靴に当たり前のように付いている「靴ひも」。なかには、歩いているときに結び目が解けて煩わしい思いをしたり、靴ひもを踏んで転倒するといった経験をした人もいるのではないだろうか。

今回フィーチャーするのは、“結ばない”靴ひも「キャタピー」を製造・販売している株式会社ツインズだ。子どもから高齢者、さらに野球の国際大会WBCでは選手たちへの靴ひもとして配布されるなど、ユーザー層は多岐にわたる。

広く愛用されているこの商品だが、実は株式会社ツインズ(以下、ツインズ)の代表取締役・梶原隆司さんのある悩みがきっかけでスタートしたんだそう。

そこでこのたび、キャタピーの開発秘話および普及にいたるまでの販売戦略について、ツインズ プロダクトマーケティング所属の一ノ瀬政和さんに話を聞いた。

■店舗で靴ひもの穴を採寸?社長の悩みから生まれた「キャタピー」
ツインズは1999年4月に創業し、もともとは暖房器具や扇風機などの家電製品を手がけていた企業だった。そしてあるとき、代表取締役の梶原さんが、自身の子どもが靴のかかとを踏んで履く姿を見て、その不便さを解消したいと考えたそう。

「そうした悩みを抱えているとき、梶原は行きつけのスポーツジムで、『こぶ』がついた靴ひもを発見しました。この靴ひもは、当時2本セットで2500円くらいしたそうですが、そのアイデアに触発され、結ばずに着脱が可能で、しかも締め具合を調整できる靴ひもの開発を思い立ちました」

ツインズは「困っていることを解決する」という商品開発の理念のもと、「キャタピラン」(現在のキャタピー)の開発に着手した。一ノ瀬さんは「同社の商品には常に何かしらのアイデアを組みこんでいます」と話す。だが、画期的な商品ゆえ、開発の際には多くの苦労が伴ったようだ。

「まず、メーカーによる穴のサイズのばらつきにどう対応するかが課題でした。梶原は店舗でこっそり靴の穴を測定し、会社に戻って試作品を作成していましたね(笑)。プラスチックの板に寸法どおりに穴を開けて、ずっと靴ひもを作っては穴に通していました」

そして開発開始から約2年半の試行錯誤を経て、2013年に結ばない靴ひも「キャタピラン」の販売をスタートした。

■発売当時は販売ルートがなく苦戦。ヒットのきっかけはマラソンランナーの試着
満を持してキャタピーを発売したものの、開発の初期目標は梶原さんの子どもが靴のかかとを踏まないようにすることにあった。そのため、現在のように子どもから高齢者、スポーツ選手が愛用することを想定して設計していなかった。

「改善すべき点は多くありましたが、なかでもシュータン(通称『べろ』)とキャタピーが重なって足に痛みを感じるというのが問題でしたね。特にランニングシューズのシュータンが薄いのでなおさらでした。これを解決するため、こぶを楕円形にして、ひもを柔らかくするなどの工夫を施しました」

フィット感を重視するために、こぶの間のくびれ部分は伸びないように設計されているが、こぶ自体は伸縮するので動きやすさを確保できるという仕組みだ。一ノ瀬さんは「人体の筋肉(こぶ)と腱(くびれ)の関係に似ていますね」と説明した。一方で、機能面だけでなく、販売の初期段階でも苦戦したそうだ。

「当時の弊社は家電メーカーでしたので、そもそも販売先がなく、八方塞がりでした。そんなとき、ウルトラマラソン(※一度に100kmを走るマラソン競技)を走る知人にキャタピーを試してもらうことにしました。最初は断られましたが、試しに片足だけキャタピーを使用して走ってもらったところ、『キャタピーを履いた足のほうが疲れにくい』という驚きのフィードバックをいただけたのです」

靴を脱着するたびに、靴ひもを結んだり解いたりする人は多くないだろう。ただ、これは「スリッパを履いて歩くのと同じ」状態なんだそう。つまり、スリッパを脱がさないように足を持ち上げる動作で無意識に使われる筋肉が、疲労の原因になるというわけだ。

一ノ瀬さんは「筑波大学との共同研究を経て、キャタピーのひもがもたらすメリットをデータに基づいて説明できるようになりました」と話す。

■過去には大ゴケした商品も…。さまざまな商品形態を展開
キャタピーを発売して10年以上経過した現在も、週に1回のペースで企画会議を実施しているツインズ。この会議では、新商品の利用方法に関する模索、他社メーカーとのコラボレーション商品や他社ブランド向けの商品設計などを行っているという。

「例をあげると、アシックスとのコラボレーションで『キャタピーAIR+』という、初めからキャタピーが搭載されているモデルを展開していたりします。また、ビジネスパーソン向けの『キャタピービジネス』など、用途に応じてひもの太さやテンション、こぶのサイズを調整しています」

キャタピーはこれまでに10種類以上のバリエーションが発売されたが、販売不振や開発中止となる製品もあった。特に「キャタピーゴルフ」は発売直後に売り上げが全く立たなくなってしまったのだそう。

「2015年にゴルフコースを快適に歩けるようにと開発したキャタピーゴルフでしたが、同時期にダイヤル操作で着脱できる『BOA(R)ゴルフシューズ』が登場し、市場での靴ひもの需要が激減してしまったんです」

しかし、靴ひもの需要がふたたび高まったことをきっかけに、キャタピーゴルフは2023年に新機能を搭載してリニューアルした。「ゴルフの動作特有の『ひねり』に対応するために、外側のこぶを大きくし、抜けにくくしています」と一ノ瀬さんは語った。

■結ばない靴ひもを作る会社が、“結ぶ”靴ひもを作るワケ
ツインズは2020年から、キャタピーの国際市場での販売を本格化させている。またキャタピーに加え、2022年には「マジックレース」という、結ぶ靴ひものブランド展開を開始した。これまで「結ばない靴ひも」に注力してきた同社が、なぜ結ぶ靴ひもの製造に踏み出したのか。

「キャタピーの誕生10周年を機に、今後は靴ひも全体の市場も見ていこうと結ぶ靴ひもの製造に着手しました。一見普通の靴ひもですが、よく見ていただくと凹凸があります。これまでの技術を最大限に活かし、少し平たいこぶを入れているんですよ。さらに特筆すべきは、蝶々結びをして、ひもを持った状態で吊るしても解けないことです」

WBCの際にも選手たちに、キャタピーと併せてマジックレースを配布し、今では球団の選手が多く使用しているという。

「とはいえ、『靴ひもを強く締めるのがいい』という感覚はいまだに根強いと感じます。素足で走っているときは、足の指が開いていると地面によりパワーが伝わるので、あきらめないほうがパフォーマンスはあがるのですが、実は野球選手でも知らないことが多いんです。弊社の商品を通じて、さまざまなシーンに合わせた靴ひもの選択肢を提供していきたいですね」

一方、高齢者の靴は事故を防ぐため靴ひもがついていない商品が多いが、キャタピーやマジックレースの登場により、靴が選べるようになったエピソードも。また、手が不自由な子どもの親御さんから感謝状が届いたこともあったそうだ。

キャタピーやマジックレースを通じて、まさに多くの人が困っていることを解決しているツインズ。安全性や機能性を重視しつつ、誰もが靴選びを楽しめるよう、同社の革新的な取り組みは今後も続いていくのだろう。

この記事のひときわ#やくにたつ
・日常の悩みをヒントに商品を開発し、ユーザーが困っていることを解決
・有識者たちとの共同研究で、商品の有用性に説得力を持たせる
・シーン別に商品展開を行い、誰もが使用できるブランドに
・同じ市場の逆アプローチの領域にも参入し、市場全体の獲得を目指す

取材・文=西脇章太(にげば企画)