役所広司主演、ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』が、ドイツ出身監督の今までの作品興行記録を塗り替えたという記事がヴァラエティ誌で報道された。現在、『PERFECT DAYS』の世界配給権は完売。まだ映画が未公開の国があるものの、今年2月18日の段階のCOMSCOREデータで世界興行が24.3ミリオンドル ( 約36.5億円)。監督の過去作を比べると『パリ、テキサス』(1984) が2.26ミリオンドル ( 約3.4億円) 。『ベルリン・天使の詩』(1987) が3.5ミリオンドル ( 約5.1億円)。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999) が23.1ミリオンドル ( 約34億円)だったという。『PERFECT DAYS』の全米配給会社ネオンは、3週目の週末で劇場数を前週の34館から253館に増やし、先日2月25日で1.3ミリオンドル ( 約2億円)とスマッシュヒットを記録。最もノリに乗ったアカデミー賞国際長編映画として、キャンペーンにも拍車がかかっている。今回のコラムでは、アカデミー国際長編映画賞部門で、日本出品作『PERFECT DAYS』と競う映画『関心領域』の話題と、映画のキャンペーンにまで影響しているハリウッド米パレスチナ支持論争について検証したい。

国際長編映画の選考基準

爽やかに晴れたビバリーヒルズ。アカデミー賞本番前の恒例昼食会では、カジュアルな装いで、ノミネートされた俳優や関係者が大勢訪れ、日本からもノミネートされた関係者が集まり、授賞式前の喜びを分かち合っていた。#OscarSoWhiteからはじまり、人種の多様化が大きく見直されたアカデミー会員。韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019) が国際長編映画賞のみならず、作品賞を受賞するなど、アカデミー賞も、海外の映画に大きなチャンスが与えられるようになってきている。今年、国際長編映画部門で、日本からノミネートされた『PERFECT DAYS』と競合する、ジョナサン・グレイザー監督作『関心領域』は、『パラサイト 半地下の家族』と同様に、アカデミー賞作品賞にもノミネートされているイギリス映画で、2月18日(現地時間)におこなわれた第77回英国アカデミー賞(The British Academy of Film and Television 通称BAFTA) では、英国作品賞、非英語映画賞、録音賞の3部門で受賞し、評価は高い。今年はどの作品が選ばれるのか、日本ではあまり知られていなかったアカデミー会員の国際長編映画の選考基準に焦点を当ててみた。

2014年のロサンゼルス・タイムズの調査によると、アカデミー賞の会員は平均年齢63歳。76%が男性で、94%が白人であったそうだ。とくに、外国語映画賞(現在の国際長編映画賞)は、時間に余裕のあるアカデミー会員、引退した高齢者がボランティアで集まって審査コミッティを作っていたと話すのが、名作『レインマン』(1989) などで知られるプロデューサーのマーク・ジョンソン。彼はそのコミッティを17年引っ張り、アカデミー協会の試写室に出向いて、字幕付きの映画を鑑賞していた一人。当時はそのコミッティがほとんど高齢の白人男性であったこともあり、選ばれる作品も「心あたたまる高齢者や孫の物語、ホロコーストがテーマだったんだよ」と、ハリウッドレポーター誌のインタビュー記事で語っている。白人優位の選考基準が、大きく変革され、投票するアカデミー会員の人種を多様化させはじめたのが#OscarSoWhiteキャンペーン後の2016年あたりから。さらに、コロナ禍によって、劇場でなく、配信視聴でノミネート作品を鑑賞できるようになったことは、未公開映画のフィルムを配給関係者が飛行機で極秘で運んでいた時代には考えらなかったほど、テクノロジーが進化したのである。映画鑑賞方法の革命によって、ノミネートする層も大きく民主化された。今年は88国から応募があり、ショートリストが12月21日に発表され、ノミネート5作品に絞られた。世界中のアカデミー賞会員が選考に関われるようになった現在、アカデミー協会員の選ぶ国際長編映画は、そのほかの前哨戦とかなり異なる結果がでている。

例えば、ゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞の国際映画部門に『PERFECT DAYS』はノミネートされていないが、米映画批評サイト、ロッテントマトでは批評家95点、観客93%と満足度は高い。日本を代表する映画としては、外国人監督の異例の出品作。ニューヨーカー・マガジンのリチャード・ブローディはセンチメンタルな美しさと批評し、抒情的な主人公の描かれ方が、どこか現実とかけ離れ、労働環境やアートに関しても漠然としていて物足りなかったという意見もある。果たして、現在のアカデミー賞選考員がどの作品を選ぶのか、米一般客も劇場に足を運んで各国の映画を見比べている。

Wim Wenders at the Oscar Nominee Luncheon

『関心領域』とハリウッド米パレスチナ支持論争の関係

アカデミー賞の輝かしい歴史とハリウッド、ユダヤ系監督や俳優たちの活躍は比例している。80年代の映画黄金期を支え、ナチスを悪にした『インディ・ジョーンズ』シリーズなどの娯楽作から、作品賞などでノミネートされたホロコーストの悲劇や感動ドラマも多い。『ソフィーの選択』(1982)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997) 、『戦場のピアニスト』(2002) 、そして『ジョジョ・ラビット』(2019) とアカデミー賞作品賞にノミネートされた作品も多く、受賞した『シンドラーのリスト』(1993) のスピルバーグ監督が最も代表的なユダヤ系アメリカ人監督といえる。

IMDbによる最もすばらしいユダヤ系監督たちのリストを見ると、ウディ・アレン、シドニー・ルメット、ビリー・ワイルダー、スタンリー・キューブリック、コーエン兄弟,デヴィッド・クローネンバーグ、サム・ライミ,ロブ・ライナー、現在若手で活躍中のダーレン・アロノフスキー、サム・メンデスなどの名も上がっている。彼らの作品に魅了され、映画に憧れた世代は、世界中に大勢いる。

英国人監督ジョナサン・グレイザーの新作『関心領域』は去年5月、第76回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞して以来、第49 回ロサンゼルス映画批評家協会賞で作品賞ほか合計4部門受賞とそのまま前哨戦で上り詰める勢いにあった。去年10月7日のイスラム組織ハマスが、突如イスラエルへ攻撃を開始したことによるガザ問題が発生。ハリウッドの大半を占めるユダヤ系アメリカ人が一体となり、イスラエル支持の声明文をだした。

しかし、イスラエルのパレスチナ攻撃の過激化で去年11月、女優スーザン・サランドンがパレスチナ支持を公言。大手ユナイテッド・タレント・エージェンシー(UTA)から解雇された。新年に入ってもその波紋は広がり、先月おこなわれたサンダンス映画祭に新作映画披露でユタ州入りした女優メリッサ・バレラ(『スクリーム』シリーズやミュージカル『イン・ザ・ハイツ』などで人気上昇中)も自らのXでパレスチナ支持を訴え、『スクリーム7』製作のプロダクションから解雇された。

サンダンス映画祭開催中にパレスチナ支持の大規模なデモに参加したメリッサに賛同していた共演女優ジェナ・オルテガ(『ウェンズデー』)も『スクリーム7』を降り、プロダクションには大きな打撃となっている。一方で、アカデミー賞作品賞に『マエストロ:その音楽と愛と』でノミネートされている監督兼主演のブラッドリー・クーパーや、アルフォンソ・キュアロン、セリーナ・ゴメス、ジャネール・モネイ、ルピタ・ニョンゴ、ホアキン・フェニックス,マーク・ラファロ、マーク・ライランスはバイデン大統領にイスラエルのパレスチナ爆弾投下を止めるようにイスラエルとの交渉を願い、和平に向けての声明文書を送っている。先日ロサンゼルスのダウンタウンで行われたグラミー賞会場前でも大きなパレスチナ支持デモが行われたが、3月10日のアカデミー賞当日に大規模なデモが行われるのか、授賞式への影響も懸念されている。

アンチ・セミティズムという反ユダヤ主義には、宗教的理由と、人種的偏見の両方があり、ハリウッド映画では、被害者となるユダヤ人をあらゆる面から描いてきた。しかし、映画『関心領域』は虐げられたユダヤ人の姿はほとんど出てこない。舞台はアウシュビッツの敷地外に建てられたナチス将校の大邸宅。将校の妻は、その邸宅の庭の花に囲まれ、将校夫人たちとパーティをしながら、宝石や毛皮などのファッションの話題で笑いが絶えない。しかし、邸宅の窓からは、アウシュビッツの煙がもくもくと上がり、銃の音や叫び声などが、遠くからだが、絶えず聞こえてくる。優位に立つ人間の欲望、非情さが淡々と描かれるこの映画。第二次大戦中のホロコーストは過去のものではないことを我々に訴えかけ、情けや哀れみのかけらもなく虐げられた被害者が、ところ変われば、加害者になりうることをも感じさせる完成度の高い映画となっていて必見である。

アカデミー国際長編映画賞の歴史を振り返ると、紛争、差別など、その戦火のもとでのヒューマンドラマが浮き彫りになった秀作が多い。外国語映画としてノミネートされていた映画の歴史をふりかえると、イスラエルやパレスチナ両国からの作品もある。

2005年にアカデミー外国語映画賞にノミネートされたパレスチナ映画『パラダイス・ナウ』は、イスラエルの占領に抵抗するために、自爆テロを決行することになった2人のパレスチナ青年の物語。2007年にノミネートされたイスラエル映画『ボーフォート レバノンからの撤退』はイスラエル軍のレバノン撤退で最後まで陣営したイスラエル人兵士の物語で、仲間の死に直面してはじめて、命の尊さに気づく。昨年受賞した独映画『西部戦線異状なし』も戦争がいかにむなしいかを描いていて、いたたましい現在の社会情勢を考えさせる作品だった。受賞作だけでなく、ノミネートされた作品には海外のあらゆる秀作が集まるように、今年のアカデミー国際長編映画賞のノミネート5作品も注目である。

文 / 宮国訪香子

映画『PERFECT DAYS』

東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山は、静かに淡々とした日々を生きていた。同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。木々がつくる木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。

監督:ヴィム・ヴェンダース

出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和

配給:ビターズ・エンド

© 2023 MASTER MIND Ltd.

公開中

公式サイト perfectdays-movie

映画『関心領域』

イギリスの作家マーティン・エイミスの同名小説を原案に、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』のジョナサン・グレイザー監督が10年もの歳月をかけて映画化。アウシュヴィッツ強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む収容所の所長とその家族の暮らしが描かれる。

監督・脚本:ジョナサン・グレイザー

出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー

配給:ハピネットファントム・スタジオ

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2024年5月24日(金) 新宿ピカデリーほか全国公開

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