ドジャー・スタジアムで行われた記者対応が終わって、私のところにもテレビやラジオの担当者から問い合わせが来る。

「あの会見、率直にどう思われましたか?」(最近、「率直に」と質問するマスコミの人が多い。そう聞かれたら、率直に答えたくなくなりますよ)

「質疑応答がないのは、まずいんじゃないですか?」

 私個人としては、現状、大谷は話せることを話したのではないかと思っているし、これまで感じていた疑問点、

「大谷が水原氏のギャンブル癖や多額の借金を知っていたとしたら、ドジャースに連れていくだろうか?」

 ということに関しては、韓国での第1戦が終わる時点まで知らなかった――ということで話の筋は通る。

辛口な論評も…「告白も謝罪もなかった」

 さて、この会見をアメリカのメディアはどう見たか。全国紙『USA TODAY』は、

「暗い秘密が暴露されることもなく、刺激的な告白も謝罪もなかった」

 と辛口な論評であるが、CNNは、

「大谷は、これまでいかなるスポーツ賭博にも関係しておらず、かつての通訳が『お金を盗み取った』と話した」

 と見出しを打ち、ワシントン・ポスト紙は、

「大谷翔平はスポーツに賭けたことは一度もなく、通訳の水原一平が金を盗み、嘘をついたと話した」

 と同じような見出しが並んだ。

 つまり、推測、憶測の類の話を書くのではなく、会見を冷静に報じている。

「なぜ6億円以上が消えたことに気づかない?」

 ただし、質疑応答がなかったことで、

「6億円以上もの金が口座から消えていたことに気づかなかったのか?」

 と万人が抱く疑問が消えることなく、浮遊することになってしまった(逆に日本の情報番組を見ていると、疑問が解決されなかったことで、あれやこれやの喋る余地が残され、かなりの時間が消費されているのが興味深い)。

 本当に大谷は気づいていなかったのか?

 この件に関してロサンゼルス・タイムズ紙は、運転手やマネージャー的な役割を水原氏に任せていたこと、さらには現時点では明らかになっていないものの、お金の管理なども任せていたとするなら、「大谷には成長が必要」と、手厳しい論評を寄せている。

「出場停止処分」日米メディアの差

 そして日米で大きな違いだと感じるのは、「大谷が試合に出られなくなるのではないか?」

 ということについて、アメリカでは現時点での論評はほとんどなく、反対に日本のメディアが不安に思っていることだ。

 私の個人的な考えでは、現時点で大谷はどんな罪にも問われていないのだから、出場停止処分が科されることはないし、ドジャースが自粛することもない。

 これまでも、いろいろな競技で出場停止や罰金の処分が出されるのを見てきたが(危険なプレー、あるいはギャンブル、そして使用禁止薬物などに対するペナルティだ)、球団が「その処分は妥当ではない。重すぎる」と訴えるケースもある。

 その場合どうなるかというと、処分内容が再検討される段階に移行するが、その間は処分期間が確定していないので、選手は試合に出場し、最終処分が決定してからペナルティを受ける。

 私が思うに、日本のメディアが出場の可否に敏感になるのは、何らかの「不適切と思われる事案」が発生、あるいは報道された場合、球団、選手側が「自粛」するのが普通の流れになってしまったからではないか。

 アメリカで今後の流れについてどう予見しているかというと、『フォーブス』誌がこう論じている。

「仮に大谷が水原氏の借金を肩代わりしていたとしても、前例通りならば出場停止処分は科されないだろう」

 メジャーリーグでは、野球以外のスポーツに賭ける違法賭博の処分はコミッショナーの裁量に任されており、前例では罰金程度で済んでいるからだ。

 今回のスキャンダルは、これまで純白だったともいえる大谷のキャリアに薄くはない「染み」をつけてしまったが、少なくとも現時点では処分の対象になることはないだろう。

 今回の出来事によって、日本のメディアの心配性、ナイーブな面が明らかになったともいえる。

「“新通訳”ウィル・アイアトンって何者?」

 そして今回の“事件”によってメジャーリーガーの通訳の役割が図らずもクローズアップされることになった。

 水原一平氏が解雇されることとなり、「誰が大谷の通訳になるんだろう?」と思っていた人も多いはずだ。

 今回、報道対応の席で大谷の下手側に座ったのは、ウィル・アイアトン氏。「ジ・アスレティック」では彼の経歴を紹介しており、実に興味深い。

 アイアトン氏は現在、35歳。東京で生まれ、10代の時にハワイに移住して、アメリカの教育を受けた。学業はかなり優秀だったようで、2012年、彼はメンロ・カレッジで総代となった(YouTubeで検索すると、彼の卒業式でのスピーチが見られる。いやはや、なんでも見られる時代になった)。

 しかもその年に行われたWBC予選では、フィリピン代表の選手にも選ばれた。つまり、野球に関しては「ガチ勢」である。

 大学卒業後はレンジャーズ、ヤンキースでインターンを経験した後、ドジャースに採用された。最初の仕事は、2016年に入団した前田健太の通訳を任された。

 しかしそれが本職ではなく、その後は選手育成担当となり、トリプルAのオクラホマシティのコーチングスタッフに加わりキャリアを積み、現在はドジャースのパフォーマンス部門のマネージャーを担当している。

 また、試合前には選手たちの景気づけのためにダンスを披露することもあるそうで、編成担当のアンドリュー・フリードマンが“Will the Thrill”(ウィルはスリリングな奴、みたいなニュアンス)と呼んでいることが紹介されている。

 現在は、分析データをコーチや選手たちが活用しやすいように手助けするのが本業。データ野球が浸透した現代において、重要な仕事だと言えるだろう。そうしたことを鑑みると、今回の通訳の仕事は臨時の可能性もある。

 アイアトン氏がこうした形で紹介された記事を読むと、人の人生は有為転変、水原一平氏のスポーツ賭博は、様々な人の人生に影響を与えているといえる。しかも、着地点はまだ見えていない。

 それでも季節はめぐって、球春が日米でいよいよ到来だ。

文=生島淳

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