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テレビドラマ「太陽にほえろ!」(1972〜1986年、日テレ系)は、刑事ドラマの金字塔と称される。どこがすごかったのか。社会学者の太田省一さんは「刑事ドラマとして初めて主要人物の殉職を描いた。これは、ドラマの歴史に残る画期的な発明だった」という――。(第2回)

※本稿は、太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)の一部を再編集したものです。

■刑事ドラマの歴史で大きな意味をもつ「太陽にほえろ」

『太陽にほえろ!』は、1972年7月にスタート。1986年11月まで全718回が放送された。主演は石原裕次郎。彼が演じるボスこと藤堂係長に率いられる東京新宿の七曲署捜査一係の個性豊かな刑事たちを中心にした群像劇である。

石原は最初1クールの「13本だけ」という約束で出演を決めたが、人気が爆発して長寿番組になった結果、それ以後も出演を続けた。このときの経験から、石原は自ら設立した石原プロモーションで刑事ドラマの制作に積極的に乗り出すようになる。その意味でも、この作品は刑事ドラマの歴史において重要な役割を果たすことになった。

刑事ドラマには、人情ものとアクションものの2つの系譜があると書いたが、『太陽にほえろ!』には双方の要素がバランスよく盛り込まれていた。

たとえば、一係の最年長である長さんこと野崎太郎(下川辰平)は、いわゆるノンキャリアの交番からの叩き上げで、庶民的で温和な人柄。事件の捜査においても犯人に寄り添うような、人情味あふれる姿を見せることがしばしばである。

一方で、アクションの要素もふんだんに盛り込まれていた。犯人逮捕の場面での格闘や銃撃戦もあれば、大規模なカーチェイスやカーアクションもある。またしばしば指摘されるように、このドラマの刑事たちはよく走る。そうした場面の挿入によって、作品全体のスピード感、躍動感が演出されていた。

■人情ものとアクションを組み合わせる

確かに、人情ものひいては人間ドラマと銃撃戦が見どころとなるアクションとは矛盾する部分もある。だが『太陽にほえろ!』では、双方の要素を物語の見せ場、刑事それぞれのドラマを描く手段として巧みに取り込んでいた。

たとえば、竜雷太演じるゴリさんは、警視庁屈指の射撃の腕前の持ち主。だがある事情からひとを撃ちたくないという思いを抱くようになり、拳銃に弾を装塡していなかった。それが、萩原健一演じるマカロニこと早見淳の殉職をきっかけに一発だけ弾を込めるようになる。

銃を撃つことに葛藤を抱えながら捜査をする姿、心情の揺れや変化を丁寧に描くことによって、ストーリーとしてのサスペンスが生まれるわけである。

つまり、人情ものとアクションものという刑事ドラマの2つの系譜を止揚、統合したといえるのが『太陽にほえろ!』だった。この統合はひとつの歴史的必然であると同時に発明であり、後に続く刑事ドラマのひな形になったと言っていい。