今年4月、立教大から名門実業団の積水化学に入社した女子陸上競技の道下美槻。中高時代から全国大会で活躍していたが、大学時代にさらに急成長。1500mで学生記録を更新し、名実ともに「学生最速ランナー」となった。異例の進路を選んだ彼女だが、大学4年時にはスランプに陥る。そこからいかに立ち直ることができたのか。また、大学卒業後のいま、目指すところはどこなのか。<NumberWebインタビュー全3回の3回目>

 1500mでの日本学生記録の更新、日本選手権での3位入賞など、日本のトップ中距離ランナーへの道を駆けあがってきていた立教大時代の道下美槻。そんな彼女がスランプに陥ったのが、大学4年目の1年間だった。

 積み重ねた実績ゆえに、自分で自分にプレッシャーをかけ、思うような結果を出すことができなくなっていた。

 皮肉にもそんな道下の背中を押したのは、高校時代のトラウマでもあった駅伝の存在だったという。

 実はこの年の立教大は、昨年まで活躍を見せていた道下に憧れて入学してきた有力選手たちが下級生に揃い、初めて全日本大学女子駅伝や富士山女子駅伝といった全国大会への出場が射程圏に入って来ていた。

「高校時代のことがあったので、駅伝ってなるべくならやりたくないなという印象が大きかったんです。これまでは『自分が失敗したらどうしよう』と思うことが多くて。

 でも、大学では選手主体でずっと仲間とトレーニングをしてきて、逆に『他に5人いるから別に自分が失敗したっていいや』という風に思えるようになって。はじめて駅伝で全国の舞台に出られるかもしれないことにワクワクするようになりました」

強豪ではなかった立教大が…富士山女子駅伝に

 結果的に12月上旬、富士山女子駅伝にチーム全体の5000m平均タイム枠で念願の初出場を決めた。常に上位を期待される個人のレースとは違って、あくまでもチャレンジャーの立場で全力投球できる初出場というチームの立ち位置も、当時の道下にとってはありがたいものだった。

 本番では2区6.8kmを走って5人抜きの区間9位。専門外の長距離区間で、そのポテンシャルを見せた。

 そして、駅伝を走ったことでおもわぬ反応もあった。

「駅伝ってやっぱり日本ではすごく注目されているんだなと感じました。トラックレースは見たことのない人でも見てくれていて、たくさんの声をかけてもらえました。私の中で競技の結果とは別に、『人の心を動かせる選手になりたい』という目標はずっと持っていたんです。駅伝を走って、声をかけてもらって、そういう風に誰かの心を動かすことができたんだと思った時に、本当に頑張ってよかったなと」

「やっぱり1500mが一番、好きな種目なんだな」

 また、そうして「楽しかった」駅伝経験を経たことで、自分の中での“軸”と“目指すもの”も再確認できた。

「やっぱり私の中では1500mが一番、好きな種目なんだなと思って。単純に長い距離が苦手っていうのもあるんですけど(笑)、短い1500mという距離の中で駆け引きがあって、レースがポンってはまった時の快感や、ラストスパートが決まった瞬間の爽快感はやっぱり走っていて『楽しいな』とすごく思います。だから、その道を極めたいという気持ちが強くなりました」

 この4月からは、大学を卒業して実業団の積水化学に入社した。

 入社後もTWOLAPSでのトレーニングが中心になるのは変わらないと言うが、「人生初のひとり暮らし」も始まり、日々ばたばたの毎日を送っているという。

 昨年のクイーンズ駅伝でも優勝した強豪チームではあるが、それでも道下は「メインは1500mだと思っています」とトラックでの中距離種目へのこだわりを見せる。

「もちろん1500mを走るうえで5000mとか3000mを走る能力というのも必要になってくると思います。なので、その部分は駅伝も活用しながらちゃんと鍛えつつ、トラックでのメインは中距離で戦っていきたいですね」

 当面の目標は「2年間更新できていない1500mの自己ベストを出すこと」だというが、その先には世界の大舞台も見据える。

「いまの自己ベストの4分12秒を出した時も結構、楽に出せた印象はあって、いまでもハマれば4分10秒を切るくらいまでは行けると思います。ただ、そこから先の4分ヒトケタ台の前半や3分台という世界に行くために、どうやってお尻にうまく力を入れるかとか、お腹が抜けないようにはどうしたらいいかとか、本当に細かいところから1つずつ課題をつぶしている感じです」

他の選手の活躍は…「すごいなというより悔しい」

 東京五輪の1500m、ブダペスト世陸の5000mでともに8位入賞と、まさに世界を舞台に過去類をみない実績を叩き出している田中希実(New Balance)をはじめ、現在の日本女子中距離界は群雄割拠の様相を呈している。

「田中さんは今のところはちょっと異次元ですね。基本的なペースが他の日本人選手と全く違いますから。でも、4月の織田記念や兵庫リレーカーニバルの1500mで木村(友香)さんとか(卜部)蘭さんとか、同じ積水化学のチームで走っている選手がいい結果(※兵庫では田中に次ぐ2位が木村、3位が卜部。織田では木村が優勝、卜部は5位)を出しているのを見ると、すごいなというよりは悔しいという気持ちの方が大きかったです」

 そんな言葉に中距離ランナーとしてのプライドをのぞかせる。

 また、道下よりも若い世代からもドルーリー朱瑛里(津山高)や久保凛(東大阪敬愛高)といった好ランナーも続々と出てきているが、「まだ下の世代はあんまり意識していなくて」と苦笑する。

「いまは自分より上の選手がたくさんいますから。まだまだ自分には伸びしろばっかりだと思うので、常に上を見て頑張りたいなと思っています。メンタル面でうまく行かなかった時もあったんですけど、もっともっと上に行けるハズ……というのは自分でも信じているので」

 昨年度の不調の影響もあり、今夏のパリ五輪への出場は現実的にはなかなか難しい状況になった。一方で、今季を終えれば2025年には地元・東京での世界選手権も待っている。

 異色の経歴を重ねた中距離ランナーの未来は、果たしてどこにつながっているだろうか。

(撮影=鈴木七絵/文藝春秋)

文=山崎ダイ

photograph by Nanae Suzuki