記者席やインタビュースペースで、何人ものベテラン記者を見かけた。数年ぶりに見る顔もあった。

 普段の“持ち場”は違ってもこれだけは見逃すまい、ということか。5月20日の後楽園ホール。女子プロレスの新団体マリーゴールドの旗揚げ戦だ。

 代表のロッシー小川氏は、女子プロレス界における“最重要人物”の1人だ。全日本女子プロレス(全女)でクラッシュ・ギャルズ(長与千種&ライオネス飛鳥)のマネージャーを務め、1990年代には他団体との対抗戦で一大ムーブメントを築く。この時期の全女は東京ドーム進出を果たした。

 全女を離れると1997年に“ハイパー・ビジュアル・ファイティング”を謳うアルシオンを旗揚げ。さらにグラビアアイドル“ゆずポン”こと愛川ゆず季のプロレスデビューをきっかけにスターダムを設立した。スターダムは2019年に上場企業ブシロードに事業譲渡。業界最大の女子プロレス団体に成長している。

 いわゆる“仕掛け人”。選手の引き抜きの噂など批判する者も多いが、一方で何人ものスター選手を育成してきた。今回のマリーゴールド旗揚げに際しても、選手の多くが「小川さんについていく」、「ロッシー小川のもとでプロレスがやりたい」という理由から行動をともにした。

マリーゴールド旗揚げにかけるロッシー小川の熱

 小川氏がエグゼクティブ・プロデューサーを務めていたスターダムを契約解除となったのは今年2月のこと。契約期間中に選手引き抜き、新団体設立に動いたことが理由だ。

 確かにこれは重大なルール違反。ただ背景にはスターダムのゴタゴタがあった。大会運営の不手際や一部スタッフの選手に対する不誠実な態度が取り沙汰され、11月に社長交代が発表された。そうした中で、小川氏はスターダム離脱を決意する。

 ブシロード体制のスターダムでは、小川氏は「マッチメイクしかやっていなかった」。ビッグマッチを連発、リーグ戦の最中にタイトルマッチを行うような、選手の負担になるスケジュールも問題視されていた(新体制のスターダムでは改善されている)。

 かつてのように、日程や会場規模なども含めトータルに団体をプロデュースしたい。そうした熱が小川氏の中で高まっていたようだ。だから自分で作ったスターダムと袂を分かち、マリーゴールドを旗揚げすることになった。

 4月の旗揚げ発表会見には、3月いっぱいでスターダムを退団したジュリア、林下詩美、MIRAI、桜井麻衣と新人のビクトリア弓月が参加。またフリーでスターダムの旗揚げメンバーでもあった高橋奈七永、アイスリボンからフリーになっていた石川奈青も。会見にはアクトレスガールズを離脱した選手たちが“乱入”し、参戦をアピール。後に入団会見が行われている。

チケットは完売、第1試合から“地鳴り”が…

 プロレスファンも“仕掛け人”の新たな行動に興味津々だった。旗揚げ戦のチケットはあっという間に完売。立ち見を入れて1539人、札止めの観衆が月曜日の18時30分に集まった。オープニング・セレモニーの時点でほぼすべての客席が埋まり、手拍子と歓声が絶えない。期待感がそのまま熱につながっていた。記念すべき第1試合、ベテランの高橋に弓月が張り手を見舞うと、地鳴りのような反応が。完全に“出来上がった”状態だ。

 最高の雰囲気で大会が進む。盛り上がりの要因の一つは、マッチメイクの新鮮さだ。初顔合わせ、あるいは久々の再会。アクトレスガールズは2022年からプロレス団体としての活動をやめ、プロレスをモチーフにしたエンターテインメント・パフォーマンスのイベントを開催していた。

 そこから離れてマリーゴールドに合流した選手たちは、プロレスファンにとって存在そのものがフレッシュだった。たとえば青野未来は、この2年あまりでトップ選手としての風格を身にまとって“プロレス”に戻ってきた。

 セミファイナルで勝利した天麗皇希と後藤智香の「ツインタワー」タッグも元アクトレスガールズ。これまではプロレスを“演じる”ためにリングに上がってきたが、今回は正式なプロレスデビュー戦となる。後楽園の観客の多くは、彼女たちを初めて見て、そして惚れ込んだのではないか。

バックステージで悔しさを露わにする選手も

 バックステージで悔しさを露わにする選手もいた。勝ち負けだけでなく試合内容に納得がいかないと。後輩の皇希に3カウントを奪われた松井珠紗は「今日は会場に圧倒されたかもしれません」と語った。松井と組んだ翔月なつみは「超満員の後楽園の空気だったり(元アクトレスガールズの)自分たちが受け入れてもらえるか、通用するのかという緊張がありました」。

 多くの選手が、前の団体をやめてから試合間隔があいていた。さらに初めて、あるいは久しぶりに闘う相手。プロレスには何度も闘うことで攻防が練り込まれていく部分もあるのだが、今回はそれがなかったわけだ。

 札止めの観衆はパワーにもプレッシャーにもなる。それにもちろん、旗揚げ戦=人生の新たな節目を迎えた緊張も。正直に言えば、技が完璧に決まらなかった場面、ミスをした場面はいくつもあった。新鮮な試合だから盛り上がり、それゆえに選手にとっては難しい。そういうシチュエーションだったのだ。

旗揚げ戦で感じた「圧倒的な新鮮さ」

「マリーゴールドはどんな団体なのか。他と何が違うのか」

 そういう見方をする者も多いだろう。それに答えるのは簡単ではない。新団体の旗揚げといっても、プロレス団体はプロレス団体だ。いきなりデスマッチをやるとかMMAをやるというわけではないから、すぐに“特色”が見えるわけではないのだ。それでもマリーゴールドの旗揚げ戦に、圧倒的な新鮮さがあったのは間違いない。

 小川氏は旗揚げ発表会見で「昭和」というワードを使っている。古き良き昭和のプロレス、そのエッセンスを活かしたいと。旗揚げ戦を前に所属選手たちが合宿を敢行したのも小川氏の発案による昭和テイスト。砂浜での“特訓”は、確かに懐かしくて新しかった。旗揚げ戦終了後には、関係者に大入袋が配られてもいる。

 小川氏がやりたいのは、時代を超越した“プロレスらしいプロレス”だろう。奇を衒わず、しかし新鮮で、選手の魅力をストレートに伝える。外国人選手の活躍も欠かせない要素だ。

メインイベントでは団体エースがまさかの敗戦

 旗揚げ戦では初来日のボジラがSareeeと組んでメインイベントに登場。ジュリア&林下詩美の所属2トップと対戦した。戦前、注目されたのはスターダム時代に絡むことが少なかったジュリアと林下の2度目のタッグ結成。ジュリアとフリーの大物・Sareeeはファン待望の対決だ。

 そして、それらの要素を凌駕するほどに観客の目を奪ったのがボジラだった。181cm、91kgの巨体とパワーで相手を投げまくり、さらにはムーンサルトプレスでSareeeのフィニッシュをアシスト。試合後には大ボジラコールを浴びた。まだ粗削りではあるが20歳という若さも可能性だ。

 旗揚げ戦のメインでSareeeに敗れたジュリアは「感極まっていたけど悔しさで吹っ飛んだ」とコメント。特大インパクトを残したボジラについては、小川氏が「予想通り」と語っている。メイン起用は狙って放ったホームランだったわけだ。旗揚げ戦でエースが敗れるという結果は“昭和”的には1972年の新日本プロレスを思わせた(アントニオ猪木がカール・ゴッチに敗戦)。

 負けることからドラマが広がることもあるのがプロレスなのだ。ジュリアは、久しぶりに闘った充実感からSareeeに定期参戦を求めた。大会エンディングでは7月13日の両国国技館大会が発表。ジュリアとSareeeのシングル対決が早くも決定している。

「ちょっとそこが…」大会後に小川氏が苦笑した理由

 旗揚げ戦の盛り上がりは年間ベスト興行級。両国国技館でのビッグマッチに向けてこれ以上ない勢いがついたとも言える。

「今日のお客さんが1500人。両国ではその倍、3000人集まれば。だから両国もできないことではないですね」

 それが小川氏の、両国大会の“勝算”だ。スターダムでもそうだったが、コロナ禍を経た現在、ビッグマッチの集客は3000人が基準もしくは“壁”になる。

 ただ“3000人の壁”を突破すること自体が目標なのではないという。

「ビッグマッチをやればいいということではなくて、一つ一つの会場を充実させることが大事なので」

 それはスターダム時代に得た感覚かつ、興行主としての原点でもあるのだろう。マリーゴールドでは、スターダムが長らく開催していない新木場1stRING大会もスケジュールに入っている。都内で300人ほどのキャパだから、今のスターダムにはいかにも小さい。

 いやマリーゴールドにも小さいはずなのだが、旗揚げ前の感触としては現実的だったのかもしれない。いずれにせよ“ロッシー小川全面プロデュース”からは足元を固める感覚も伝わってくる。主要大会の中継はノア、DDTを擁する配信サービスWRESTLE UNIVERSEで。何もかも自前でスタートするのではなく、既存のプラットフォームを活用した形だ。結果、旗揚げ戦の中継はWRESTLE UNIVERSEの歴代視聴ユーザー数2位、後楽園大会の中継の視聴ユーザー数1位を記録した。大成功というほかない。

 小川氏のコメントで印象的だったのは「全体的に激しい試合が続いて、それが“マリーゴールドの試合”になるのかはまだ分からないですけど」というものだ。激しい試合の連続で素晴らしかった、というだけの口調ではなかった。

「一番激しい団体になってしまうんじゃないかと(苦笑)。ちょっとそこが。激しさが(特長と)定義づけられちゃうのもどうかなというところが。激しいのもいいんですけど、今日はそこに特化しちゃったかなという。それだけ力が入ってましたよね」

ロッシー小川と「最後のチャレンジ」

 選手たちは、本来もっと幅広い色が出せると考えているのだ。プロレス興行には笑いの要素もあっていい。テクニックで相手を翻弄する選手もいれば、ため息が出るほど可愛いアイドルレスラーも。

 思い返すと、大会の中盤戦では観客の反応がやや鈍くなっていた。第1試合から“激しい試合”の連続で、見る側に疲れが出たのが一因かもしれない。大爆発したマリーゴールドの旗揚げ戦にも足りないものがあったのだ。熱狂渦巻く空間の中で、小川氏はそれに気づいていた。やはりおそるべし、である。

 67歳、マリーゴールドがプロレス業界生活で「最後のチャレンジ」になると公言している。敵も作りながら、常に新しい道を選んできた。これからは後継者の育成などキャリアの“たたみ方”もテーマになってくるだろう。

 ただ、いま現在のエネルギッシュな姿を見ていると、当分は女子プロレス界の話題の中心であり続けそうだ。旗揚げ戦の翌日には、ジュリアの負傷としばらくの欠場という残念なニュースがあった。そこで落ち込んでいられないのがプロデューサーだ。小川氏は、このピンチをどうプラスに転じさせようかと腕を撫しているに違いない。

文=橋本宗洋

photograph by Essei Hara