2023ー24年の期間内(対象:2023年12月〜2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。プロ野球部門の第4位は、こちら!(初公開日 2024年2月16日/肩書などはすべて当時)。

 個人事業主(選手)と雇用者(球団)の待遇改善交渉などを行い、ほとんどの日本人選手が加入している組織、日本プロ野球選手会。今オフ物議を醸した人的補償、球界スター選手の脱退に対する選手会の本音とは。会長・會澤翼氏(広島)、事務局長・森忠仁氏、顧問弁護士・松本泰介氏がロングインタビューで語った。第2回は「佐々木朗希らスターの選手会脱退」について。〈全3回の2回目〉

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 淡々と質問に答える日本プロ野球選手会会長の表情が曇ったのは、やはり“あの件”を訊ねた時だ。

「今の選手だけでやってきたわけではない」

 2月某日、カープ日南キャンプの合間に実施したインタビュー。「会長に就任してからは10年後、20年後の野球界について考えてきた」という會澤翼は、プロ野球界のスター・佐々木朗希(22歳)の選手会脱退について触れると「寂しいですよね」と嘆息した。

「選手会は、今の現役選手だけでやってきたわけではない。(脱退したときの佐々木は)高卒3年目を終えた時点でしたが、選手会としてもう少し寄り添えた部分はあったのかな。選手会ってこういうところなんだよ、というのを伝えきれなかった。やはり、(脱退者を)出してはいけないと思うんですよね」

メジャー志向選手には「所属のメリットない?」

 佐々木の脱退を悪く言わないのは会長としての立場があるためだろうが、會澤の言葉の行間からは忸怩たる思いが伝わってくる。以前にも山本由伸(現ドジャース)が同じように脱退していた。2人に共通するのはメジャー志向が強かった点だ。

 會澤会長自身も選手としてメジャーを志した時期があっただけに、高い目標を持つことに理解は示している。ただ「選手会に所属していても意味がない」と思われてしまったことには無力さを感じ、「先代の方々」へのリスペクトを表明しながら、無念の思いを口にした。会長として、これまで選手会が勝ち取ってきた歴史を誰よりも理解しているからだろう。

FA、ポスティング導入に尽力した選手会

 1993年オフに導入された「FA制度」(資格条件を満たした選手があらゆる球団と契約ができる権利)も歴代の選手会の尽力があってのものだったし、2022年オフに選手会が実現させた「現役ドラフト」も球界内外で評判がいい。プロ野球の労働環境は、少しずつ改善されてきている。海外でプレーしたい選手からすれば“必要のない組織”にみえてしまうかもしれないが、選手会の意義は、選手個々の損得だけではなくプロ野球界全体の環境改善を図ってきたところにある。

 もっとも、「所属しているメリットがない」と見られてしまったことは選手会が反省すべき点でもあるだろう。取材中も感じていたことだが、選手会は、国内移籍についてや、今後も国内でプレーを希望している選手の労働環境の改善に注力している。見方を変えれば、メジャーに挑戦したい選手についての優先度は高くない。一方で、ポスティング制度を選手会が勝ちとったという歴史はある。ポスティングがあったため、ダルビッシュ有や大谷翔平ら、海外FA権を持たない選手がメジャーに移籍できた。

 選手会の顧問弁護士、松本泰介氏は言う。

「ポスティングのルールはメジャーリーグとメジャーリーグ選手会、NPB、プロ野球の選手会で作ったルールなんです。だから私たちは実現にかなり関与しているんですよ。現状のポスティングのルールは、すごくよくなっている。球団の許可さえ下りれば、FAと遜色のない制度といえる。今あれだけ日本人選手の年俸が高騰しているのが証拠だと思います」

あくまで“日本野球”の改善に注力

 佐々木や、過去に脱退した山本由伸は、選手会の功績を知らなかった可能性がある。むしろ――これは筆者の推察だが――選手会にいることが球団のポスティング容認に影響を与えるのではないか、という疑心暗鬼もあるのかもしれない。

 事実、メジャー挑戦をしたい選手と、選手会が目指していることが乖離している側面もある。選手会は国内移籍の環境整備に従事していて、それは會澤会長の「海外移籍に関してはポスティングという制度があるし、交渉(すべき直近の議題)の一つにするという考えは頭にない」という言葉に集約されている。

 いずれにせよ、スター選手の脱退は選手会がポスティングを勝ち取ったという背景を伝えきれていないところに起因するのではないか。森忠仁事務局長もその点を受け止めている。

「彼らが脱退するってことは、やはり選手会に入っている意味がないと判断されたということだと思うので。會澤会長や先代の会長、選手たちには申し訳ないと思っています」

日ハム時代、大谷翔平は脱退せず

 森事務局長の謝罪を受け止めながら、會澤会長が言葉に力を込めた。

「入会しているメリットも必要ですけど、僕はそういう利益だけじゃなくて、野球人口が減ってきている中で少しでも野球界の環境を……っていうところも考えていきたいです。花巻東の佐々木麟太郎くんがアメリカの大学に進学を決めましたよね(取材後、スタンフォード大進学が発表)。今後、こういうケースは増えるのかなと思います。向こうの方が施設もいいし、最先端。彼の挑戦は悪いことではない。ただ、僕らは日本のリーグ、プロ野球、アマから盛り上げていきたい。大谷くんがグローブを全国の小学校に寄贈してくれました。すごくありがたいことです。そんな大谷くんは日本でプレーしている時は選手会を脱退しなかったわけです。先ほども言いましたけど、10年後、20年後のプロ野球選手のために僕らはやっている。そういう発想を会員が持てるような選手会にしたいと思っています。だから、やっぱり今回のことは寂しいです」

 同期入団の前田健太(現タイガース)を羨みながら、メジャーに行く夢を断念した。だから、夢を追いたい気持ちはわかる。しかし、どこで野球をやろうとも、心のどこかに将来の日本野球のことを考える選手が1人でも増えてほしい――。會澤会長が語った「寂しい」の行間には、そんな切実な思いが詰まっていた。

 ドラフト1位濃厚とされていた佐々木麟太郎がスタンフォード大に進学するなど、「日本プロ野球を目指す」「日本で長く活躍する」が当たり前ではなくなった今。選手会はプロ野球をどう変えたいのか。第3回で聞いた。

〈つづく/第3回『「佐々木麟太郎のアメリカ行き」どうする日本プロ野球?』編〉

文=氏原英明

photograph by JIJI PRESS