プロ野球の2024年シーズンが開幕した。その直前に、ソフトバンクで“驚額”の大型契約ニュースが報じられた。

“4年40億”モイネロ…より驚いた「ある契約」

 ソフトバンクは3月28日、キューバ人左腕のリバン・モイネロ(28歳)との契約を延長して、来季から新たに4年契約を結ぶことで合意したと発表した。その内容について複数のスポーツ紙が4年40億円規模であると報じている。

 単純計算で年俸10億円に届く。日本人選手今季最高の巨人・坂本勇人とヤクルト・村上宗隆の6億円をはるかにしのぐものであり、モイネロの契約がどれほど突出したものか一目瞭然だ。

 ただ、ソフトバンクの大盤振る舞いはこれにとどまらない。

 今年1月8日にはロベルト・オスナ(29歳)と今季から4年契約を結び、こちらも総額40億円の契約だと伝えられている。

 さらにカーター・スチュワートJr.(24歳)についても、来季の2025年シーズンから2年14億円で契約を延長した。

 モイネロは昨季まで主に中継ぎで活躍し7年間で通算306試合に登板し、19勝9敗40セーブ135ホールド、防御率1.95をマークした。今季は先発に転向。オープン戦で好投を続け、開幕ローテーション入りが決まっている。

 オスナはヒューストン・アストロズ時代の2019年にメジャーのセーブ王に輝いており、2022年途中の来日後にプレーしたロッテ、そしてソフトバンク移籍1年目の昨季と2季連続で防御率0点台の安定感を見せた。昨季は49試合に投げて3勝2敗26セーブ、防御率0.92だった。

 モイネロとオスナの両投手については、実績はもちろんのこと現在の投球内容や年齢を加味すれば世界トップクラスのリリーバーだと断言できるだろう。仮にメジャー球団と契約すれば現在よりもっと高額な年俸となるのは想像に難くないわけで、この規模の大型契約になるのも納得できた。

 だが、スチュワートJr.については正直、想像を超える高評価だった。大袈裟に言えば目玉が飛び出るほど驚いた。

5年で通算3勝…なぜ年俸7億?

 米国の高校を卒業するタイミングでアトランタ・ブレーブスからドラフト1巡目指名(全体8位)を受けたが、球団の身体検査で右手首の懸念が判明し契約金が減額されたことで入団交渉が決裂。短大に進学してプレーを続ける中で突如としてソフトバンク入りを決断した。当時19歳。米国のトッププロスペクトがこれほどの若さで来日した前例はなかったため、ソフトバンク入団が決まってしばらくは一躍時の人となった。

 日本のプロ野球環境の中でどのように育成され、どんな大投手に化けていくのか――。

 1年が過ぎ、2年が過ぎと時間は流れていくが、その芽はなかなか出てこなかった。ようやく初勝利を挙げたのは来日5年目の昨年7月26日のオリックス戦のこと。また、昨季は交流戦の阪神戦で先発した際に最速160キロをマークしたこともあったが、シーズンを通した成績を見れば14試合で3勝6敗、防御率3.38と平凡だった。

 ソフトバンク入りした際の契約は6年総額700万ドル(当時レートで約7億7000万円、1ドル=150円換算では10億5000万円)とされている。これに出来高も加わるようだが、だとしても来日5年で通算3勝のピッチャーがどうして「年俸7億円」という評価に跳ね上がったのか。交渉の詳細については知る由もないが、少なくともソフトバンクはそれに見合った活躍を予見したからそれだけの契約を提示したのだろう。

 本当にそんな活躍をするのか?

 契約延長を知った1月の段階では首を傾げていたのだが、2月の春季キャンプでスチュワートJr.の投球を見て、取材をして、日頃の練習はもちろん表情などを眺めていくうちにその考えは変わっていった。

オフは地元フロリダへ

 投球は、去年までと明らかに変わった。

 球の強さを感じる球質はもちろん、制球力に大きな成長を感じた。以前は力任せに腕を振っていただけに見えたが、効率よく並進運動ができるフォームになっており、投げるボールを見なくとも「この投げ方ならば暴れないな」という安心感が伝わってくる。昨年までのファーム時代をよく知る小久保裕紀監督も「高めに抜ける割合が本当になくなった。その辺が一番変わったところ。(去年は)軽く投げようが真っすぐ強く投げようが結構がんがん抜けていたので。もうそれはない」と絶賛していた。

 スチュワートJr.によれば「オフの間は地元のフロリダのトレーニング施設に通って、ウエイトはいつも通りにやりつつ、モビリティを意識して柔軟性をちょっと良くするためのトレーニングは結構やった」とのこと。

 実戦でも3月3日、韓国・斗山ベアーズとの試合では3回を投げて38球1安打4三振無四球で無失点と抜群の安定感。ペナント開幕直前の同23日の広島とのオープン戦では5回72球で2安打5三振1四球無失点のピッチングを見せた。

 なかでも前述した3日の斗山戦の内容に、スチュワートJr.の成長を感じた。

 初回の1番バッターへの投球に関しては全く思い通りではなかった。高めに抜ける昨年までの悪癖が顔を出し、3ボール0ストライクのカウントを作ってしまった。スチュワートJr.がこれまで台頭しなかった原因は技術面もさることながら、精神面の幼さもその一つだった。このような立ち上がりになるとそのまま崩れてしまう。それが以前の彼だった。

 だが、今年は違うようだ。マウンドで表情を変えず、動じる気配もなく、そこから修正してストライクを集めた。

「昨年までのアナタならば崩れていたのでは?」

 登板後の取材。その場面について「昨年までのアナタならば崩れていたのでは?」と敢えて率直に質問した。通訳が訳すとスチュワートJr.は苦笑いを浮かべたが、真摯に答えてくれた。

「そう思います。数年前の自分でしたら、ちょっと感情が出てしまって自分に怒ったりとか、そういうパターンでボール、ボールっていう流れになりやすかった。だけど最近は、本当に冷静にマウンドの上に立てている」

 また、今季を迎えるにあたりカットボールを改良したことも大きいという。

「カットボールの感覚が非常に良く、どのカウントでもゾーンに投げられる。真っすぐ以外の球種でストライクをとれるボールがこれまでなかったので、プラスになっています。握り方を変えました。去年はスライダーのようになっていてカーブとの差が少なかった。本当のカットボールになりました。アメリカでオフシーズンの練習をしていた施設でピッチデザイン的なことをして、そこでいろんな握りをやってみて一番ハマったものをやっています」

暗い表情が激変…響く日本語「まっすぐ!」

 スチュワートJr.は一人の投手としても、一人の人間としても来日当初に比べればずいぶんと変わった。初めの頃は正直、ホームシックになってすぐに帰国してしまうのではないかと思うほど毎日暗い表情をしていた。日本の文化や生活に馴染むのにも苦労していたし、彼自身が決して前向きではなかった。スナック菓子を買うのでさえ「日本で売っているものはアメリカとは味が違う」と言って手に取らなかった。

 だが、2年ほど前から明るい表情が目立つようになり、日本人のチームメイトとも積極的に交流するようになった。ポジティブな思考のおかげか日本語もかなり上達した。今ではブルペンで捕手に球種を伝えるときもストレートやフォーシームとは言わない。「まっすぐ!」。ひらがなで表記したくなるほど、発音もきれいだ。

「日本もホークスも大好き」

「本当に日本もホークスも大好き。だからホークスと契約を延長しました。去年ようやく一軍で先発ローテに入れた。これからもチームの勝利に貢献できるよう頑張りたい」

 チーム内の争いにも勝って開幕ローテ入りを果たした。相手は昨年までリーグ3連覇を果たしているオリックスだが、昨年の自身3勝のうちオリックス戦で2勝を挙げ、対戦防御率も1.38と好相性だった。

 また、未完だったからこそ大きな上積みが期待できるというもの。全米ドラ1の看板を引っ提げた24歳の大器が“額面どおり”に白星を稼いでくれれば、今季のソフトバンクは黄金期に匹敵する強さを見せそうだ。

文=田尻耕太郎

photograph by Hideki Sugiyama