親元を離れ、ひとり暮らしを始めた部屋のことは、何年経っても忘れないものだ。

「私が暮らした物件は、設備の整った自慢の部屋でした。170室もある7階建ての新築で、同世代の友人たちが集まると、うらやましがられたものです。一度も内見しないまま入居したので、初めて鍵を開けるときは正直不安でしたが、中に入って『うわあ、すごい』と感激したことを今でもよく覚えています」

こう語るのは、全国に8万5000室もの学生向けマンションを管理する株式会社ジェイ・エス・ビーの社長、近藤雅彦さんだ。地元から遠く離れた進学先で、思いがけず超優良物件に住むこととなった近藤さんは、大学生のころにとある不動産屋でアルバイトを始めることになる。

「そのバイト先がジェイ・エス・ビーだったんです。というのも、あの自慢の部屋を紹介してくれたのがジェイ・エス・ビーでして。すごくよくしてもらったという実感がありましたし、いい仕事だと感じていたので、アルバイトの募集を見かけてすぐに面接へ行きました」

1976年創業のジェイ・エス・ビーは、学生向けの住まいに特化した不動産会社だ。学生向け賃貸物件の企画と開発、さらには仲介、管理まで行う。地主に土地活用を促し、学生専用物件として住宅を建設、そこへ住む学生を募集、契約、その後の管理にいたるまでワンストップで手掛ける。

学生やその保護者には、ユニライフの会社だと伝えたらわかりやすいかもしれない。ジェイ・エス・ビーでは、物件と入居者を結ぶ窓口として、ユニライフ(UniLife)を運営する。全国に約90店舗、さらにはインターネットでも物件を検索可能だ。

学生たちによりよい住環境を提供したいという理念は、創業から変わらない。
UMSS(ユーエムエスエス、UniLife(R) Mansion Security System)なるセキュリティシステムを独自に開発し、ほとんどの管理物件に設置しているほか、ひとり暮らしに必要な家具家電付き部屋、マンション入居者のための食堂事業、家賃債務保証サービスなどなど、学生マンションにおける「こうだったらいいな」をひたすらに実現している。

学生バイトながらチラシ配りからルームアドバイザーにまでのぼりつめた近藤さんは、大学卒業後に再びジェイ・エス・ビーで今度は正社員として働くこととなる。1995年に入社し、2021年に代表取締役社長に就任した。

安定して業績を伸ばし、2022年には東証プライム市場へ移行。少子化の煽りを受けそうな事業でありながら、昨年(2023年)秋には利益の出ていた高齢者住宅事業をあえて売却し、“学生向け”に専念する。経営資源をコア事業に集中させ、さらなる成長を目指す「選択と集中」に今、取り組んでいるところだ。

「少子化が叫ばれていますが、若者の進学率は上昇傾向にあります。うち50%はひとり暮らしを始めており、学生向け物件は供給が足りていない状況です。学生専用の不動産事業に取り組んでいるのは2〜3社と少なく、業界トップを自負する当社のシェアですら5%程度。まだまだ伸びる分野であると見込んでます」

大学のある地域で地主に学生マンションの建設を勧めると、「間口が狭まってしまう」と及び腰になるという。ファミリーも単身社会人も取り込みたい、入居者を限定すると損ではないか、と指摘されることも多い。

「当社が手掛ける学生向け物件は、入居率が99.9%です。学生は4月1日から4年後の3月25日に退去するというサイクルがあります。3月26日から31日までに掃除やリフォームを行い、4月1日には次の入居者が住み始めるのです。一般の入居者は退去のシーズンが読めず、新たな入居まで期間があいてしまうのに対し、学生限定にすると隙き間なく入居が続くという特性があります」

競争相手となる一般向け物件との差別化にも積極的だ。

「やはり付加価値が重要です。私たちは総合プロデュースというスタイルが武器なので、より学生向けに特化した企画・開発をご提案できるのが強みです。長きにわたり学生向け物件を手掛けた経験から、学生にとって使い勝手のいい間取りや人気のインテリアといった知見も蓄積しており、独自のセキュリティ設備(UMSS)はもちろん、食堂をつけたり充実した共用部を備えたりと、学生によろこばれる施設をディレクションできます」

今後も安定してシェアを伸ばすことが予想され、さらには高い入居率で物件を遊ばせない。こんな理由から不動産投資先としても注目度が高い。中長期経営計画のキャッチフレーズに「Grow Together 2030」と掲げる会社だけに、パートナーシップの相手としても不足がない。

■長く学生と関わってきたからこその強み
学生向けに注力しているからこそ、ほかの不動産賃貸業とは異なる視点を持つ。進学のタイミングは何かと物入りな時期。金銭的な負担をゆるやかにしてくれる各種サービスも充実している。

「併願受験生の中には、進学希望先がそれぞれ遠く離れているケースがあります。さらに、合格発表の日程もまちまちです。当社では、複数の物件を押さえ、進学先の物件のみ契約できるシステムもございます」

長く学生と関わってきたので、タイトな進学スケジュールも把握済み。さらに、遠方からの物件探しにも対応してきた実績から、非対面での案内にも慣れているという。

「不動産業は本当に紙をよく使う業種ですが、電帳法や電子署名法も始まり、ようやくペーパーレスの機運が高まっています。当社も例に漏れずIT化に力を入れており、ユニライフのホームページから物件を検索できるようになり、お客様からもリモートで入居の相談を受けています……が、よく考えたら非対面のご案内は古くからやっていたことなんですよね。たとえば、テレビ電話の導入は2006年のこと。例としては、仙台の物件を探したいという名古屋のお客様には、名古屋の店舗へお出でいただき、テレビ電話を介して仙台店と直接やり取りしていました。こうした経験が役立ち、コロナ禍も大きな打撃を受けずに乗り切ることができました」

かつては物理掲示板だった入居者のコミュニケーションも、専用のアプリを介して行える。このように、若者のニーズを汲み取り、入居者同士の交流を促す施策を積極的に提供している。

「学生マンションは、単なる住まいではありません。若者を育む場だと考えています。学び、体験、つながりを提供できる新たな住まいの概念を実現し、自立した豊かな人間性を持つ大人へと成長を促したいのです。こうして成長した若者たちは将来、社会で活躍し、社会に貢献できるでしょう。こうした人材育成を通じ、社会インフラの役割を果たすことが私たちの目標です」

また、ジェイ・エス・ビーは働き手も若い。近藤さんは社員の提案に耳を傾けるよう心がけ、「学生向けにこだわらず、社会人向けだっていいんだ」「不動産以外でもいい」と、柔軟に意見を募っているそうだ。

「今の時代に合わせた経営をしていきたいんです。新しいことをしていくためにも私自身が学んでいかなければ。また、一緒に働くうえで、『何かあったら言ってくれよ』『責任なら取るよ』という態度が伝わるように意識しています」
こうして、風通しのいい会社を目指した先に、どんな未来を描いているのだろう。最後に、近藤さんの野望を聞いてみた。

「そこに大学があるから進学するのではなく、そこにユニライフの物件があるからその大学に進学する、そんな学生マンションを作りたいんです」

荒唐無稽だろうか。

アイドルや芸人の世界では、「その部屋に住むと売れる」という物件があると聞く。あの売れっ子が以前住んでいたからと、無理して高い家賃を払ったりもするそうだ。未来が未知数な学生なのだから、学生マンションがその役割を果たす可能性は十分にある。

ひとつ屋根の下で同じ釜の飯を食らった仲間は一生の宝物。信頼関係を築いて切磋琢磨したら、社会に出たあとも同じマンションの仲間との交流が途絶えることはないだろう。時には支え合い、成功を喜びあい、やがて出身マンションから大物が登場したりして……!

いつか名物マンションと呼ばれる物件を作りたい。そんな野望を叶えるために、ジェイ・エス・ビーと近藤さんの挑戦は続いていく。