ドジャースの大谷翔平選手の元通訳・水原一平容疑者が銀行詐欺の疑いで訴追された。大谷選手の口座から本人に無断で1600万ドル(約24億5000万円)以上を不正に送金していたという。37ページにも及ぶ起訴状には“驚きの事実”が記されていたーー。なぜ、米司法省はこれほど詳細かつ膨大な文書を迅速に公表したのか。起訴状から読み取れる水原氏の“驚きの言動”と大谷選手への影響を考察する。<全2回の後編/前編から読む>

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(前編の内容からの続き)

 大谷選手の口座に不正アクセスできたことが引き金になったのか、2022年以降は胴元と水原氏のやりとりは、さらに頻繁になる。起訴状には事実が淡々と書かれているのだが、それゆえに水原氏と胴元のテキストメッセージの生々しさ、異常さが浮き彫りになっている。2023年の5月、6月のやりとりは目を覆いたくなる内容だった。
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「500送れ」「1000送れ」という言葉が並ぶが、これは500ドル、1000ドルではなく、50万ドル(約7500万円)、100万ドル(約1億5000万円)を指し、彼らの金銭感覚が麻痺していることが窺える。

 水原氏は2021年12月から2024年1月まで1万9000回の賭博を行っているが、1日平均25回という計算になる。

 前述したように、支払いを迫られた水原氏の言動や行動に変化があったかは分からない。しかし起訴状に記載されている日程と試合結果を見比べると、ため息が出る。

 水原氏が胴元に500(50万ドル/約7500万円)送金した5月16日、17日のオリオールズ戦で大谷選手は無安打に終わっている。

 5月20日に胴元から6月1日までに少なくとも200万ドル(約3億円)を送金するようにとメッセージが届き、6月20日に水原氏が再び胴元に500(50万ドル/約7500万円)を送金したが、6月20日、21日のドジャース戦で大谷選手は無安打、先発した21日も負け投手になっている。

水原氏の懇願「本当にこれが最後なので、もう1回だけ…」

 支払い後に賭博サイトへのアクセスが可能になると、6月22日、23日、24日には胴元に賭け金の枠の引き上げを懇願している。

「最後にもう一回だけ。もう一回だけでいいのでお願いします」

「本当にこれが最後なので、もう一回だけお願いします」

 こういった懇願はギャンブル依存症者特有のものなのだろうか。一方で胴元の返信は水原氏を弄び、手のひらで転がすようなものだ。

 この一連のやりとりが、大谷が球場で奮闘している裏で行われていたのだ。

 昨季の前半、大谷選手はチームの柱として投打で大活躍をしていた。エンゼルスでなんとかプレーオフに進出を果たしたいという気迫がこもった姿を見せていた。

 しかしオールスター後の7月末に脇腹を、8月23日には右肘内側側副靭帯を痛め、9月3日の試合を最後にシーズンを終了するという残念な結果に終わっている。

 二人三脚で戦っているように思われたが、見ている景色、目指していた場所は違っていたように思えてならない。

大谷は変わらないといけないのか

 この事件が発覚してから、何度となく「大谷は成長しないといけない」「もっと英語を勉強しろ」というような記事や意見を目にした。

 果たしてそうなのだろうか。

 まず水原氏がアクセスしていた大谷選手の口座は、エンゼルスからの給与受け取りに使われていたが、入団した2018年から2021年10月27日までオンラインで口座にアクセスした形跡は残っていない、と起訴状に書かれてあった。

 一般人からすると「せめて1年に一度くらいアクセスした方がいいのでは」と思わなくもないが、大谷選手の性格上、「特に使っていないので確認する必要がない」という姿勢だったのだろう。

なぜもう一歩踏み込まなかったのか?

 責められるべきは長年にわたって巧妙に嘘をつき、窃盗していた水原氏であり、あえて責任を問うのであれば、バレロ代理人や会計士、財務アドバイザーだろう。

 もちろん彼らも水原氏に嘘をつかれていたわけだが、税金申告などの際に口座の確認は必要だったはずで、なぜもう一歩踏み込まなかったのか、と全員が悔やんでいるはずだ。

 大谷選手が水原氏に頼りすぎた、通訳以上の業務で酷使していたのではという意見も見られた。しかし起訴状にも書かれている通り、水原氏は球団との雇用契約に加え、大谷選手個人とも雇用契約を結んでいる。

 シーズン中は体力的にもきつく、多忙でストレスが溜まったり、満たされないものがあったのかもしれない。しかし業務に不満があったなら改善を要求したり、辞職という方法はあったはずだ。

 そうしなかったのは自らへの利益を計算していたからに他ならない。さらに言うと、言葉の壁と立場を悪用し、大谷選手を騙し続けていた。

 水原氏が解雇された後、ドジャースのロバーツ監督が「翔平とのコミュニケーションに障壁がなくなった(風通しが良くなった)」と話しているが、水原氏がこれまで必要以上に大谷選手をガードしていたのは、大谷選手のためではなく、むしろ英語をブラッシュアップさせないように、自分に依存させるように仕向けていたようにも感じられる。

 今回の件を機に、代理人や会計士などのサポートスタッフは、今後、大谷選手と踏み込んだ関係性を築いたり、時に応じて通訳を2人用意するなどの対応が必要かもしれないが、大谷選手が極端に何かを変える必要はないように思う。

 英語やコミュニケーションの必要性を感じれば、周囲の力を借りて細かな言い回しなどを覚えていくはずだ。だが、英語の勉強や財務管理に必要以上に時間を割く必要はないと思う。

 大谷の興味や関心があるのは野球で、それを突き詰めているからこそ、メジャーリーグという世界最高峰の舞台で2刀流ができているのだから。

<前編から読む>

文=及川彩子

photograph by JIJI PRESS