阿南光の高橋徳は「飛ばない」とされる新基準バットについて、「高校生だとオーバースイングしても飛ばなくなる」と、監督として冷静に分析していた。

 実感は乏しい。だが、高橋は前を見据え、センバツを前に選手たちを奮い立たせていた。

「乗り越えていかな、しゃあないやろ!」

 初戦の豊川戦で10安打11得点と、昨秋の東海王者を圧倒。大会6日目の終了時点で2桁得点は、阿南光だけである。そして1回戦で強豪・近江を撃破した熊本国府との2回戦では、エースの吉岡暖(はる)が2試合連続2桁奪三振の完封劇を演じ、3-0で快勝した。

「ピッチャーを中心に組織的な守備をする」

 阿南光の野球について、このように標榜する高橋率いるチームはスタイルを貫き、飛ばないバットの消極的な風評を乗り越えた。

オール地元出身者の公立校は「下剋上」がテーマ

 徳島県勢では12年ぶり、チームとしては初のベスト8。地元の阿南市や隣接する小松島市を中心とした選手が集まり、中学時代に水泳部だったメンバーもいる公立校。彼らの躍進を高橋が称える。

「ここまで勝てたのは誇らしいです。頑張っていれば強いチームでも倒せるという、下剋上の精神を出してくれていると思います」

 下剋上。ジャイアントキリング。

 それは、阿南光が秋から掲げているスローガンであり、今やチームの血肉となっている。32年ぶりのセンバツ出場でベスト8まで勝ち上がったとしても、高橋はこの精神が常にチームを貪欲にさせるのだと、謙虚に振舞う。

「うちは優勝して甲子園に来たわけではないので(※徳島大会は3位、四国大会は準優勝)。敗けて強くなってきているチームですから、水準を高くするようにしています」

 阿南光が設定している水準のひとつに、好投手の存在がある。

泥臭く「数をこなす」ことの大切さ

 今年の徳島県には、生光学園の153キロ右腕の川勝空人をはじめハイレベルなピッチャーがひしめく。高橋は突破口について、迷いなく言い切った。

「バッティングでも守備でも、とにかく数をこなす。そうしていくうちに、自然と自分の形というものができあがってくるんです」

 好投手対策で言えば、プロ注目のエース・吉岡の存在が大きかった。吉岡の中学時代からのチームメートでもある、ショートの矢藤颯太が言う。

「吉岡がシートバッティングとかでいつも投げてくれるんで、そこで自分たちのレベルが上がってきているって思えるのが大きいです。徳島はいいピッチャーがたくさんいますけど吉岡のボールを打ってきているんで、自信を持って試合に臨めています」

 吉岡という高水準のピッチャーと毎日のように対峙する。そこに、監督の「ストレートをどんどん振っていけ」という基本理念も相まって、チームの打力が洗練されていく。秋の徳島大会3位決定戦で、生光学園の川勝を攻略して10-1で勝利し、四国大会出場を決められたのも「数」が奏功したからでもあった。

 選手個人に目を向ければ、チームの打力向上の背景を明かしてくれた矢藤も、「数」によって成長したひとりである。

 2年生の夏までサードを守っていたが、新チームになってからはショートとなった。まだ不慣れな面があったとはいえ県大会初戦で犯したエラーを反省した矢藤は、「1日500球ノック」を日課としたという。そのことによって「守備が上達した」と真っすぐな目で話していた。

 多くの鍛錬で成果を上げたかと思えば敗け、リベンジを誓う。それが四国大会だった。

 徳島大会のベスト4で敗れた鳴門に準決勝で勝利したが、決勝では高知に敗北。阿南光が「下剋上」を掲げたのはこの時期からだ。

 野球部の部室、室内練習場、ウエートルーム。そして、トイレまで。選手たちが利用する施設に<下剋上>の張り紙が躍る。

 まるで金科玉条のような選手への意識付けについて高橋は、自身の母校でもある大体大OBで、元メジャーリーガーの上原浩治の座右の銘を引用しながら考えを述べる。

「『雑草魂』じゃないですけどね、悔しい思いがないと成長はしませんから。こけて『ナニクソ』、こけて『ナニクソ』というか、こちらが鼓舞して、選手たちをポジティブにさせていくことが大事だと思っています」

 監督の哲学がチームに浸透する。

 選手たちも今や、勝利に一喜一憂しなくなった。レフトの福嶋稟之介が掲げる「下剋上」が、まさにそのことを表している。

「自分たちは『まだまだ弱い』と思って、相手に挑んでいく立場なんで。試合に勝って『よかった』じゃなくて、『次にどうすれば勝てるか?』としか考えていないです」

優勝候補を相手に<下剋上>を体現できるか

 成り上がりのセンバツ。準々決勝の相手は星稜に決まった。

 昨秋の明治神宮大会を制し、この大会でも優勝候補の一角に挙げられる強豪私学への挑戦権を得た高橋の口調が、少し強まった。訴えかけるように、チームのアイデンティティを吐く。

「うちはいつも、ジャイアントキリングをするつもりで試合をしていますんで。自分たちの野球を貫いて、噛みついて離さないような戦いをしていきたいです」

 勝ってもなお、渇く。

 阿南光の下剋上野球は、とにかくしぶとい。

文=田口元義

photograph by (L)KYODO、(R)JIJI PRESS