秋から春に開催時期を移して行われた今年の日本GP。桜が咲く中、日曜日にサーキットに駆けつけた10万2000人のファンを興奮させたひとりが、角田裕毅(RB)だった。

 予選で10位につけた角田は、日曜日のレースでもミスのない走りで大接戦となった10位争いを制して、3度目の鈴鹿で初入賞を果たした。日本人ドライバーが母国グランプリで入賞するのは、2012年の小林可夢偉(当時ザウバー)以来のことだった。

 ただし、12年前の可夢偉は同じ入賞でも3位表彰台だった。それでも、今回の日本GPで10位でチェッカーフラッグを受けた後、ピットまで1周する角田を鈴鹿のファンは総立ちで出迎え、拍手と声援を送っていた。それはまるで可夢偉が表彰台を獲得したときを彷彿とさせる光景だった。

 F1の公式サイトが日本GP後に企画した特集で、日本GPの勝者として5人を選出。優勝したマックス・フェルスタッペンに続いて2番目の勝者として紹介されたのが角田だった。その理由はこうだ。

「角田は今シーズンの予選でのチームメイトのダニエル・リカルドとの対決で、ここまで無敗を誇っている。レースでもS字(正確には逆バンク)でアウトからセンセーショナルな動きで何度かオーバーテイクを成功させるなど、素晴らしい走りを見せた」

 ドライバーの評価には常に厳しいレッドブルのヘルムート・マルコ(モータースポーツアドバイザー)も、今回の鈴鹿での角田の走りを「マスターピース(最高傑作)」と絶賛していた。

実力で崩したトップ5の壁

 なぜ、今回の角田の10位がこれほどまでに高く評価されているのか。RBのチーフレースエンジニアを務めるジョナサン・エドルズはこう説く。

「現在のF1はレッドブル、フェラーリ、マクラーレン、メルセデス、アストンマーティンのトップ5と、それ以外の5チームの2つのリーグに分かれて、選手権を戦っているといってもいい構図となっている。この2つを分けているのはチームの規模であり、資金力だ」

 トップ5チームの従業員が800名以上なのに対して、RBなどのトップ5以外のチームの規模は約400名。F1は21年から予算制限が行なわれるようになったため、トップチームがかつてのように野放図に開発はできなくなっているものの、一定のアドバンテージがあることは、昨年のコンストラクターズ選手権の結果を見てもわかる。5位のアストンマーティンの獲得ポイントは280点。それは6位から10位の5チームの獲得ポイントをすべて合わせても追い越せないほど大きな差があった。

 その格差は今年になって、さらに広がった。開幕戦バーレーンGPではトップ5チームのドライバー全員が完走し、1位から10位までを独占。そのため、下位5チームが入賞するには上位勢にトラブルや事故が起きないと、ほとんどチャンスがない状況となっている。第2戦サウジアラビアGPで下位5チームのひとつであるハースのニコ・ヒュルケンベルグが10位入賞できたのは、トップ5チームのアストンマーティンのランス・ストロールがリタイアしたことで巡ってきたチャンスだった。

 前戦オーストラリアGPでハースの2台と角田が入賞できたのも、フェルスタッペンとメルセデスの2台がリタイアしたことが大きかった。

 日本GPではトップ5チームのドライバー全員が完走した。にもかかわらず、角田が入賞できたのはトップ5の壁を自ら突き崩したからにほかならない。今回の10位は決して幸運ではなく、実力で獲得した1ポイントなのだ。

 そのことを理解しているからこそ、鈴鹿でトップ5の一角であるアストンマーティンのランス・ストロールの前を走る角田を、スタンドのファンは毎周のように応援していたのだろう。

さらなる高みへの課題

 ガレージの中でレースを見守っていた角田のマネージャーを務めるマリオ宮川は、その声援や拍手を聞きながら、12年前の感動を思い出していた。宮川は当時可夢偉のマネージャーを務め、ともに美酒を味わっていたからだ。その宮川は今回の角田の10位を称え、レース後、角田を抱きしめた。

「大げさに聞こえるかもしれませんが、現在のF1でユウキが所属するRBのマシンで10位という結果は、私たちにとっては優勝したようなもの。本当に特別な瞬間でした」

 今後、角田がさらに上位に食い込み、表彰台や優勝を実力で争うには、トップチームへ移籍することが条件となる。そのために角田がいまできることは、トップ5チーム以外のドライバーの中で、常に上位にいること。そして、チャンスがあれば、トップ5チームのドライバーを1人でも多く倒すことだ。

 春の日本GPで見せたあの走りを、これからも続けてほしい。

文=尾張正博

photograph by Getty Images / Red Bull Content Pool