昨年秋のドラフト会議直後、私はよく知らなかったのだが、野球ファンの間では、中日ドラゴンズの指名選手について、かなりの紛糾があったと聞いている。

「前年、2022年のドラフトで、『遊撃手』を4人も指名しておきながら、なぜ、今年『2023ドラフト』の2位指名、3位指名も『遊撃手』だったのか?」

「いったい、中日ドラゴンズのドラフト戦略は、こんなに行き当たりばったりでよいのだろうか」

 そのような論調の発信があとを絶たず、一時はえらいことになっていたという。

 そこで、どうしてそういう「混迷」のドラフトになったのか……関係者のみなさんに出来るだけその事情をお聞きしてみたので、その内容をつなぎ合わせて解説してみたい。

近年の中日「ショート候補」獲得は…2年間で8人!

 ドラフトとは、つまり「人事」である。デリケートなテーマゆえ、事情の聞き取りは困難を極めた。

 まず、状況説明から進めていこう。2022年ドラフト、中日は下記の「遊撃手」を指名した。

2位 村松 開人 明治大学・171cm80kg・右投左打
5位 濱 将乃介 日本海オセアンリーグ福井・181cm81kg・右投左打
6位 田中 幹也 亜細亜大学・166cm68kg・右投右打
育成 樋口 正修 BC埼玉・177cm75kg・右投左打

 そしてその上、新外国人選手として、遊撃手が本職のオルランド・カリステ内野手を獲得。一気に、5人の遊撃手候補がチームに加入した。

 そしてさらに昨年、2023年ドラフトでは、

2位 津田 啓史 三菱重工East・181cm88kg・右投右打 
3位 辻本倫太郎 仙台大学・168cm73kg・右投右打

 上位指名で、さらに2人の遊撃手を指名したから、ファンが騒ぐのもわからないでもない。ちなみにオフには阪神を戦力外となったユーティリティプレイヤーで遊撃も守る山本泰寛内野手も獲得している。

 過去3年間のペナントレースで5位、最下位、最下位……低迷しているチームなのに、そんな偏ったことやっててよいのだろうか? と一部の熱心なファンたちから、憤怒の声が上がっていた。

「この話を語るには、2016年のドラフトの京田陽太指名までさかのぼらないと、語れないと思います」

 地元・名古屋の関係者は、そこから話を始めてくださった。

「その年、ドラゴンズはドラフト2位で京田を指名しています。長いこと、井端(弘和)、荒木(雅博)のコンビが二遊間を守ってきて、そのあと何年か外国人が守ったり、絶対的な存在がいませんでしたから、チームとしては念願のショートストップ誕生だったわけです。京田は1年目からレギュラーに定着して、新人王を獲得したりまあまあ順調でしたから、翌年から3年間、投手兼任だった根尾昂を除けば、中日はドラフトでショートを獲ってないんです」

 京田遊撃手もよく頑張って、心身にものすごく大きな負担がかかるといわれる「遊撃手」のポジションで、ほぼフル出場してチームに貢献する。

「でも3年、4年が経ち……まあ、バッティングが頭打ちだったり、エラーが増えたりで、京田も徐々に精彩がなくなってきた。それで、2020年のドラフトで、3位に土田(龍空・近江高)を指名するんですね。はい、左打ちでスラッとしてて、スピードもあって。京田にちょっと似たタイプですね」

立浪監督就任で激化した「ショート争い」

 その翌々年、2022年に立浪和義監督が就任。

 そのあたりから、チームに小さな波が立ち始める。

 シーズン当初からのバッティング不振と、コロナ感染で、京田選手に欠場が目立ち、ファームで伸びてきた土田龍空選手が「遊撃手」の定位置を占めるようになる。

「そこに、あの『京田は戦う顔をしていない』発言ですよ、立浪(和義)監督の」

 もともとファイティング・スピリットがあまり表情や態度に出ないタイプの京田選手が、ファイターの立浪監督は少々物足りなかったのだろう。

「その発言で、急に京田放出の可能性が大きくなって、そうはいっても、土田一人にショートを任せられるかといえば、まだそこまでの信頼性はない。さあ、大変だとなって、ドラフトに『遊撃手』の名前がズラリと並んだわけです」

 村松開人、濱将乃介、田中幹也、樋口正修……複数の遊撃手候補生がそろったタイミングで、京田陽太遊撃手の横浜DeNAへの移籍が決まった。

 そして、昨季、2023年。

 10人近い選手が代わるがわる守った「遊撃手」のポジション。

 96試合と最も多く守った土田龍空が、打率は1割台。期待された村松開人は、右ひざの故障もあって、わずか30試合の出場に終わり、「ショートストップ」に台頭しそうな選手も見当たらない。

「それで、ショートがまた最重要補強ポイントになって、2位に津田、3位が辻本ですか。2人とも、アマチュア時代は、わかりやすいガッツと覇気が特徴のショートでしたから、京田を、戦う顔していないと評した立浪監督にはピッタリだと評価したのかもしれませんね」

 結果として、今季、ここまで村松開人遊撃手が定着し、持ち味の天才的なジャストミート能力を発揮して、3割3分(5月21日現在)のハイアベレージをマーク。やはり、俊敏・華麗で正確なフィールディングに天才性を発揮する同期生・田中幹也二塁手との二遊間を構築している。

「なぜショートばかり獲るのか」という疑問

「ショートばっかりどうして? って、ファンの人たちは違和感を覚えるのかもしれませんけど、スカウトという立場から考えると、意外とそうでもないんですよ」

 他球団のスカウトからは、そうした声も聞こえてきた。

「アマチュアで優秀なショートなら、例外なく、抜群の身体能力と野球センスを持ってますから、ショートとして使うためだけに、ショートを獲るわけじゃない。セカンド、サード……場合によっては、外野手として活躍しているケースも多いじゃないですか」

 最初に、パッと思い出したのが、日本ハム、横浜DeNAなどで活躍した森本稀哲選手(現・日本ハムコーチ)だ。帝京高当時は、都内No.1遊撃手と呼ばれた。

「実際に、田中幹也はセカンドで持ち味発揮してるし、辻本もセカンドでもいいと思ったし、津田は外野でバッティングを生かした方がって、私は見てました」

 だいぶ以前になるが、「キャッチャーがいない、キャッチャーがいない」と嘆くスカウトの方があまりに多いので、

「今は、捕手の中から捕手を探す時代ではないのではないか、優秀なショートから捕手を探してみてもよいのでは……」

 という趣旨の記事を書いたことがある。

 今のプロ野球なら、巨人・岸田行倫捕手が、報徳学園高時代、遊撃手としても優秀な選手だった。

「そうですよね。特に、セカンドについては、セカンドの中から探す時代はもうだいぶ前に終わっているかもしれない。これだけ、人工芝のグラウンドが増えて、外野も広くなって、打球スピードも上がってる時代ですから、野手の動きのスピードや強肩も、今まで以上に要求されてきてますよね」

もし中日に行っていたら?…気になる「日本代表選手」

 そして、最後に、こんなつぶやきを放ってよこしてくれたスカウトの方がいたことを記して、「中日遊撃手問題」の幕を閉じることにしよう。

「京田が中日に2位指名された年(2016年)に、西武が源田(壮亮・当時トヨタ自動車)を3位で獲ってるんですよ。大学も地元の愛知学院で、トヨタでしょ。獲ろうと思えば、いくらでも獲れたはずなんですよ、ドラゴンズ。あそこで、もし、ドラゴンズが源田をいってたら、野球界、いったいどう変わってたんでしょうね」

文=安倍昌彦

photograph by (L)JIJI PRESS、(R)Hideki Sugiyama