Googleをはじめとした大企業にも取り入れられ、今やトレンドとなっている「マインドフルネス瞑想」。「仕事や人間関係でストレスが溜まっている」「意識が分散して集中力が続かない」など、さまざまな症状を軽減し、心身をリフレッシュできるとして、瞑想できる場所に通う人は年々増えています。しかし残念なことにそれを指導する団体は玉石混交。個人間で話をするときは未だに「怪しい」壁を越えられない課題感も。そもそもなぜ、「怪しい」と感じるのか。科学的でありフィットネスにも通ずる「マインドフルネス」の考え方や怪しい瞑想の見極め方を脳神経内科医の山下あきこ氏に聞きました。
■懐疑的な印象のある「瞑想」、なぜ怪しいイメージが作られた?
「マインドフル」とは、「気を配る」「意識している」という意味。その言葉に接尾語の「ネス」をつけた「マインドフルネス」は、「今の自分に意識を向ける」状態を意味する造語で、アメリカの医学博士のジョン・カバットジンが考案したものです。博士がわざわざ新しい言葉を作り、世に提唱したきっかけは、その状態に到達する手段として行われるのが「瞑想」であったため、「怪しい」「宗教的」等、懐疑的にとらわれてしまうことを避けるためだったと山下氏は解説します。
「1970年代の初め頃、瞑想やヨガを行うと集中力が高まり、クリエイティブになることを実感したジョン・カバットジンは、その理由を科学的に証明しようと研究を始めました。結果、瞑想によって得られるメリットは、宗教でもスピリチュアルでもなく、科学的根拠のある手法だということが明らかとなり、そのことを医学界から広めるために、マインドフルネスセンターを立ち上げ、普及に努めたのです」
60〜70年代にかけては、日本はもとよりアメリカでも瞑想は「怪しい」ものとしてとらえられがちだったというわけですが、博士の取り組みからもわかるとおり、その理由はひと言、「科学的根拠を示せなかったから」と山下氏は断言します。
「極端な例をあげるなら、がんになったとき、医学が発展する以前は、神社や寺に行って祈祷し、『治りますよ』と言われたら、それを信じていました。このように、神様仏様の言うことを信じていた時代から、科学的な裏付けがあるものでなければ信じられないという風潮に人々の意識が変わってきたことから、逆に宗教的なものは怪しいというフィルターがかけられてしまったのだと思います」
かつては科学的根拠がなかったためにスピリチュアル的なものとして見られていた瞑想も、科学的な裏付けをされたことで、アメリカではれっきとした治療法となりました。広まる大きなきっかけとなったのは、2007年にGoogleがマインドフルネスのプログラムを立ち上げ、研修に取り入れたことでした。その後、世界に名だたる大企業をはじめ、多くの企業が採用。さらに、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、大谷翔平選手やイチロー選手など、実践を公表する著名人も現れ始めました。
■年間1300本以上の論文で科学的効果も立証、人間関係の向上から老化、肥満の原因まで対処
では、実際、どのような効果が科学的に立証されているのでしょう。
「脳には一般的にデフォルトモードネットワークと言われているネットワークがあって、数カ所の部分が相互に情報のやり取りを繰り返し、いつでもパッと動けるようなアイドリング状態を作っています。常にぐるぐる思考が回っている状態なので、かなりの疲労を生んでいるのですが、瞑想をすると、前頭葉部分が活性化し、デフォルトモードネットワークの働きが下がって、脳が過剰なエネルギーを使わなくて済むようになり、疲労が取れます。前頭葉には”人間らしさ”を司る機能も集まっていますので、活性化させることによって、他人に対して共感性や思いやりなどが持てるようになり、人間関係の向上にもつながります。
さらに、瞑想によって新しい記憶を司る脳の海馬の容量が増加することも証明されています。また、瞑想を長時間続けた人は、ネガティブな感情を拡散させる働きを持つ扁桃体が小さく、ネガティブな感情から早く回復でき、キレる状態にならず冷静に対処する力が備わることも明らかになっています。遺伝子においても、心筋梗や脳梗塞、肥満、老化などの原因になるRIPK2という遺伝子の活動が長時間瞑想することで下がるという結果もあります」
中でも内科医の山下氏が強調するのが自律神経への働きです。
「緊張していると交感神経が働き、その状態が長く続くと、不眠や高血圧、冷え性、腰痛、胃潰瘍の原因になります。現代人は交感神経を働き過ぎにさせないことで病気をコントロールすることが大事なのですが、瞑想を行うと、交感神経とリラックスしているときに働く副交感神経とがシーソーのように良いバランスを保てます」
今や効果を証明する論文が年間1300本以上も発表されているほど、科学者から注目されている瞑想ですが、それでも日本においてはまだまだ研修に取り入れることを敬遠する企業は多く、「マインドフルネスの正しい理解が知れ渡っていないと実感している」と山下氏は語ります。
■「怪しいものを採用したくない」受け入れる企業側の課題も
実際、研修を行うにあたり、未だ「怪しい」を懸念する企業側の姿勢を感じることは多いそうです。
「講演を依頼され始めた初期の頃、瞑想を始める際に、心が穏やかになる効果があるかなと思い、仏具のおりんを鳴らしたことや、最後に『世界中の人が幸せになりますように』と言ったりしたことがあったのですが、企業さんからNGを出されることも(苦笑)。企業研修の担当の方は怪しいものを採用したと思われたくなかったのだと思います。マインドフルネス瞑想に対しては、やはりまだ拒否感を持っている人も多いと感じているので、今は、私のセミナーやサロンで学びたいという人以外には、科学的な根拠を示しながらお伝えできるコアな部分だけを伝えるようにしています」
イメージ払拭のために、日本の医療現場の変化にも山下氏は期待します。
「ヨーロッパではマインドフルネス瞑想に保険がきくところが多いですが、日本は適用できません。心理療法のひとつとしてなら適用させようと思えばできるのですが、検査や薬の保険点数が高い日本では、それらの診療が重視されてしまうんです。マインドフルネス瞑想を実施すると体にとってメリットがあるということが、医療現場で保険点数という形で現れるようになれば、もっと怪しいというイメージが払拭され、信頼を得られ、広がりやすくなると思います」
さらに、教育現場に向けてもこんな提案をします。
「イギリスでは、ドットビー(.b)という中高生のためのマインドフルネスプログラムがあり、9週間かけて、学校でその意義や方法を学びます。情報過多でストレスの多い現代、日本でも、教育にぜひ取り入れてもらいたいです」
■マインドフルネスは“ゴールを決めない”、「短期間で効果が出ると言う指導者には注意が必要」
日本では、現在、瞑想の指導者は玉石混交。そのことが、怪しさを払拭できない大きな要因となっているともいえますが、どうやって見極めたらいいのでしょう?
「ひとつの指標として、マインドフルネスストレス低減法のMBSR(Mindfulness Based Stress Reduction:マインドフルネスストレス低減法)というものがあります。世界中の医療機関、福利厚生機関、教育機関、会社経営の現場等で、広く活用されているもので、人に教える際に厳格に料金も決められています。このプログラムの指導者資格を持っている人であれば、信頼できると考えてよいでしょう。
あとは、マインドフルネスの効果についてどのように発信しているかということもチェックしましょう。マインドフルネスは、1回やれば変わるなど、すぐに効果が出るものではありません。短期間で効果が出ると言う指導者には注意が必要です。むしろマインドフルネスの考え方は、効果を求めない、ゴールを決めないということなのです。MBSRを開発したジョン・カバットジン博士は、マインドフルネスの定義を『評価しない』としています。”今の自分に意識を向けることを意図”し、”評価をしない”。そして”あるがままを受け入れる”。この3つがマインドフルネスのポイントです。決してゴールを決めてそれを達成するために行うものではないということを覚えておいてください」
最後に簡単にできるマインドフルネス瞑想を教えてもらいました。
「5分から20分静かな瞑想時間を取るのがよいのですが、なかなかそういう時間はとれないし、毎日続けられないと思います。その場合は、食事の際、最初のひと口を口に入れたときに、目を軽く閉じてみて、味に意識を集中する。また、休憩時間にコーヒーを飲むとき、資料を見ながらではなく、コーヒーをひと口飲んだら軽く目を閉じ、コーヒーの香りが口の中から鼻に抜けて、喉を通っていくようすに意識を全集中させる。これだけで脳が他のものから遮断されてリセットされ、マインドフルになれます」
東洋では仏教において3000年も前から行われていた瞑想。それだけに宗教的なものとしてとらえてしまう人も多いかもしれませんが、「宗教」でも「スピリチュアル」でもない「マインドフルネス瞑想」の意義を理解して、ストレスや不安を取り除き、心身の健康を得るためにメソッドとして、気軽に取り入れてみてはいかがでしょう。
PROFILE/山下あきこ
医療法人社団如水会今村病院 副理事長
株式会社マインドフルヘルス 代表取締役
脳神経内科医として診療を行う傍ら、健康を自分で作る社会を目指し、アンチエイジング医学、脳科学、マインドフルネス、コーチングを取り入れたセミナーやサービスを提供している。YouTube、ウェブ講座の配信や、オンラインイベントの主催も手がける。
メンタル不調にも…”マインドフルネス瞑想”の有用性、一方で「短期間で効果が出る」という指導者には注意が必要【医師が解説】
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