巨人の野球が変わった。

 その変化の典型的な場面が4月14日の広島戦であった。

 この試合はソフトバンクから移籍してきた高橋礼投手が今季3度目の先発。それまで菅野智之投手とのコンビ限定で先発してきた小林誠司捕手が、菅野以外の投手で初めて先発マスクを被った試合だった。

 高橋は2回に無死一、二塁のピンチを凌いだが、3回には1死三塁から内野ゴロの間に1点の先制を許してしまった。しかしその後はしっかりと立ち直り、4回以降は緩急を巧みに使った配球で持ち味を発揮。打線も先制された直後の3回裏に萩尾匡也外野手の2号2ランで逆転に成功していた。

 そして2対1と巨人が1点リードで迎えた6回の攻撃だ。

 3つの四球でもらった2死満塁のチャンスで打席が回ってきたのが、7番に入っていた小林だったのである。

 この場面、もし原辰徳前監督ならほぼ100%、攻撃に転じて小林に代打を送り、追加点を取りにいく場面だ。1点差で終盤の3イニングを凌ぐのではなく、追加点を奪って一気に試合を決めにいく。そういう決断をする場面だったと思う。

 しかし阿部慎之助監督の決断は違った。指揮官が重視したのはバッテリーのリズム、守りだったのである。

 公式戦では初めてバッテリーを組んだ高橋と小林のコンビ。しかしこの試合では緩急を自在に使った配球でぴたりと息が合った広島打線を封じてきた。その息の合ったバッテリーのリズム――それは総じては守りのリズムにもつながる――そういう流れを重視して、満塁の場面でも小林を打席に送ったのだ。

代打は微塵も考えませんでした

「まあそうですね」

 試合後にそのことを阿部監督に聞くと、即座にこんな答えが返ってきた。

「(代打は微塵も)考えませんでした。相手も嫌なので(笑)。(小林は)抑えて当然だと思っているので。そうだと思いますよ」

 後半の話は阿部流のジョーク返しではあるが、いずれにしても追加点を奪って一気に試合を決めにいく決断ではなく、阿部監督は確信を持って1点差で逃げ切るゲームプランを選択したのだ。結局、小林は三ゴロに倒れ、このチャンスに追加点を奪うことはできなかったが、7回を高橋が0点に抑え、8回からはアルベルト・バルドナード、大勢と2投手を繋いで予定通りの1点差勝ちを収めることに成功したのである。

 バッテリーを中心とした守り優先の野球は、捕手出身の監督らしいといえばその通りである。そういう野球がピタリとハマったことが、今シーズンの巨人の好スタートの要因であることは間違いない事実だ。この好スタートの背景には、いくつかの要因がある。中でも最も大きいと思えるのは、こういう守りの野球がここ数年の日本のプロ野球の流れにマッチしたものだということだ。

極端な投高打低の傾向

 ここ2、3年、特に昨年くらいから日本のプロ野球は極端な投高打低の傾向にある。

「いまの野球はある程度、点が取れないと勝てない。そのためにいかにその手立てを持って、決断できるかが監督の大きな仕事になると思う」

 こう語っていたのは第2次政権時代の原前監督だった。

 実は原前監督が3度目の監督就任を果たした前後の日本のプロ野球は、完全な打高投低の時代だったのである。2019年のセ・リーグの1試合平均チーム得点は4.20。つまり5点取らないと勝てないということだ。

 もちろん個別の投手によってゲームプランは変わってくる。しかしそれでも基本的に監督は2、3点勝負の守りの野球ではなく、ある程度の打撃戦を想定して、点を取るためのプランを考えながら試合を進めなければならなかった。それが原前監督の言葉の意味である。

1試合平均得点は減少

 ところが実は2018年、19年くらいから、徐々に様相は変化してきていた。この頃を境に徐々に投高打低の兆候が出だしてきて、昨年から今年にかけてはさらにその傾向に拍車がかかってきているのである。

 昨年のセ・リーグの1試合平均得点は3.51まで下がり、今季は4月18日時点で同2.76まで落ちてきている。

 3点を境にした勝負。これが現時点でのセ・リーグ(パ・リーグも似たような傾向で同18日時点で1試合平均得点は2.99)の野球の現実である。昨年の覇者・阪神が球団ワーストタイの10試合連続2得点以下を記録したり、はたまた投手力が高い中日が接戦を凌いで勝ちきり首位に立っていたのも(20日時点)、こうした投高打低現象を考えれば納得がいく。

 そして2019年と20年に原監督の攻撃野球で連覇を果たした巨人が、徐々に力を失いこの2年間はBクラスに沈んだ原因も見えてくる。投手力を中心に守りの野球ができる岡田阪神の優勝も、やはり打力でリーグ連覇したヤクルトが、一気に凋落傾向にある原因も、全てとは言わないがこの数字で説明がつくところがあるだろう。

 これがいまの日本のプロ野球である。

今年のセ・リーグでは阿部監督の決断が正解

 そこで場面を4月14日の広島戦に戻してみよう。6回の満塁の場面。もし原前監督の2019年当時なら小林に代打を送り、追加点を狙って一気に決断ができないとなかなか勝負には勝てなかった。しかし今年のセ・リーグでは阿部監督の決断が正解なのだ。むしろ守り重視で、1点差をいかに守り抜いて白星に結びつけられるか。そういう野球が求められている。

 だとすれば阿部監督の守りの野球は、今のプロ野球を勝ち抜くための必然であり、まさに時代にマッチしたチーム戦略が巨人の好スタートの要因とも見て取れるわけである。

 この投高打低現象、原因として現場からは「ボールが飛ばない」という声をよく聞く。実際に過去に同じように1試合平均得点が極端に下がったのが、例の反発係数がルールの基準値より低い違反球を使用していた2011年から12年にかけてだった。当時は12球団の1試合平均得点が3.26まで落ちており、昨年はその当時に匹敵する。ただこの違反球問題の発覚から、NPBでは厳密な検査と検査結果の公表を行っており、反発係数そのものに大きな変化がないとされている。

捕手出身監督ならではのバッテリーのペアリング

 だとすれば何が原因なのか……。すべてとは言わないが投手のレベルアップ、特に中継ぎからセットアッパー、クローザーへとつなぐリリーフ陣のレベルアップにも一因があるように思える。いまはリリーフ投手が150kmを投げるのは当たり前で、むしろそれくらい真っ直ぐに力を持っていないとなかなか一軍ベンチに入れないくらいの傾向もある。

 そういう意味では今季の巨人はクローザーの大勢から逆算してセットアッパーに新人の西舘勇陽投手とバルドナードが揃い、補強を含めて中継ぎ、リリーフ陣を強化したことも大きかった。そして打撃優先で大城卓三を主戦捕手とするのではなく、組み合わせを考えながら守り優先で小林と岸田行倫捕手を加えた3人を使い分けている。捕手出身監督ならではの、そういうバッテリーのペアリングも現時点までは大きなプラスポイントとなっているのだろう。

 おそらくシーズンを通してはもう少し1試合平均得点も上がってくるだろうし、夏場に向けて攻撃的要素が求められてくる場面も当然出てくるはずである。

 ただ守りを重視するからこそ、当初は結果が出なかったルーキーの佐々木俊輔外野手を使い続けて、それなりに結果を出させるところまで育てることもできる。それが攻撃力のアップにもつながっているという事実もある。

 捕手出身らしい阿部監督の我慢強さによって巨人の野球が変わった。その変化はいまの野球が求めたものであり、この巨人野球の変貌はまさに時代の必然だったのかもしれない。

文=鷲田康

photograph by Hideki Sugiyama