筒香嘉智の横浜DeNAベイスターズ復帰が正式に決まった。読売ジャイアンツ獲得が決定的報道が流れた中でも古巣に再び戻ったスラッガーについて、オフ期間に取材を積み重ねた記者が見た信念とは。

 筒香嘉智の、5年にわたる「長い旅」が終わった、

 横浜DeNAベイスターズの主砲だった筒香は2019年、ポスティングシステムを利用してタンパベイ・レイズに移籍。以後、ブルージェイズ、ジャイアンツ、レンジャーズのメジャー、マイナー、さらには独立リーグ・スタテンアイランドでのプレー、さらに今春のスプリングトレーニングでの挑戦を経て、古巣DeNAへの復帰が決まった。

毎年、少年野球チームに熱いメッセージを

 筆者にとって筒香は「単なる野球選手」ではなく、野球少年たちの未来を真剣に憂う「若き野球指導者」でもある。彼は毎年オフに、中学時代に所属した少年野球チーム「堺ビッグボーイズ」で、子供と保護者を前に熱いメッセージを語っていた。

 2018年1月にはこう切り出した。

「今から僕がお話しさせていただくことは、野球界、子供たちのために、僕が日ごろから疑問に思っていることです。野球人口が凄く減っていると言われます。原因はいろいろ挙げられています。少子化も原因だと言われていますが、それよりも速いスピードで野球人口が減っているのが現状です。

 その対策として、各地で野球教室や体験会が開かれているのを見聞きしていますが、野球人口がなぜ減っているのかをもっと掘り下げて、野球関係者も考えないといけないと思います。世の中が凄いスピードで変化している中で、野球界は昔と変わっていません。かなり多くのものが昔のままです。子供たちのために――と考えてみた時に最初に気がつくのが『勝利至上主義』です。

 僕も小さいころに野球を始めましたが、野球を始めた瞬間から『勝たなあかん』と言われました。そして『こうやって投げるんや』『こうやって打つんや』『こうやって走るんや』『こうやってプレーするんや』と言われてきました」

「勝利至上主義」に疑問を抱いたドミニカでの日々

 筒香が「勝利至上主義」に疑問を抱いたのは、2015年オフに、ドミニカ共和国のウィンターリーグに参加したのがきっかけだ。筒香をドミニカ共和国に案内したのは堺ビッグボーイズ代表の瀬野竜之介氏と、当時、JICA職員でのちに堺ビッグボーイズのコーチになる阪長友仁氏だった。

「ドミニカ共和国の人口は、日本の12分の1ですが、メジャーリーガーは140人くらい出ている。日本は昨年10人にも満たなかった。これはどういうことなんでしょうか?

 ドミニカ共和国では指導者は何も言わずに子供たちを見守っています。そんな中で、小学生の子供たちがジャンピングスローやグラブトスを当たり前のようにやっています。指導者はそうしたプレーでミスをしても何も言いません。だから子供たちは失敗を恐れず、何回も失敗しながら新しいことにチャレンジしていきます。僕は、子供たちが何の躊躇もなくチャレンジしている姿を初めて見ました。

 バッティングもとにかくフルスイングです。

 ドミニカ共和国には16歳から入ることができるMLBアカデミーを30球団が設置しています。これも見学しましたが、ここでも変化球を投げる子はいませんでした。ほとんどがストレートをど真ん中に投げ込む。バッターはそれをフルスイングする。というのが基本です。

 こういうドミニカ共和国の小学生と、日本の小学生が今の時点で対戦すれば、日本のほうが大きく勝ち越すと思います。日本では小学生から変化球を投げますし、細かいプレーも身につけますから。でも、それが大人になったときには、すっかり逆転して、凄い差になっています。

 もちろん日本がすべて悪いのではありません。日本にもいいところはたくさんあります。でも遅れている部分があるのも事実です。内向きになるのではなく、海外に目を向けてそこからいろいろ吸収するのも大事ではないでしょうか」

「トーナメント制の弊害」にも言及していた

 2019年1月には筒香は日本外国特派員協会で記者会見を行った。ここでは「トーナメント制の問題」に言及した。

「やはりトーナメント制について、大きな弊害がすごく出ていると思います。プロ野球選手、プロ野球の体ができた大人ですらリーグ戦でやっています。それが体のできていない小さい子供たちがトーナメントをしています。皆さん、良かれと思ってのことですが、今は全国で大会数がかなりの数、増えています。トーナメント制でやると試合に勝つにつれて試合数もかなり増えてきて、日程的にも休みがない状態になります。メンバーは固まってしまい、勝つために試合に出られない子供たちもいるし、野球が楽しくないという子供たちもいます」

 筒香は、子どもたちの肩ひじの健康状態についてもこう話している。

「連投連投による投手の肘、肩の故障が小中学生でかなり増えています。慶友整形外科病院の古島弘三先生のお話によると、侍ジャパンU12代表の15人のうち10人が肘を怪我している、内側障害があるというデータが出ています」

 筆者はこの時期、金属バットについて筒香に話を聞いた。

「木製バットは『飛ばない』ということですね。金属バットの場合『芯』を外れても本当に飛んでいきます。高校時代はそれが当たり前だったのですが、プロ入りして木製バットで打って『バットの芯で打たないと飛ばない』ということを痛感しました。

 金属バットは金属の筒に充填物を入れてできています。単純なつくりなので、木製バットと異なりどんなに研究しても『バットの構造、機能』をよく知ることができません。だから金属バットを使い続けていたら、技術の向上にもかなり遅れが出ると思います。

 金属バットでは、芯を外しても内野の間を速い打球が抜けていって安打になっていましたが、木製の場合、芯を外れるといい打球は飛ばない。金属バットを使い続けた選手には、それが大きな問題になるのかなと思います」

あえてウエイトトレーニングをしなかったワケ

 さらに筒香は2019年、郷里の和歌山県橋本市でも子供たちを指導した。

 これが、のちに橋本市での「球場建設」「アカデミー」につながるのだが、ここで彼は自らのトレーニング方法についても語っている。

「僕は、今、ウエイトトレーニングはやっていません。一時期はやっていましたが、その時にはよく怪我をしました。ウエイトトレーニングで作った体には細かいセンサーがないと感じています。だからちょっとしたずれに気が付かなかったりします。

 ウエイトトレーニングをすると、筋肉が大きくなり、ボールが飛ぶようになって力がついた気がしますが、実際は、やめてからの方が飛距離がどんどん伸びていきました。ウエイトトレーニングをしていると人は、すれ違ったときによくぶつかることがあります。体の細かいセンサーが鈍くなっているのでははないか、頭の回路まで硬くなっているのではないかと思います。

 大怪我をしないためにも、体のセンサーが働く状態にしておく必要があると思います。ウエイトトレーニングが自分の体に合った選手もいるでしょう。すべてを否定しているわけではありませんが、少なくとも僕はそう感じています」

 筒香は自らのエクササイズを実演してみせた。その意図についてはこのように語っていた。

「ウエイトトレーニングは即効性があって、わかりやすいですが、それ以上奥に入って考えられないと思います。エクササイズは時間がかかりますが、はっきり効果が出てきます」

 多くの日本人MLB選手がウエイトトレーニングで体を大きくする中、筒香はMLBでもこの練習法を続けたようだが「フライボール革命」が進展するMLBでは、このトレーニングが裏目に出た可能性はあるだろう。

「メジャー挑戦で少年野球への思いは?」の質問に…

 そして2019年10月、記者会見を行った。すでに退団しているDeNAの球団広報が立ち会っていた。異例のことだが、これは球団が筒香を快く送り出したことを意味している。

 筆者は「MLB挑戦によって、少年野球に対する思いは変わるか?」と質問した。返ってきた答えは以下の通りだった。

「僕もこの野球界に今まで本当に育てていただいていますし、野球界に対して何か還元をしたい、未来の可能性がある子供たちのために、野球界がより良くなるためにやらせていただいていますが、それは今までと変わらずやっていく方向です。

 ドミニカ、アメリカとオフシーズンに何度か行かせていただいていますが、やっぱりシーズン中になりますと自分のプレーがもちろん一番で。もちろんチームのためにということが一番ですので、シーズンに入ればそこに集中しますし、オフシーズンになれば自分のできることはいろいろ学んで発信していきたいと思っています」

 横浜市内では、筒香嘉智の大きな写真がビルの壁面を飾り、街の景色の一部になっていたが、これもなくなるのか、と感慨を覚えた。

故郷・橋本市には専用球場までつくった

 MLBに挑戦後も筒香は毎年オフになると堺ビッグボーイズで野球教室を行った。

 また、2023年には故郷・橋本市に私費を投じて両翼100mの専用球場を有する「筒香スポーツアカデミー」を開設している。

 確かに筒香嘉智のMLB挑戦は成功したとは言えない。ただこの間、高校野球はまだ発展段階だが「球数制限」を導入、さらに今春からは「飛ばない金属バット」も導入された。現役選手という立場で、発信し続けた、筒香の勇気ある提言は決して無駄ではなかったといえよう。

 雨の横浜スタジアムで行われた記者会見には、永年のチームメイトでもあった三浦大輔監督がサプライズ登場した。筒香本人も「帰ってきた」と実感したことだろう。

 27歳でMLBに挑戦した筒香は32歳になった。しかし、アメリカで様々な経験をした筒香は、5年前とは違う姿でグラウンドに現れるだろう。そして「筒香らしいプレー」でキャリア後半を戦うのではないか。

文=広尾晃

photograph by Nanae Suzuki