その瞬間、平静という仮面がはがれ落ちた。

 大阪桐蔭の監督、西谷浩一がこぼす。

「まあ、そのレベルでやっている方が、力が出るかなと思ったんで。まだ、本当の力がついてないということだと思います」

 敗戦後は特にそうだが、西谷の囲み取材は立て板に水状態に陥りがちだ。極度に慎重な西谷は本音を悟られないよう努めて穏やかな表情を維持し、差し障りのないコメントに終始する。

 しかし、ゲームの終盤、報徳学園に追い詰められているにもかかわらず、3番手でマウンドに上がった中野大虎を中心に大阪桐蔭の選手たちが笑みを絶やさずにプレーしていたことについて触れると、西谷は明らかに不満げな表情を浮かべた。

劣勢でも笑顔…西谷監督はどう見た?

 西谷は選手たちの笑顔を明確に否定したわけではないが、「レベル」という言葉を繰り返した。

「あまり緊張感を持たせ過ぎずに、リラックス状態をつくってあげて、というレベルだと思います。ほんとのほんとのことを言うと、初回に2点を取られて、苦しくなっているので、そういう逆境の中でもじわじわ行けるのが本当の強さだと思う。そのへんが備わってないということが今日、わかりました」

 わかるようで、わからない抽象的な説明が続く。

「0−0と0−2では(気持ちが)違う。苦しい中でも、ピッチャーはしっかり投げ、野手はしっかり守り、打つ方もしっかり打てるのが本当の強さだと思うので。まだ、そこが兼ね備わっていない……ということがよくわかったと思います」

 それまで明快な受け答えをしていた西谷の言葉が途端に長く、回りくどくなった。その様子こそ西谷が核心部分に触れていることの証のようにも思えた。

 これまで絶対王者である大阪桐蔭の野球に笑顔のイメージはなかった。だが昨夏、「エンジョイベースボール」を掲げる慶応高校が優勝したように、高校野球に新たな価値観が流入し、広まりつつあることも確かだ。

キャプテン語る“笑顔の意図”「誤魔化すというか」

 西谷の言葉をできる限り忠実に主将の宮本真司郎に伝えた。すると、この試合と同じく先制されて負けた秋の明治神宮野球大会の初戦を振り返りつつ、どこか怒ったような顔をして言った。

「神宮大会のときは先制された後、下を向いてしまう選手が多かった。なので、今日も苦しい展開になって、明るくじゃないですけど、気持ちを上げていった方がいいと思った。中野に関しては、そういう気持ちでいくピッチャーですし、ベンチとしても楽しんでいこうという声がけをしていた。ただ、まだまだ力がないから、誤魔化すというか、そういう部分もあったと思うんで」

 気持ちを誤魔化さないようになったら、ベンチの雰囲気は自然と変わるものなのか。そう問うと、宮本は前言を撤回した。

「誤魔化していたっていう言い方もおかしいのかもしれないですけど……。秋に負けて、これが今の僕たちのベストの雰囲気だと思ったし、みんなも思っていたと思うんです。でも、その雰囲気で負けちゃったんで。また、改善したいと思います」

 宮本は指揮官の注文に困惑しているようにも映った。

 おそらく西谷が言う「本当の強さ」と選手たちが考える「野球を楽しむこと」は矛盾しない。しかし、ゲーム後、西谷の言葉と選手の言葉には小さな齟齬(そご)が生じていた。

文=中村計

photograph by KYODO