大谷翔平が4月を素晴らしい成績で終わったことに、日本国民の一人としてお慶びを申し上げたい。打率.336はリーグ6位、44安打は3位、25得点は6位、7本塁打は5位タイ、19打点は11位タイ、OPS1.017は、リーグ4位。

 総合的に見て、大谷翔平はナショナル・リーグでトップクラスの成績であり、このまま好調を維持すればMVP間違いなし、と言いたいところだが、実際にはそんなに簡単な話ではない。

最重要視される「WAR」という指標で見てみると

 今のMLB選手を評価するうえで最も重要な指標である「WAR(Wins Above Replacement)」は、投手、野手などポジションの異なる全ての選手の「投」「打」「走」「守」などの記録を数値化し、組み合わせたものだ。

 最近、投手のWAR1位は「サイ・ヤング賞」に回ることが多いため、MVPは野手が獲得することが多い。

 WARは『Baseball Reference』と『Fangraphs』という2つの記録専門サイトから発表されている。4月30日終了時点でのWARランキングは、それぞれ以下の通り。

〈Baseball Reference〉
 1.ベッツ(ドジャース)3.2
 2.マルテ(ダイヤモンドバックス)2.3
 3.デラクルーズ(レッズ)1.9
 4.コントレラス(ブルワーズ)1.8
 5.ウォーカー(ダイヤモンドバックス)1.8
 6.大谷翔平(ドジャース)1.7

〈Fangraphs〉
 1.ベッツ(ドジャース)2.9
 2.ボーム(フィリーズ)2.0
 3.デラクルーズ(レッズ)1.8
 4.大谷翔平(ドジャース)1.7
 5.アダメス(ブルワーズ)1.7

 となって、どちらも1位ではなく、僚友のムーキー・ベッツに大差をつけられている。

ベッツと大谷の違いは「守備の補正」

 確かにベッツは打率1位、安打数1位、本塁打8位タイ、打点3位タイ、盗塁7位タイで、大谷翔平より「やや上」の成績を挙げているが、それだけではこれだけの差にはならない。

 ベッツの場合、打撃でのWAR(OffensiveWAR)に加えて遊撃手など守備でのWAR(Defensive WAR)が加点されているのだ。

 Baseball Referenceは打撃でのWARではベッツ2.8(1位)に対して大谷は1.7で4位。だが、守備でのWARはベッツが0.7で4位なのに対し、大谷はそもそも守備に就いていないから加点はなし。守備位置での「補正」の考え方でDHの守備WARは若干だがマイナス評価になっている。FangraphsのWARでも同様の評価だ。

 WARの指標が重要視される今のMLBでは守備に就かない「DH」の評価は守備に就く選手よりも低くなる傾向にある。

 MLBでDH制が導入されたのは1973年だが、以後、DHでMVPを獲得したのは1979年のカリフォルニア・エンゼルス、ドン・ベイラーだけだ。この年ベイラーは、全162試合に出場し36本塁打、139打点(打点王)、打率.296、65試合でDHとして出場した。そしてMVP投票ではオリオールズのケン・シングルトンを破ってMVPに選ばれた。

 当時はWARの概念がなかったこともあってDHがMVPに選ばれたが、それ以降、DH専門の選手でMVPに選ばれた選手はいない。

 どんどん進化するMLBではあるが「野球選手は打って守ってチームに貢献するもの」というオーソドックスな概念がいまだに生きているのではないか――と感じる。

DHの選手は野球殿堂でも評価が低い傾向が

 野球殿堂入りの投票でもDHでの出場試合数の多い選手は、評価が低い傾向にある。

 2001年イチローがシアトル・マリナーズに移籍した時期に、マリナーズの絶対的な中軸打者だったエドガー・マルチネスは首位打者2回、打点王1回、通算309本塁打。最優秀指名打者に5回選出されている。出場2055試合の内、1403試合がDH。

「ミスターDH」と言われ、そのシーズン最も活躍したDHには「エドガー・マルチネス賞」が授与されるようになるなど、すでに歴史的な存在なのだが、殿堂入り投票ではずっと票が集まらずエントリー10年目の2019年になってようやく殿堂入りした。

 今後、大谷が好調を維持したとしても、守備での評価がマイナスであることを考えれば、ベッツなどライバルよりはるかに好成績を上げない限り、2年連続のMVPはあり得ないことが予想される。

フリーマン、スミスのDH起用のためにも外野を守る?

 シーズンに入ってから、大谷翔平は試合前に、キャッチボールをするシーンがしばしば報じられる。昨年9月に手術をした右肘の状態が順調であることをうかがわせるが、最近は、外野の芝生でコーチが打つフライやゴロを捕るシーンも報じられている。

 またロバーツ監督はシーズン終盤で大谷が「外野を守る可能性」にも言及している。

 たかだか数試合外野を守ったとしても、大谷の守備WARが向上することは考えられないが、これは今後の「いろいろな可能性」を考えるうえで、有意義な試みではあろう。

 まず、ドジャースではDHのポジションを大谷が独占しているために、34歳のベテラン、フレディ・フリーマンなどがDHで「半休」することができない。また捕手のウィル・スミスは、山本由伸との相性が今のところよくない。2番手のオースティン・バーンズにマスクを被らせたい一方で、リーグ屈指の「打てる捕手」スミスをスタメンから外したくない。こういう時は「DH」で使うのが一般的だが、ドジャースには大谷がいるからこれができない。

 とりわけシーズン終盤の厳しい展開で「DH」を使う自由度を上げたい、という意図は理解できる。

 また投手・大谷翔平が、今後、順調に回復すると断言することはできない。大谷自身「今回の手術が最後」と言っているが、これで右腕が回復しなかった場合には「二刀流」を継続できない可能性がある。そんなときに大谷翔平が「DH」だけでなく外野も守ることができる――となれば、選手寿命も延びるというものだ。

日本ハム、エンゼルス時代も外野を守ったことがある

 プロ入り以降、大谷は多くはないものの、外野手として出場したことがある。

【NPB時代】
・2013年
 左翼で4試合、右翼で45試合先発出場。途中出場も含め54試合で外野を守る。
 75刺殺7補殺1併殺1失策

・2014年
 左翼で2試合、右翼で6試合先発出場。
 15刺殺、無失策

【MLB時代】
・2021年
 右翼で6試合、左翼で1試合、途中から守る。

 いずれも1イニング程度の短い期間だったため、守備記録なし。

 2013年、大谷翔平が外野手として記録した7補殺は左翼の中田翔と並ぶチーム1位、リーグでもロッテの角中勝也の9、西武・秋山翔吾の8に次いで、ソフトバンク内川聖一、長谷川勇也、日本ハム中田と並ぶ3位タイだった。

 その豪腕からして右翼手・大谷翔平の強肩は容易に想像できる。イチロー張りのレーザービームで走者を刺すシーンは、ものすごい見ものになる可能性はある。

外野手のオプションは悪くないが、ケガのリスクも

 30歳になろうとする大谷翔平が、外野手という「オプション」を手にすることは、悪いことではない。ファンにとっても外野のフィールドを爆走する大谷の姿は新たな魅力になるだろう。

 ただそれは「外野でも出場できるから、ずっと休まずに試合に出ることができる」ということではない。

 守備に就くことは怪我のリスクを増やすことでもある。

 メジャーリーガーは、元気であっても適当なインターバルで休むもの。大谷は現地時間5月1日のダイヤモンドバックス戦でスタメンから外れ、今季初の休養日となった。たまたまその日にスタジアムに訪れた人は気の毒だが――せめて10試合程度は「休み」の日があっても良いと思う。

文=広尾晃

photograph by Nanae Suzuki