マネキン人形の制作を手がける株式会社トーマネ(以下、トーマネ)。1934年に創業され、今年(2024年)90周年を迎えるこの老舗企業が新しく始めたのが、インテリアアート「EDOMAE」だ。

これはマネキン制作で培った身体造形技術を活かしたアートで、トーマネ初のBtoCへの参入事業だ。部門やキャリアに関係なく、アイデアを形にする全社一丸のプロジェクトとして2024年2月に開始。一般社会へのマネキン業界の露出とともに、マネキン造形作家の活躍の機会創出を図っている。

"まじめにふざける"をテーマに掲げ、新しい市場に参入したトーマネ。どのような経緯でEDOMAEを始めるにいたったのだろうか。今回は、社長室 室長 執行役員の岩下沢子さんに、EDOMAEを立ち上げたきっかけや背景にある業界の課題などについて、インタビューを行った。

■老舗企業の挑戦!新事業の「EDOMAE」とは?
――初めに、貴社の事業の概要について教えてください。
【岩下沢子】当社は1934年(昭和9年)に創業した企業です。私どもは、ルーツを日本人形の名工「永徳齊」にもちますが、時代の流れで日本人形が作れなくなってきたなかで、マネキン人形の制作に活路を見いだし、現在では商空間を作り上げることを中心に事業を行っています。

【岩下沢子】基本的に弊社はマネキンをシンボルとして製造・レンタル、販売をしていますが、マネキンの設置や屋内の内装なども含め、空間を一手にプロデュースするという仕事も行っています。たとえば、商業空間の内装やポップアップ、シーズンごとのディスプレイなどを中心に手がけていますね。

【岩下沢子】そのため、弊社にはマネキンの原型作家もいれば、商業施設の内装デザイナー、内装施工、VMDデザイナーなどさまざまなスタッフが在籍しています。そのため、マネキン以外にもさまざまなことができるのが弊社の強みです。

――ありがとうございます。次に、貴社が始められたインテリアアート「EDOMAE」について教えてください。
【岩下沢子】EDOMAEとは、弊社がマネキン制作で培った人体造形技術を駆使して作ったインテリアアートです。EDOMAEは“まじめにふざける”をコンセプトに、東京発made in Japanのハイクオリティにこだわった遊び心のある立体アートになっています。

【岩下沢子】私どもとしましては、昔から見たことがないものを作ってみようという考えがありました。最初に発表した作品「BANANA」では、アニメや漫画などでよくあるバナナの皮で滑るシーンは誰でも知っているけれど、実際には見たことがないよね、というところから着想を得て、制作にいたりました。

――どのようなきっかけでこのブランドを作ることになったのでしょうか?
【岩下沢子】弊社はマネキン人形の会社であるため、人体造形についての高い技術を持っています。この技術力をマネキン以外の場所でも発揮し、お客様に楽しんでいただけるものを作りたいという想いがありました。そして、造形作家がマネキン人形以外のことにチャレンジできる環境を創出したい、というところから、ブランドを作ることにしました。

【岩下沢子】やはり、いろいろなことに挑戦すると、さまざまな風が入ってくるのがメリットですね。これまで弊社は商業施設や公共施設がメインのお客様でしたが、今までとは違うお客様に向けたプロダクトを制作することによって、異なる世界が見えてくるのではないかなと思いますね。

【岩下沢子】また、インスタグラムやX(旧Twitter)などのSNSに投稿してどんな見え方がされたかを検証してみたり、実際に家にディスプレイしたものを撮影したりしました。やはりアートは日常をともにし、一緒にワクワクしていくものだと思いますし、社内のスタッフがこのブランドを手がけることによって、センスや実力を伸ばしていったり、さまざまな技術向上につなげていったりできるのではないかと思います。

――確かに、マネキンはBtoBで、EDOMAEはBtoCだからこそ、それぞれ違うセンスや技術が身に付けられるように感じます。
【岩下沢子】そうですね。マネキンもEDOMAEもそうなのですが、機械的に自動で作られるものではなく、すべては粘土原型の1/4のミニチュアからはじまり、手作業で作られるものになります。だからこそ、私たちの持っている手作業の文化を大事にしていきたいと考えています。

【岩下沢子】そういう意味では汎用性のあるものではなく、フレキシブルなものや筋肉を感じられるもの、漫画のようでリアリティのあるもの、平面じゃなくて立体なものがおもしろいのではないかなと考えて制作をしています。そして、EDOMAEでは「ユーモア」を大事にして、お客様の生活の中にスパイスを加えるような形で、楽しんでいただけるような作品を目指しています。

■業界の抱える課題と、新たな風を吹き込むEDOMAE
――現在、日本ではマネキン造形作家の数が減少しているなど、業界の課題が多くあると聞きます。今後、EDOMAEが業界にどのような影響を与えていくと考えられますか?
【岩下沢子】現在、ファストファッションが主流になってきたことにより、衣料業界が行き詰まりつつあります。それに伴いマネキン人形の需要も少しずつ少なくなってきています。これまで、オートクチュールな高級服をマネキンに着せても、マネキンが主張することなくお洋服が勝っていました。

【岩下沢子】しかし、ファストファッションのようなTシャツやズボンが流行し、マネキンという立体造形で勝てるデザインの洋服が少なくなってきています。また、お客様も服にお金をかけるのではなくレジャーや旅行などのアクティビティに費やすようになってきているので、ファッションの変遷とともにマネキンの使用頻度も少なくなっている市場も想像され、そうしてマネキン業界から撤退する企業も増えているように思います。

【岩下沢子】そのため、新しい商品を開発してもどこにも需要がなかったり、原型作家の仕事や就職先がなかったりという状況になっています。また、現在は10年前に比べて造形作家の数は3分の1程度になっていて、作家が一人前になるためには10年以上かかるため、作家を育てる余裕のない企業も多くなっているのが現状です。ですが、私たちの技術は日本の誇るべき文化だと思いますし、弊社としては原型作家を手放してはいけないと思っています。

――確かに、各会社が技術を持っている人を手放すか、大事にするかによって業界が左右されますよね。
【岩下沢子】そうですね。だからこそ、造形作家が技術や能力を発揮できる機会を失ってはならないと思いますし、弊社がEDOMAEをはじめとした新しいことにどんどんチャレンジして、造形作家が活躍できるチャンスを作っていくことが大事だと思います。そうして、「トーマネさんってこんな新しいこともできるんだ!」と言われるようになっていきたいと考えています。

【岩下沢子】実際に、ERDOMAEを開始してリリースなどで情報発信をするようになってから、ブランドを切り口として新聞やWebメディアなど、さまざまなメディアの方から取材を依頼されることが多くなりました。そして、EDOMAEだけではなくマネキンの歴史や作り方などの質問を受ける機会も増えました。BtoCに切り口や方向性を変えるだけで、業界のことを知ってもらえる場面を増やせたのはすごく大きいなと思いますね。

――EDOMAEは、マネキン業界を一般社会に向けてオープンにしていく可能性を感じます。
【岩下沢子】そうかもしれませんね。また、BtoBのお取引先でも話題になることが過去にありました。現在、弊社ではアクロバティックな動きを表現したマネキンシリーズ「パルクール」を展開しています。2017年に、ある紳士服のお店の方が弊社のマネキンにストレッチ素材の服を着せたところ、SNSで「スタイリッシュすぎる」と話題になりました。

【岩下沢子】また、最近では片手立ちのマネキンが「ストリートファイターの春麗のキックに似ている」とSNSで話題になりました。これも、弊社が一般的なマネキンの枠を超えて、躍動感のある一瞬を切り取ったマネキンを作ったからこそだと思います。だからこそ、感度を磨き続けて新しい挑戦をすることが、業界に新しい風を吹かせると思います。

――まさに、それこそが業界においてEDOMAEに期待される役目ですよね。
【岩下沢子】そうですね。EDOMAEを展開することで、作品を楽しんでもらい、飾ってもらって生活の一部にユーモアをお届けするとともに、マネキン制作の技術の結晶を知ってもらえるとうれしいですね。そしてマネキンの魅力について知ってもらう機会になればうれしいと思っています。

■「ワクワクするものを作りたい」今後のEDOMAEの目標は?
――現在、EDOMAEではどのようなブランドの展開をされているのでしょうか?
【岩下沢子】まだ作品の販売にはいたっていないのですが、すべて手作りなのでエディションを増やそうと思ってもなかなかすぐにはできないので、まずは人の目につくところにディスプレイすることを目標にしています。まずは、作品がどういった形で人の言葉になっていくのかを検証している段階です。

【岩下沢子】現在はエディションが少ないので、影響力のあるインフルエンサーに宣伝をお願いするなどをしてしまうと制作が追いつかなくなってしまいます。ですが、実際に100エディションなど数を作るつもりはありませんし、作品を好きな少数の人が持っていただいたほうがいいと思いますので、作るとしても3エディションくらいだと思います。

――作品を本気で愛してくれる人にだけ持っていただくほうがいいかもしれないですよね。
【岩下沢子】そうですね。現在は公式サイトを立ち上げているので、今後はECサイトでの販売などを進めていくかもしれません。ただ、消費者の方の目に留まるには時間がかかるので、実際にサイトで販売するのか、それともSNSを中心に発信していくのかなど、さまざまなことを試行錯誤している段階ではありますね。

【岩下沢子】ですが、やはりどこかに納められるような形を整えていくことが大事だと思っています。人の目につくところに置かないと作品のフィードバックも得られませんし、制作側もストレスがかかってしまいますからね。ですので、作品を欲しいと思う人のところにちゃんと届けられるようにすることが、現在の課題となっています。

――第1弾の「BANANA」以降はどのような作品を構想していますか?
【岩下沢子】今はまだ第2弾以降は特に決まっていなくて。まずは作品の反響や動向を追うことを優先しています。造形作家の方たちもEDOMAEを本業としているわけではなく、通常の仕事をしているなかで作っているので、情熱的になれないと作りきれないと思っています。だからこそ、まずは表現したいものや作りたいものを楽しんで作ってもらえるような環境づくりを行っています。

――ちなみに、マンガやアニメ作品とのコラボなどは考えられていますでしょうか?
【岩下沢子】さまざまな方面から「何かとコラボしたりしないの?」と言われることも多いので、可能性としてはあるかもしれませんね。私のほうに流行しているものや話題となっているものの情報が集まってくるので、スタッフに逐一確認するようにしています。スタッフもマンガやアニメ、映画などが好きな方が多いので、何かしら楽しいものを作れたらいいですね。

――最後に、EDOMAEの今後の展望を教えていただけますでしょうか。
【岩下沢子】今後も「ワクワクするもの」や「なんか、おもしろいよね。笑っちゃうよね」と言っていただけるものを真面目に作っていきたいですね。弊社には造形をはじめ、経験豊富なものづくりのスタッフがたくさん在籍しているので、EDOMAEを通して新たな経験値を積んでいってほしいと思っています。

【岩下沢子】そして、業界に新しい風を吹かせることができればといいな、と思っています。造形作家をはじめとしたさまざまなマネキン制作に関わる人たちにとってのインスピレーションとなり、楽しいものづくりのきっかけや目標になれるようなインテリアアートにしていきたいです。

――ありがとうございます。今後のEDOMAEの展開を楽しみにしています。

この記事のひときわ#やくにたつ
・既存の技術を活かしつつ方向性を変えることもときに重要
・経営者のなすべきことは、技術者の活躍の場を作ること
・ワクワクや面白さを追求することがヒットの要

取材・文=福井求(にげば企画)