西谷浩一は甲子園の初戦を終えるたびに必ずと言っていいほど、こう言葉を紡いでいる。

「初戦は本当に難しい」

 伸るか反るか。選手個人のパフォーマンスをはじめチーム全体として機能できているか未知数である初戦には、独特の緊張感がある。

 今から20年前。大阪桐蔭の監督として全国初勝利を収めてから、67もの勝ち星を積み上げた。今年のセンバツ初戦で勝てば、甲子園での通算監督勝利数が智辯和歌山の前監督である高嶋仁の「68」に並ぶ。

 大記録が注目された北海戦で西谷が先発に指名したのは、エースの平嶋桂知だった。

「難しい初戦」で大阪桐蔭の背番号「1」が見せた投球

「背番号1なので、責任を持ってもらいたいという意味で起用しました」

 140キロ台後半のストレートが唸り、平嶋が初回からバッターをねじ伏せる。それは、平嶋自身も意識していたことでもある。

「相手を圧倒するピッチングをしようと。『このチームのエースなんだ』と強い気持ちを持って、チームに勢いをつけられるように」

 4-0で迎えた4回に先頭から3連打を許し、ノーアウト満塁のピンチに陥っても、2アウト後に味方のエラーで失点しても動じない。目の前のバッターを制圧するかの如く豪快に腕を振り、北海に貫録を植え付けた。

 7回、105球を投げ4安打、7奪三振、1失点。歴史的勝利に花を添えたエースのピッチングを、西谷はこのように評した。

「ボールが暴れるところはあるが、それも長所。変化球も含めてローボールに投げてくれ、攻めのピッチングをしてくれた」

 北海戦での最速は149キロ。平嶋は「スピードは意識せず、バッターだけに集中して投げた」と強調し、自らのマウンドを総括する。

「調子がよかったんで少し力んでしまいましたけど、いいピッチングができました」

 力んだが、ゲームをまとめられたというピッチャーとしての成長。そして、なによりエースへの矜持が、平嶋を「大阪桐蔭の背番号1」にふさわしい男に近づける。

 それは、平嶋が少年時代から抱いてきた理想でもあった。

2018年の春夏連覇に憧れ大阪桐蔭へ

 東京出身の平嶋が大阪桐蔭に強く惹かれたのは、根尾昂や藤原恭大らを擁して2度目の春夏連覇を達成した2018年だという。

「小さい時からずっと見ていて『強いな』と思っていたんですけど、2018年の試合をテレビで観て『ここでやりたい』と憧れました」

 中学時代に所属していた稲城シニアで監督を務める森川博紀は、平嶋が高校野球屈指の名門校での挑戦を打ち出した際、「大丈夫か?」と少しだけ訝しがったのだという。

 ただ、同時に「平嶋なら」と期待できるバックボーンも、森川は知っていた。

「真面目な性格なので決められたメニューをちゃんとやるのは当然ですけど、桂知は賢い選手でもあるので考えて練習できるんです。それに、いつも高みを目指しているから『意識の高い選手が多い大阪桐蔭でも伸びるかもしれないな』と思っていましたね」

 大阪桐蔭では1年生の秋からベンチ入りし、2年時には現時点での最速となる154キロを叩き出し一躍、脚光を浴びた。最上級生となった秋からはエースナンバーを背負い、公式戦でチームトップの10試合、48回を投げセンバツ出場の中心的な役割を果たした。

 だが、平嶋は納得しなかったという。それどころか、「不甲斐ない」と自らを戒める。

「神宮大会で敗けてしまったり、エースとしてまだまだでした。『絶対的なエースになるんだ。一番になるんだ』と思いました」

 平嶋には目指すエース像がある。

 1年生の秋から実質的な主戦としてチームを支えた前田悠伍だ。

 今年、ドラフト1位でソフトバンクに入団した先代エースの背中から、マウンドで体現すべき要素を平嶋は学んだのだという。

「前田さんはどんな場面でも動じず、勝利に導くピッチングをしていたんで、自分もそういう存在になりたいとずっと思っています」

 エースとしてのメンタリティを下支えする技術面でも、平嶋は精力を注いだ。力任せになることもあったピッチングを踏まえ、シーズンオフに下半身主導のフォームに改善した。

 センバツ直前の3月には、平嶋いわく、左足を上げる際の反動を利用し、軸足である右足を「押し込むように」地面に乗せることでよりフォームが安定するようになったという。

「思い切りだと逆に力んでスピードがでないんで、7、8割の力のイメージで投げるように意識できるようになりました」

 その道程にはコーチの手助けもあったが、基本的に自分が考えて導き出した形だった。平嶋は成果を甲子園で証明し、恩師に歴代最多タイの監督68勝を届けた。西谷は偉業について、「監督で勝ったわけではない」と念を押し、こう結ぶ。

「歴代のOBたちが頑張ってくれたものに、今いる子供たちが積み重ねてくれた勝利なので、嬉しく思っています」

 西谷が頭を垂れながら紡ぐ言葉には、自身が「難しい」と常々言っている初戦で好投した平嶋も、確かにいる。

大阪桐蔭の背番号「1」が持つ意味は…?

 大阪桐蔭の背番号1。

“日本一勝っている監督”が、この称号を平嶋に与える理由はこうだ。

「下級生だった頃からの経験もそうですし、上級生になってふさわしいと思ったからです」

 そして西谷は、ニヤリと笑い付け加えた。

「でも、他のピッチャーも必死ですから。みんな背番号1を狙っているんでね」

 そう、このチームは猛者ぞろいなのだ。北海戦で平嶋から継投した中野大虎に南陽人。最速151キロを誇る、身長189センチの話題の2年生右腕・森陽樹らが控えている。

 熾烈な争い。それは、エースナンバーを背負う平嶋が誰よりもわかっている。

「チームを引っ張るという責任があると思います。ピッチャー陣を代表して1番をもらっているんで、『自分がエースなんだ』というピッチングを、チームや試合を観てくださる方に見てもらいたいです」

 宿命を背負いしエース。

 平嶋がマウンドに立つ。動じず、隙を見せず、豪快に腕を振る。

 目指すは明確。

 絶対エースを誇示しての、春の日本一。

文=田口元義

photograph by JIJI PRESS