パリ五輪を目指すU-23日本代表の戦いぶりと選手について、フィリップ・トルシエに“お世辞抜き”で論評してもらうシリーズ。開始早々の先制ゴールにVARによる相手GKの退場劇、一度は逆転を許したものの延長戦で勝利……様々なことが起きたカタール戦の試合終了直後に聞いた。

 アジアの出場枠が3.5のパリ五輪出場権を懸けたU23アジアカップ。ベスト4に進めば準決勝、3位決定戦、ギニアとの大陸間プレーオフのいずれかひとつに勝てば五輪への切符を獲得できる。もちろんプレッシャーはあるが、3回あるチャンスのひとつをモノにするのは確率の問題としてはそう難しいわけではない。

 最も難しく、重圧がかかるのがそのひとつ前の戦い――ベスト4行きを決める準々決勝であるといえる。実際、サウジアラビアもウズベキスタンもイラクも、のしかかるプレッシャーで持てる力の半分程度かそれ以下しか発揮できなかった。

 日本とカタールもそこは同じだった。日本には8大会連続出場というノルマが、カタールには1992年のバルセロナ五輪以来3度目の出場への期待と大会開催国のプレッシャーがかかっていた。

 日本とカタール、両国の事情に詳しいフィリップ・トルシエは、どちらにとっても難しい試合をどう見たのか。トルシエが語った。

カタールGKのレッドカードは厳しすぎると思った

――試合は見ましたか?

「ああ、見た。試合を終わりから語れば、日本の勝利に値する試合だった。しかしスタートから語るならば、懸けるものがとても大きな試合だった。とりわけ開催国であるカタールにとってはそうで、カタール代表にはもの凄く大きなプレッシャーがかかっていた。地元の観衆を前にした試合であり、開催国としての威信もあった。

 日本が直面したのはそんな複雑で難しい試合だった。内容を振り返ったとき驚いた試合でもあった。レフリーがカタールGKを退場処分にしたのは本当に驚いた。レッドカードは厳しすぎると思った。私が見た限りでは、GKは日本の選手(細谷真大)にチャージする気はまったくなかった。

 ペナルティエリアを飛び出して、ボールをヘディングでクリアすることのみに彼は集中していた。日本の選手はこの飛び出しにピッタリとはまった。GKの足が彼の腹部に当たったのは間違いない。しかしそれは故意ではなく、レッドカードは厳しすぎる。VARを確認したレフリーが、躊躇なくカードを提示したのも驚きだった。退場の後、試合はまったく異なるものになってしまった」

コンタクトがあった点で、レフリーは正しいが

――アジアカップの際にあなたは〈確認の映像では事象は映すがインパクトの大きさは再現されないので、映像を見たレフリーは事象のみで判断し、PKや退場の判定を下さざるを得ない〉と言いました。

「このケースは客観的な判断として、コンタクトがあったかないかで言えばコンタクトはあった。ルールでは、コンタクトがあった以上それは処罰の対象になる。その意味でレフリーは正しい。コンタクトはあったのだから。

 では別のロジックで分析したらどうなるか。GKは思い切り跳躍した。持てる力のすべてを使ってヘディングでクリアしようとした。そこには身体の動きがある。日本の選手はそのGKの動きにすっぽりハマり込んで衝突した。だからコンタクトはあったものの、それはGKがヘディングでクリアした後のことだ。足がぶつかったのはヘディングの後で、GKにとってはボールに触れた後のコンタクトだった。

 レフリーはスポーツの現実の動きをよく理解していなかったのか、あるいは動きの実態がどういうものか知らなかったのか。彼は選手へのコンタクトを根拠に判定を下したが、私はもの凄く厳しい判定だったと思う」

――その結果、日本は数的優位に立ちました。

「ただ、さきほども述べたことに戻れば、とても大きなものがかかった試合で、日本にとってもホームのカタールと戦うのは簡単ではなかった。そして前半はカタールが日本を挑発した。アグレッシブにプレーして、日本のミスやファールを誘おうとした。彼らは日本に罠を仕掛け、試合を台無しにしようとした。試合を壊すことで、勝利を得ようとしているように感じた。壊すという意味はわかるか?」

関根と山田楓、藤田、山本の連動は見事だった

――もう少し具体的に説明してください。

「サッカーのベーシックな価値観に基づいた試合ではなかった。仕掛けたのはアグレッシブなフィジカルの戦いであり、日本選手への挑発だった。小さなコンタクトでわざと倒れ、レフリーにファールをアピールした。その意味では何が起こるか分からない、とても緊迫した試合だった。そうなったのも重圧のかかる試合だったからに他ならない。カタールはこの試合、日本を挑発することで勝利を得ようとした。

 そんなカタールに日本はよく対応したと思う。挑発にも冷静さを失わず、反撃も的確だった。相手に惑わされることなく、デュエルにもコンタクトにもしっかりと対応ができていたし、最後まで冷静さを保った。

 ただ、レッドカードの後は別の展開になった。

 カタールは積極的にプレーせず、前線のストライカーを置かない守備的な陣形を敷いた。攻撃の武器はセットプレーだけだったが、セットプレーから追加点を奪うことができた。

 だが失点しても日本はパニックに陥ることなく、ゲームを完全にコントロールしていた。カタールはほかのやり方では得点できなかったし、忍耐強くプレーして、システムを保ち続けた。自分たちのプレー哲学を良く守り、パスを繋ぐサッカーを継続し続けた。とりわけ右サイドのコンビネーションは素晴らしく、関根大輝と山田楓喜、藤田譲瑠チマ、山本理仁らの連動は見事という他はなかった。ちょっと残念だったのが藤尾翔太だ。3得点を決めていてもおかしくはなかったが、彼もまだ若い。

 今夜の日本は、サッカーに必要な要素をすべて揃えていた。もちろん勝利に値したが、90分で決着をつけることができなかったのは、効率性を欠いて得点を決められなかったからだ。ただそれでもパニックに陥らず、冷静さを保ち続けた。忍耐強く自分たちのプレーを続けた。延長までもつれ込んだが、日本には何の不安もなかった。そして最終的に、望むべき結果を着実に手に入れた。成熟した姿と、経験値の高さを見せながら」

この日本代表はちょっと不思議なグループだ

――延長でカタールにとどめを刺しました。

「この日本代表はちょっと不思議なグループだ。この年代で最高の選手たちが加わっていない。Jリーグのクラブからも選出の人数制限がある。さまざまな制約のなかでできあがったチームだ。しかしどの試合でも自分たちの真価を発揮し、選手は経験を得ている。彼らは力強く進化し、素晴らしい結果を得た。

 忘れてならないのは、カタールは開催国であり、ホームでプレーするチームであったことだ。だからこそ日本のパフォーマンスは称賛に値した。カタールと戦うのは、日本にとって心理的に簡単ではなかった。重圧もあったが、最終的にとても素晴らしい試合を実践した」

とりわけ藤田は出色。19番…細谷も素晴らしいと思う

――後半のカタールは疲れが蓄積していきませんでしたか?

「それも日本が素晴らしかったからだ。日本はどの要素をとってもカタールに劣るものはなく、11人対10人の状況にはなったが、たとえ11人対11人でも日本の優位は変わらず、日本の勝利に終わっていただろう。11人のままならカタールは、よりオープンに攻撃を仕掛けてきたハズだ。後方にスペースが生まれ、日本の攻撃が容易になり90分で決着をつけていただろう。しかし10人になったため戦略を見直さざるを得ず、日本はスペースを見つけるのが難しかった。だが右サイドから幾度もチャンスを作った。攻め急ぐことなく忍耐強くプレーし、ピッチを広く使ってパスを回しながら、プレーの哲学を堅持し続けた。

 山田と関根、藤尾の右サイドの連動は素晴らしかった。私は関根も好きだし山田も好きだ。また藤田と山本は優れたミッドフィールダーで、とりわけ藤田は出色だ。それから19番も素晴らしい選手だと思う。

――3点目を決めた細谷ですね。

「日本は偉大なチームではないが、とても好感の持てるチームだ」

――2失点はいずれもヘディングで決められたものでした。空中戦が日本の弱点と言えますか?

「日本だけに限らない。もの凄く多くの試合がセットプレーにより決まっている。どのチームも抱えている課題だ。PKやCK、FKなどなど。対応にはトレーニングが必要だし、不必要にセットプレーを与えるのは避けるべきだ。繰り返すがカタールの2点目はFKからだった。そこは経験を積んで修正していくしかない」

決勝に進むのは理論上、まず間違いない

――準決勝の相手ですが、イラクになるかベトナムになるかは明日わかります(ベトナムを1対0で下したイラクに決定)。

「どちらにせよ日本にとってはいい組み合わせだ。決勝への道が開けたといえる。日本がパリ五輪の出場権を獲得したうえで、決勝に進むのはまず間違いない。理論上はそうだ。次の試合はいつか?」

――月曜です。フランス時間で19時半キックオフ(※日本時間で翌30日深夜2時30分)です。試合の後に電話します。メルシー、フィリップ。

文=田村修一

photograph by JIJI PRESS