大谷翔平の通訳を務めてきた水原一平氏の違法賭博への関与とドジャース解雇が大きな波紋を呼んでいる。今回の事件が起きた経緯と大谷翔平への影響とは? 違法賭博に関わった過去の大リーガーの事例も紹介しつつ、論点を整理したい。<全2回の後編/前編へ>

違法賭博を禁ずる大リーグ規則とは

 大リーグ機構は野球賭博、違法賭博に関して下記のような規則を設けている。

「選手、審判員、クラブ(チーム)またはリーグの役員もしくは職員は、自身が関与しない野球の試合に賭けた場合は1年間、関与している試合に賭けた場合は永久資格停止処分を下す。また違法なブックメーカー、または違法なブックメーカーの代理人と賭けを行った選手、審判員、またはクラブ(チーム)もしくはリーグの役員もしくは職員は、コミッショナーが事実関係や状況に応じて適切と考える罰則を受けるものとする」

 これは各チームのクラブハウスや球場内の掲示板にも貼られてある。

また大リーグ機構はシーズン前に選手や職員、審判、関係者などに野球賭博や違法賭博への関与を禁ずる規定やそれに伴うQ&Aなどをメールで送付しているほか、大リーグ機構の担当者がキャンプ中に各チームを訪れ、賭博などの違法行為についてのミーティングも開催される。

 一般人以上に「野球賭博」「違法賭博」という言葉への認識が高いようにも感じられる。

 水原氏はカリフォルニア州で賭博が違法と知らなかったと話しているが、大リーグ機構の『違法賭博の禁止』という条項を見た際に、合法(賭け金は前払い)と違法(後払い)の違いについて考えたり、スポーツ賭博をしていた『DraftKings』というサイトを調べたりはしなかったのだろうか。

 とても不可解だ。

 大リーグ関係者の中には「ブッキー(ブックメーカーのこと)と直接やりとりしている時点で違法と知っているはず」と眉を顰める人も多い。

 ESPNに対し、水原氏は国際サッカー、NBA、NFL、大学のアメフトに賭けていたとし、野球への賭博は絶対になかったと話し、ボイヤー氏を担当するバス弁護士も「ミズハラは野球賭博は行なっていない」と明言している。

過去に野球賭博で処分を受けた選手は…

 前述したプイグ氏のケースを見ると、電子情報の解析によって賭けたスポーツ、金額、回数、負債額が明確に出てきていることを見てもわかるように、バス弁護士はボイヤー氏の提出した電子情報の解析を元に声明を発表しているはずで、この点は信憑性はかなり高いように感じられる。

 水原氏は野球賭博をしていないと言うが、大谷選手に関する情報(特に移籍などに関して)をボウヤー氏に漏洩していた場合は問題は複雑化する可能性がある。

 過去に野球賭博などで処分された選手や関係者もいる。

 代表例としてピート・ローズが挙げられる。

 ローズ氏は1970年代に2度のワールドシリーズ制覇、ワールドシリーズMVP、3度の首位打者、MVPなど輝かしい成績を収めたが、監督になった1989年に野球賭博が発覚し、リーグから永久追放という厳しい処分を下された。

直近ではマイナーリーガーが3年間の資格停止処分

 直近ではアスレチックスのマイナーリーガーのピート・バイアーが2020年に野球賭博を行っていたことが発覚し、3年間の資格停止処分を受けている。

 北米のスポーツサイト『The Athletic』によると、バイアー氏はコロナ禍でマイナーリーグが中止になった2020年7月、8月に20回未満の野球賭博を20〜50ドル(約3000〜7500円)程度の賭け金で行ったとしていた(のちに30回に訂正)ほか、所属するアスレチックスにも2回賭けていたと話していた。

 しかしその後の大リーグ機構による調査で、2020年の5月から8月の間に100回以上の野球賭博を行い、うち少なくとも12回以上を自チームに、1000ドル以上を25試合以上で賭けたことが判明している。

 規則では自チームに賭けた場合は永久追放という処分になるが、バイアー氏の場合自身がマイナーリーガーで賭けていたアスレチックス戦でプレーしていなかったため3年間の資格停止に留まっている。

 バイアー氏は調査に非協力的で、妨害工作、脅迫、虚偽報告なども行ったほか、温情判決に対しても「事実無根」と申し立てをするなど、なかなか挑戦的な姿勢を見せた。結果的に決定は覆らず、資格停止が続いている。

連邦政府主導か、大リーグ機構主導か

 今回の件と同様に違法賭博に関わっていたのは、元マイアミ・マーリンズのジャレッド・コザートだ。コザート氏は2015年にブックメーカーでの他スポーツへの賭博を行い、大リーグ機構から罰金を課せられた。

 Twitter(現X)でギャンブルのアドバイスを求めたのが大リーグ機構の目に留まり調査されたが、野球賭博をしていないこと、また本人が調査に協力的だったこともあり罰金のみに留まっている。

 大リーグ機構は選手のSNSアカウントを常にモニターし、こういった違法賭博や犯罪に関わっていないかチェックしている。

 罰金のみに留まったコザート氏は2016年までマーリンズ、その後パドレスに移籍し、2017年までプレーを続けた。バイアー氏の処分とは歴然とした差があるのも興味深い。

 前述したプイグ氏の件は連邦政府主導で、バイアー氏やコザート氏は大リーグ機構主導で行われたものだが、アクセスしていた賭博サイト、賭けたスポーツ、回数、金額、負債額、ブックメーカーとのやりとりなどが証拠として出てくるのは共通している。

「嘘をつくことは重大な犯罪だ」

 今回の件に関してもボウヤー氏に続き水原氏、大谷選手の電子情報も解析することで、水原氏の賭博に関する詳細はもちろん、送金方法、その他のお金の流れも明らかになっていくだろう。

 DOJ(米国司法省)の関連文書を見ると、上記はIRS(米国内国歳入庁)の刑事捜査局や国土安全保障省国土安全捜査局(HSI)の金融犯罪対策委員会などが主導で捜査が進められる。

 大リーグ機構も調査を開始したが、まず司法による捜査報告を待つのか、それとも独自調査の結果で公式な声明もしくは処分を下すのか、その辺りも気になるところだ。

 プイグ氏の件を担当した検察官は「犯罪行為を隠蔽しようとして連邦捜査当局に嘘をつくことは重大な犯罪だ」と言っている。

 水原氏はESPNへの取材に対してたびたび発言を翻しているが、司法の場ではそれは虚偽報告とみなされる。通信機器の提供も含めて彼が捜査にどこまで協力するのか、真実を話すのかが最大の鍵となる。

<前編から続く>

文=及川彩子

photograph by AFLO