ロマンを求めて、リアルを得る。

 16年ぶりにJ1で戦う東京ヴェルディは、理想と現実を両立させようとしている。

リアリズムを徹底する町田に対して、ヴェルディは…

 彼らは単なる昇格チームではない。プロ化以前から日本サッカーを牽引し、Jリーグ初年度と翌年に年間王者に輝いた。

 Jリーグにおける栄光は、黎明期に限られる。3大タイトルの獲得は、2004年の天皇杯が最後だ。雌伏の時が長かったからこそ、J1へ復帰したヴェルディは各方面から期待を寄せられている。

 周囲からの期待に、どうやって応えていくのか──。

 同じタイミングでJ1に昇格したFC町田ゼルビアは、現実路線を突き進んでいる。日本代表歴を持つGK谷晃生、コソボ代表歴を持つCBイブラヒム・ドレシェヴィッチ、18年ロシアW杯日本代表のCB昌子源、韓国代表FWナ・サンホら、国内外から即戦力を獲得した。相応の資金力を持った昇格チームが採用する、J1残留の手段である。まずはJ1とJ2を往復するエレベーターチームになることを避け、そのうえでチームのスタイルを作り上げていくのが彼らの方向性なのだろう。

 J2制覇の武器となったロングスローは、J1でも重要な得点パターンとなっている。セットプレーと守備の強度が強調された試合運びも、かなり現実的と言える。

 ヴェルディはどうか。

 シーズン開幕の時点で、新外国人選手は獲得しなかった。代表クラスの即戦力も加入していない。補強のターゲットは、J1で出場機会の限られていた若手や中堅、J2のクラブで主力を担っていた選手だ。名前を聞いただけで誰もがプレーをイメージできるような選手は、率直なところ少ない。

 昨シーズン途中に期限付き移籍で加入したFW染野唯月を、引き続きメンバーリストに加えたのは価値ある“補強”だった。その一方で、染野とともに攻撃に違いをもたらしたMF中原輝は、所属元のセレッソ大阪からサガン鳥栖へ完全移籍した。22年に加入して23年はチーム4位の試合出場数を記録したDF加藤蓮も、横浜F・マリノスへ完全移籍していった。

 もっとも、将来有望な若手や主力選手との別れは、残念ながら毎年の恒例と言っていいものだ。ヴェルディから国内外のチームへ移籍した選手を集めれば、J1でも上位を狙える陣容ができ上がる。

開幕から5戦未勝利も“流れが変わった”第4節

 2022年6月に城福浩監督が就任してからも、シーズンオフだけでなくシーズン中にも主力を引き抜かれている。J1、J2での采配歴が400試合を超える指揮官は、そのなかでもJ2を勝ち抜き、J1で戦えるチームを作り上げてきた。

 ヴェルディの選手たちは「止める、蹴る」の水準が高い。それだけでなく、プレッシャーを受けながら前を向く、相手の逆を取る、相手の嫌がるところへボールを運ぶ、といったところまでがスムーズだ。

 狭いスペースへ追い込まれた選手が、孤立することもない。サポートに入ってボールを受け、さばき、もう一度動き直してまたボールを受け、相手のプレスを回避するといった作業が、ピッチ上のいたるところで行なわれていく。

 そうやってボールを保持しながら、チーム全体で前進する。ブラジル人GKマテウスも使って、DFラインからビルドアップする。中距離のパスで相手のプレスを回避することはあるが、彼らの攻撃から見えてくるのは「個」が織りなす「連動」だ。もちろん、ボール際の攻防やトランジションのスピード、プレーのインテンシティも徹底されている。

 ところが、シーズンの入りは苦しいものとなった。

 F・マリノスとの開幕節は、89分と90+3分の失点で1対2の敗戦を喫した。浦和レッズとの第2節も、1対0で迎えた89分にPKで失点し、勝点1にとどまった。

 第3節のセレッソ大阪戦でも、PKを献上した。90+3分に決められ、1対2で敗れた。

 勝ち切れない流れが変わったのは、第4節のアルビレックス新潟戦だ。この試合は1対2で終盤に突入したが、90分のゴールで追いついた。続く京都サンガ戦も、0対2から同点に持ち込んでいる。80分と90+3分のゴールで、勝点1をゲットした。

主将・森田晃樹の負傷交代で窮地に

 4月3日に行なわれた湘南ベルマーレ戦も、15分の失点で追いかける展開となった。前半は1本もシュートを打つことができず、MF森田晃樹が前半終了間際に負傷してしまう。ビルドアップから崩しまでに関わる23歳の主将抜きで、後半は戦わなければならなくなった。

 城福監督はハーフタイムに、66分に、70分に、選手を入れ替えていく。そのたびに攻撃が活性化していき、75分に直接FKの流れからCB谷口栄斗がヘディングシュートを突き刺す。さらに86分、森田に代わって出場したFW山見大登が、ペナルティエリア内左から鋭い一撃を突き刺す。ガンバ大阪から期限付き移籍中の24歳は、1得点1アシストの活躍で勝利を呼び込んだ。

城福監督の哲学「とにかくやり方を変えないのが大事」

 J1での勝利は、実に16年ぶりである。試合後の城福監督は「生みの苦しみが続いていたので、勝点3を取れたのはすごく良かったです」と切り出した。開幕から5試合連続で勝利を逃しても、メンバーを大幅に代えることはなく、システムを修正することもなかった。

「なかなか勝てないのはもちろん難しい状況ですけれど、我々が目指しているものをやり続ければ、絶対に結果はついてくる。それは一昨年の半年間も、去年もそうだったので、とにかくやり方を変えないのが大事で。変えないなかで早く選手に自信をつけさせてあげたい、との思いがありました。やり方を変えずにもぎ取った勝点3なので、この成功体験を大事にしたいと思います」

 J2からJ1へ戦いの舞台を移しても、継続してきたものを磨き上げる。主体的にゲームを運び、相手を揺さぶり、守備の穴を探し、突いていく。ズバ抜けた「個」はいなくとも、ピッチに立つ選手が同じ絵を描くことで突破口を切り開く。観る者の気持ちを前のめりにするそのサッカーは、はからずも、周囲がヴェルディに求めるものと重なり合う。守備に軸足を置いて勝点を拾っていったり、ロングボールを多用したりするサッカーは、このチームには似合わない。

 自分たちが大切にするロマンを求めながら、どこまでリアルを突き詰めることができるか。ヴェルディの16年ぶりの挑戦は、観る者の感情を目まぐるしく動かすのだ。

文=戸塚啓

photograph by JIJI PRESS