九尾結月さんも、「能登の人たちの願いや感謝の気持ちを込めて、精一杯演奏したい」と笑顔で話す。

寒さも…「空気が澄んでいるので音が鳴る」

 今大会では、京都外大西(京都)の応援に東邦(愛知)が、高知(高知)の応援に四條畷学園(大阪)のマーチングバンド部が駆けつけるなど、友情応援が盛んに行われている。「自校の吹奏楽部が少ない」などの事情によるものだが、吹奏楽コンクールの時期と重なる夏に比べ、春のセンバツは吹奏楽部に時間的余裕があるということも大きい。京都国際(京都)の応援に駆けつけた、京都産業大学附属吹奏楽部顧問・松山航氏も、「夏は、試合日とコンクールの日程が近いと応援を引き受けるのが難しい場合もありますが、春はそのような心配もないため、心おきなくのびのびと応援できますね」と話す。

 連日の寒さも「空気が澄んでいるので音がよく鳴る」と、四條畷学園マーチングバンド部で指導する今川直紀氏も話すように、気温や湿度の高い夏よりもはるかによく響くなど、悪いことばかりではない。「とはいえ、あまり寒すぎるとピッチ(音程)が合わなくて、それはそれで苦労するんですけどね」と笑う。観客が多いと音が洋服に吸い込まれてあまり反響しないが、空席が多くプラスチックの椅子が目立つと、「アルプススタンドから飛んだ音がよく跳ね返ってくるなあ……」と、吹奏楽部出身の筆者も実感している。

 暑すぎても寒すぎても厳しいアルプススタンドの応援。春らしい気候になってくれることを願いつつ、吹奏楽部の生徒たちも熱のこもったエールを送り続ける。

文=梅津有希子

photograph by Yukiko Umetsu