現在公開中の『デューン 砂の惑星PART2』が前作を超える大ヒットを記録している。本作は多くのSF作品に影響を与えたフランク・ハーバートの小説が原作。過去にもさまざまな監督によって映像化された伝説的名著だ。漫画原作によるSF作品は“当たり・はずれ”が顕著だが、SF小説には名作映画やヒット作が多い印象を受ける。それはなぜなのか? 海外SF小説の老舗出版社である早川書房に話を聞いた。
■SFと映像の相性の良さ「時代の古い小説がいまだに映画化され続けているのもSFジャンルの特色」
例えば押井守監督の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)は、『ブレードランナー』に強い影響を受けている。SFは多くのクリエイターに影響を与えている分野でもある。
「SF映画には、まず『2001年宇宙の旅』(1968年)という目印となる作品があって、映像系クリエイターの方たちは、『2001年〜』のような『世界に影響力のある作品を自分も作りたい』という気持ちが持つようになったんじゃないかという想像ができますね。『2001〜年』から77年の『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』につながり、2010年代のマーベル作品(MCU)へ、そして現在でも。時代に影響を与えるSF作品はコンスタントに作られてきた印象があります」(早川書房書籍編集部 清水直樹氏)
「庵野秀明監督や新海誠監督など、今日本のトップと言われている映画監督はどの世代でもSF好きな方が多いですよね。海外の巨匠と呼ばれる監督もだいたいはSF作品を撮っています。20世紀後半はある種SF映画の時代でしたし、いまでもそれが続いていると思います」(早川書房執行役員 山口晶氏)
国内外を含め多くの巨匠が挑むSFというテーマ。ではなぜ彼らはSF作品に意欲を持ち、その結果名作が生まれているのかと問うと、こんな答えが返ってきた。
「まず映画という表現方法自体、SFに向いていますよね。『(小説に描かれた)この不思議な世界は実際にはどう見えるんだろう』という疑問の答えを見せてくれるからです。現実には見ることができないSF世界観やとんでもないアクションを見せてくれるのが映画なんです」(山口氏)
「SFの場合、同じ作品やテーマに何度も挑戦する傾向があるんです。例えばウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』(1984)という有名な小説があります。その作品自体は映像化されていない。ただ、“サイバースペースに入り込んでアクションが起こる”という筋書き自体は何度も映像化されています。CGなどのVFX技術が十分でなかった時代は必ずしも作品として成功していないものもありますが、そのテーマが完璧な形で映像化されたのが『マトリックス』(1999)です。同じテーマ・アイデアに多くの人が着目して試行錯誤が生まれているからこそ、名作が誕生するのだと思います」(清水氏)
ではそこまで多くのクリエイターに注目されるSF小説の魅力とは。清水氏は「映画にする余白があるから」ではないかと考える。
「SF小説を読んで、その世界観に想像力をかきたてられて映像化したものが映画だと思います。設定・エッセンスの部分が魅力的だから多くの映画が製作されているのではないのでしょうか」(清水氏)
「それを言うと、映像化しづらそうな作品の方が映像化されているようにも感じますね。ビジュアルの設定がすごすぎて『活字では想像しきれない』くらいのほうが、映像作家のチャレンジ精神を刺激するというか。また古い時代の小説がいまだに映画化され続けているのもSFジャンルの特色だと思います」(山口氏)
前述で言及したフランク・ハーバートが発表した『デューン砂の惑星』(1965)は、71年以降何度も映画化が試みられたが、物語の複雑さや重厚さにより映像化が困難な作品とされていた。アレハンドロ・ホドロフスキーが10時間以上の大作映画構想を企てたものの制作が中止に(のちに制作過程を『ホドロフスキーのDUNE』として2013年に公開)。84年にはデイヴィッド・リンチが映画化、2000年にはリチャード・P・ルビンスタインがテレビシリーズを制作してきた。2021年に上映されたドゥニ・ヴィルヌーヴによる『DUNE/デューン 砂の惑星』は、第94回アカデミー賞6部門受賞、現在公開中の続編『〜PART2』は世界総興収7億ドルに近づく大ヒットとなっている。
■時代を問わず作品に触れあえる環境だからこそ「古い映画を観て、原作があるんだと気づいてもらえれば」
原作はドラマや映画が公開されたタイミングで読まれることが多い。しかし、これまで語り継がれてきた名作映画やその原作はきっかけがなければ楽しまれるタイミングはなかなか訪れない。そこで、今月から「映画から原作へ/原作から映画」をテーマに、U-NEXT とタッグを組んで、“映画原作コラボ”をスタートさせた。
コラボの始まりは、両社による会食の席だったという。
「U-NEXTの方とお話してすぐにコラボの案が生まれました。実は出版社としてはプロモーション期間外の映画のビジュアルを使うのは権利問題などがあってすごく難しいんです。今回ついに実現したので、感慨深さがありますね」(山口氏)
実際にコラボをスタートがはじまると、全国の書店から予想以上の反響があった。
「イベントフェア自体は年に4回行っているのですが、協力店舗は平均すると300〜400店舗くらいなんです。今回は500店舗から協力していただけて、47都道府県コンプリートも達成できました。古典名作ってずっと書店に置いてあって作品としての魅力も高いのですが、きっかけがないとそこまで売れないものでもあります。映画ビジュアルが表紙になるというのが展開しやすいきっかけとして喜んでもらえました。書店員さんにも映画ファンの方が多いですから」(早川書房営業部 鈴木愛加氏)
早川書房が原作小説を出版していて、U-NEXTで配信がある作品は100タイトル以上。その中から名作と呼ばれるもの、さらにジャンルとしてのバラエティも考慮した上で選ばれたのが『2001年宇宙の旅』(アーサー・C・クラーク/映画『2001年宇宙の旅』)、『時計じかけのオレンジ』(アントニオ・バージェス/映画『時計じかけのオレンジ』)、『ゴッド・ファーザー (上・下)』(マリオ・ブーヅォ/映画『ゴッド・ファーザー』)、『スローターハウス5』(カート・ヴォネガット・ジュニア/映画『スローターハウス5』)、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(フィリップ・K・ディック/映画『ブレードランナー』)、『ジュラシック・パーク(上・下)』(マイケル・クライトン/映画『ジュラシック・パーク』)、『ファイト・クラブ[新版]』(チャック・パラニューク/映画『ファイトクラブ』)、『ノー・カントリー・フォー・オールドメン』(コーマック・マッカーシー/映画『ノーカントリー』)の10作品だ。
「サブスク時代になったことで若い世代が、今や映画や音楽も、時代を問わず聴いたり観たりしています。今回のコラボはそこがうまくマッチングできればU-NEXTさんで古い映画を観て、原作があるんだと気づいてもらえれば」(山口氏)
■時代とともに原作映画化に“敏感”になっていく昨今「コアなテーマを変えるのはだめ」
一方で、映像になったことでより原作の面白さが引き出された作品もある。
「例えば『マイノリティ・リポート』もそうですが、フィリップ・K・ディックの作品は短編もいくつか映画化されています。中には20ページくらいの短編から2時間の映画になっているものも。実際に映画化された作品には、作者が一番伝えたかったメッセージと設定くらいしか残っていないものもあります。余白を埋める作業というか、原作の設定からいかに面白い作品に仕上げられるかは製作者側の力量にかかっている。意外にも短篇を映画化した作品には良い映画が多い気がしますね」(清水氏)
「少し質問とはずれますが、『2001年宇宙の旅』は、映画だけではよくわからないですよね(笑)。原作を読むと『こういう話だったんだ』と理解できるのでぜひ読んでみてほしいです。そもそもこの作品は小説家であるアーサー・C. クラークと映画監督のスタンリー・キューブリックが話し合いながら作品を作っていったという特殊な経緯があります。最終的には喧嘩別れしたとされていますが、小説にはちゃんと作家がやりたかったことが活かされているし、映画には監督がやりたかったこと活かされている。両方とも観て、読む意義がある作品だと思います」(山口)
アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックのように小説と映像での自由度や表現の違いがよい方向にいかされる場合もあるが、昨今は原作と少しでも異なるメディアミックス作品は批判的に見られることも多い。
「小説やマンガは時間的制約がないですが、映画だったら、たとえば2時間前後で収めないといけないので、全部忠実にやるのは難しいケースも出てきます。あらすじをなぞるだけでは決して面白くはならないので、何かしらの改変は必要になってくる。そのためには原作者と密にコミュニケーションをとらないといけないという流れはあります。
ハリウッドだと、原作があっても、映画は映画監督のものという意識がありますね。日本は監督と原作者のあいだのものという感じでしょうか。そこが難しいところです。とはいえ、コアなテーマを変えるのはやっぱりやったらだめだと思います。ただ、昔の原作だとやっぱり今の価値観にアップデートして直すっていうのはかなりやってますよね。それは必要な改変なのではないでしょうか」(山口氏)
(取材・文/原智香)
なぜSF小説原作の映画はヒットが多い? SFジャンルの世界観、小説の“余白”が鍵に
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