松井秀喜が持っていた日本人本塁打記録を大谷翔平が塗り替えた。足掛け10年、4970打席で175本塁打を放った松井に対し大谷は7年、2979打席で176号に到達した。量産速度に大谷の凄みが表れている。

 過去6年、大谷は単年平均で30本塁打弱を記録してきた。今後の10年契約を全うすれば「Five Hundred Club」=500本塁打達成も夢ではない。二刀流、MVP、本塁打王等々。これまでも数多くの夢を我々に与えてくれたことを考えれば、期待は膨らむばかりだ。

 松井と大谷。日本を代表するパワーヒッターのふたりにはさまざまな違いがあると感じるが、絶対的な共通項がある。

『チームの勝利のために自分が今、何をすべきか』

 野球選手として当たり前のことと思うかもしれないが、実際のところ実践できていない選手も多くいる。頭の中では考えられても結果に繋げられない。だが、日本の誇るこのふたりは完璧だ。その上で松井と大谷は『175』という数字をメジャーでクリアした。そこを称えたい。

「ゴロキング」と揶揄されたメジャー1年目

 03年。ヤンキース移籍1年目の松井は日本からやってきた『本塁打王・ゴジラ』として、全米で最も重圧が高く、目の肥えたファン、記者が集まるニューヨークで期待を集めていた。

 だが開幕2カ月を経ても成績が上向かない。ツーシーム、シンカーを代表とする「動くボール」全盛の時代に外角へ逃げながら沈んでいく投球にバット軌道があわなかった。

 打率は.250ほどに低迷し、本塁打は5月を終わり248打席でわずか3本。全米屈指の名門紙「ニューヨーク・タイムズ」の番記者、タイラー・ケプナー氏は紙面で『Ground Ball King』(ゴロキング)の見出しで揶揄した。ケプナー記者に問うとシビアに答えた。

「グランドアウト(内野ゴロ)が想像以上に多いからね」

 実のところ、筆者も失望しかけていた。

 95年の野茂英雄に始まり、日本を代表し海を渡った選手は、1年目から日本時代同様の成績を残していた。00年、マリナーズの佐々木主浩はクローザーとして37セーブを挙げ新人王に輝き、01年のイチローは打率.350で首位打者、最多安打、盗塁王、ゴールドグラブ賞も受賞しMVPにまで輝いた。日本で年間最多50本塁打を放ち圧倒的なパワーを誇ってきた松井にも同じ姿を期待していたからだ。

「なぜホームランを打てない?」筆者に松井は答えた

 5月のニューヨークだったと記憶している。松井に聞いた。

「なんで打てないの? なんでゴロアウトばかりなの?」

 失礼だとは思いつつも、本当のことを探るのは記者の基本だ。松井への敬意を欠かさぬよう、ふたりだけになれる時間を狙って聞いた。

「見ての通り。これが今の自分の実力だよ」

 それでもしつこく聞いた。

「なんでホームランを打てないの?」

 松井は答えてくれた。

「日本でもアメリカでも俺のアプローチは一緒。何も変わってないよ。でも、結果は大きく違っちゃう(笑)。例えば走者が二塁にいたとすれば、最低でも三塁へ進めたいと思い打席には入っている。それは日本もアメリカも同じなんだよ。そこで本塁打になっちゃうのが日本、二ゴロになっちゃうのがメジャー。だから、これが今の俺の実力」

手厳しいファン、記者からの評価は変わっていった

 外角への変化球に対しバットヘッドが返り、一塁へ下を向きながら悔しそうに走る松井の姿が頭を駆け巡る中で心に残ったのは技術でなく打席内での考え方、アプローチだった。

 野球には2死走者なしなど、本塁打を狙って打席に入っていい場面が多々ある。派手な結果に左右され本塁打を打った、打たないに一喜一憂しがちだが、置かれた状況で『すべきこと』を実践するのが選手に求められる責務だ。“ランナーを進めようと思ったらホームランになっちゃった”。松井には大切なことを教えてもらったと感謝している。

 6月以降、徐々にメジャー投手への適応を果たしていった松井はニューヨークの手厳しいファンや記者からの評価も高めていった。そこには進塁打、犠飛など『プロダクティブ・アウト』と呼ばれるチーム打撃を確実に実践する松井の姿があったが、その仕事の持つ意味をファンや記者が理解していたからだ。その中で28歳からメジャーでプレーし、「175」という金字塔を打ち立てたことに敬意を払いたい。

松井の言葉と重なった、大谷翔平の「176号」ホームラン

 今季、大谷翔平は結果だけを見れば、本塁打がなかなか出なかったり、得点圏打率が低かったりで苦しんでいるように見える。事実、インサイドアウトのバット軌道が美しい彼にしては珍しい、手首の返ってしまった二ゴロに唇を噛む姿も目にした。だが、これには理由がある。それはドジャースにいるからだ。

 ベッツ、大谷、フリーマン、スミスと続くラインナップは敵軍の誰もが「クレイジー」と声を揃える。その中で不動の1番打者ベッツはリーグトップの出塁率.468を誇る。大谷にとっては常にベッツが走者にいる状態で打席を迎え、後ろにはフリーマン、スミスが控える状況だ。この状況で彼が考えることは走者を進める繋ぎの打撃だ。今季、右方向への打球が多い理由はここにあるが、制約のかかった打席が多いとヒッティングポイントが安定しづらくなる。その中で繋ぎを意識した大谷は、両リーグ最多安打を記録している。

 自由に打つことを任された場面では大谷らしい打撃も見せている。逆方向へ運んだツインズ戦の3号とパドレス戦の4号はいずれも走者なし。そんな中、松井越えとなった通算176号の5号本塁打は松井の言葉を思い起こさせた。

 0対0で迎えた3回1死一塁。走者ラックスを進めるために右方向を意識したアプローチが“ホームランになっちゃった”という打撃となった。まだ29歳の大谷が今後、どのような状況で本塁打を積み重ねていくのか。彼のアプローチを意識しながら、その内容を楽しんでいきたい。

文=笹田幸嗣

photograph by JIJI PRESS