「もう、終わらないで欲しいぐらい幸せな時間を過ごせた」

 王座奪還を果たしたサントリーサンバーズの主将でセッターの大宅真樹は、充実感に満ちた晴れやかな表情でコートインタビューに答えた。

 バレーボールの国内リーグであるVリーグ史上最多を更新する9544人の観客が有明コロシアムを埋め、熱戦に沸いたファイナルは、サントリーがパナソニックパンサーズをセットカウント3-0で下し、2年ぶり10度目の優勝を果たした。

 最高殊勲選手賞も獲得し、優勝のブランデージトロフィーを掲げる大宅の姿は自信にあふれていた。

 それは1年前とは対照的な姿だった。

昨季ファイナルで敗戦、日本代表からも落選

 リーグ3連覇を目指した昨季のファイナルではウルフドッグス名古屋に敗れ、「自分が情けない。この大事な試合で、今シーズンで一番プレーの質がよくなかった」とうなだれた。

「あの負けがスタートだった」と大宅は振り返る。

 ファイナルで敗れ、さらに昨年は日本代表に招集されないという挫折も味わった。その二重の悔しさが、原動力になった。

 その後5月に行われたアジアクラブ選手権で優勝し、夏場は「自分を変えたい」と肉体改造に着手。食生活を見直し、体重は約2カ月で6、7kg絞って体脂肪率も落とし、筋肉の質を高めた。試合前にはバランスボールに座ってトス練習をするなど、独自の工夫も加えて毎試合、万全の準備に努めた。

 2023-24シーズンは開幕当初からキレのある動きを見せた。もともと難しい体勢からでも正確なトスを上げる高い身体能力と技術があったが、今季はさらに動き出しが早くなり、普通ならつなぐだけで精一杯と思われるようなボールも、スパイカーがしっかりと打てるトスにして得点をアシストした。

 トスの組み立てについても、チームのベストを探り続けた。

 チームは身長218cmのオポジット、ムセルスキー・ドミトリー頼みからの脱却を図るため、山村宏太監督や、今季から加わったフランス出身のキャット・オリビエコーチのもと、返球が乱れた難しいシチュエーションでも、ムセルスキーだけでなく、アウトサイドの選手にもトスを分散し、状況によってリバウンドを取ったり、ブロックを利用して得点するという練習や意識づけをした。

 昨季まで在籍していたカルバリョ・レオナルドコーチは、デュースの場面などではムセルスキーにトスを上げるよう指示を出すことがあったが、オリビエコーチはそうした指示はいっさい出さないと、大宅は言う。

「オリビエ自身がセッター出身で、選手時代にずっと強制されていたから、口出ししないみたいです。彼は僕のことを『アーティスト』とよく言うんですけど、やりたいようにさせてくれる。相手ブロックの動きなど助言はしてくれますけど、答えは出さない。僕が考えるのをやめないように。

 やっぱり『ここに上げなさい』と言うのは簡単だし、僕自身も言われてそこに上げるのは簡単で、責任も押し付けられる。でも今年は全部任せてくれて、それだけ信頼されてるんだなと感じるし、その分、責任感を持ってコートに立てる。どこにも責任を向ける先がないことが自分の成長につながっていると思うし、すごくやりやすい環境です」

「ディマに怒られたんですよ」

 夏場の準備の成果もあり、今季はハイボールもアウトサイドの藤中謙也やデ・アルマス アラインが決める場面が増えた。特にアラインは著しい成長を見せており、勝負所でも託せるようになった。攻撃が分散すれば、相手はムセルスキーだけをマークしづらくなるし、不安のある肩などの負担も減らせる。チームにとってもムセルスキーにとっても良かれと考えての大宅の配分だったが、思わぬ反応があった。

「今季は何回かディマ(ムセルスキー)よりAJ(アライン)の本数が多い時があったんですけど、そういう時にディマの気持ちが切れちゃうことがある。この間の(3月16日の)ヴォレアス北海道戦では、僕、もろにディマに怒られたんですよ。『なんで上げないの?』って(苦笑)。難しいです。僕からすれば、休める時に休んでというのがあるんですけど……やっぱり打ちたいんですよね。でもそういう選手がもっと増えてくれて、いろんな人が、上げてよ上げてよっていうふうになれば、セッターもめっちゃ楽しいだろうな。うれしい悲鳴です」

 エースの欲求やチームのバランス、相手との駆け引きなど様々なことを考えながら、何より最後に勝つために、どこに上げるべきか。その集大成がファイナルのパナソニック戦だった。

 両チームともにディフェンスが非常によく、見応えのあるラリーが続いたが、そこでは、万全のコンディションで臨んだムセルスキーの決定力がやはりものを言った。終わってみれば、ムセルスキーの打数は47本で、チーム打数98本の半分近く打ったが、37-35の大激戦となった第2セットのデュースの場面でもクイックやパイプ攻撃を絡めるなど単調になることはなく、アラインは64.0%という高いスパイク決定率を残した。

 試合後、大宅は言った。

「僕らの勝ち方っていうのは、やっぱり今日のような戦い方。僕はムセルスキー頼みが悪いとは思わないけど、全部が全部ムセルスキーじゃないというところをやっぱり見せたいというのもある。要所でクイックや他の選手を印象づけることはできていたと思う。今日は、今のサンバーズで100%のトス配分はできたのかなと思います」

 100%のトス配分。それを助けたもう一つの要因は、JTサンダーズ広島から今季移籍加入したミドルブロッカーの小野寺太志だ。

照れくさかった小野寺との歓喜ハグ

 小野寺が「15歳からの長い付き合い」と言うように、同い年の2人はアンダーカテゴリーの日本代表時代から互いを知る気心の知れた仲。大宅にとっては精神的にも、トス回しの面でも拠り所となった。

「まずサイドアウトをしっかり取ってくれるところは、安心・安全・信頼の小野寺(笑)。ヒットポイントが広く、『この辺に上げればなんとかしてくれる』という選手。そういう選手が真ん中にいるだけで全然違う。どっしり構えてくれるので、調子いい悪い関係なく、コートにいるだけで僕自身安心してプレーできる」

 小野寺は今季、4年ぶりにスパイク賞を獲得。小野寺にとっても大宅の存在は大きかった。

 以前、大宅は理想的なクイックの本数として「小野寺はセット3本、鬼木(錬)はセット2本は欲しい」と語っていたが、ファイナルでは3セットで小野寺は11本、鬼木は7本とクリアした。

 優勝決定後、まるで大木に飛びつくかのように、大宅が小野寺にピョンと飛びつき、そのまま抱き合って喜びを分かち合った。

「特に言葉は交わしてないんですけど、なんか“おいで”みたいにされたので、行きました」と大宅。

 小野寺は「あんま覚えてないんですけど」と照れながら、「僕としては、やっぱり同期で、付き合いが長くて、代表でも一緒でしたし、このチームでまた一緒に戦えて嬉しかった。こういう結果を掴みとれたのが、スパイク賞も含めてですけど、僕は大宅のおかげもあると思うので、ま、一応感謝しとこうと思って」と明かした。

 このVリーグのファイナルステージが開幕する4日前の3月19日、今年度のバレーボール男子日本代表の登録メンバーが発表され、大宅も再び名を連ねた。ただこの時点で登録されたセッターは6人。ここからさらにA代表の合宿に参加するメンバーが絞られる。ファイナルステージに臨む前、大宅はこう語っていた。

「またチャンスをもらえたことは素直に嬉しい。自分は去年の悔しさをずっと持ち続けてリーグを戦ってきたし、そこを少しでも評価してもらえた結果だと思う。スタートラインに立てているのかどうか自分自身わからないけど(苦笑)。自分にできることは、今持っている力をとにかくリーグで全部出し切って、このぐらいやれるというところを見せること。(選ばれるかどうかは)コントロールできないので、だとしたらもうチームで思い切りやるしかない」

 強い思いを持ち続けてきた代表入りに向けても、できることはやり尽くした。

文=米虫紀子

photograph by JVL