5月6日に東京ドームで開催される4大世界戦の公式会見が4日、横浜市内のホテルで行われ、メインで戦うスーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(31、大橋)と元2階級制覇王者のルイス・ネリ(29、メキシコ)は共にKO宣言。戦前予想は井上が圧倒的有利で、早くもモンスターの“今後”についての構想も浮上。来日した共同プロモーターであるトップランク社のボブ・アラムCEO(92)はビッグマネーを生み出すサウジアラビア興行の実現や井上にとって日本人初の5階級制覇となるIBF世界フェザー級王者、ルイス・アルベルト・ロペス(30、米国)との対戦の可能性を示唆した。

 サウジアラビア興行の可能性も

 王者と挑戦者は対照的だった。
サングラスに黒コーデ―。ガムを噛み、先に会見場に現れたネリは、ただならぬ殺気を漂わせ、関係者ともろくに挨拶もかわさずに、無表情で席についた。
後から大橋秀行会長と共に白と黒のツートンカラーのジャージで登場した井上は、トップランク社のアラムCEOと笑顔で挨拶と握手。スーパーバンタム級に転級してからは、ゲッソリ感もなく、そのコンディションの良さを示すように落ち着いた表情だった。
「いよいよこの日が来たなという思いでここに並んでいる。明後日は、とてつもない試合ができるんじゃないかと確信している。この試合はドームのメイン。エキサイティングな試合を見せたい。その中で必ずKOする姿を見てもらいたい」
一方のネリは、「この戦いを長年待ってきた。メンタルも完璧。練習もパーフェクトにやってきた。メキシカンのボクサーとしての雄姿を見せたい。死を覚悟して戦いに挑む。井上がどんなボクサーかをわかっている。その上で勝利の確信がある。KOで必ず勝ちたい」と前のめりで「体重はすでにリミット内にある。問題はない」と、スーパーバンタム級のリミットの55.34キロをクリアしていることを明かした。
ネリが最強の挑戦者であることは間違いないが、英ブックメーカー「ウィリアムヒル」のオッズは井上勝利が1.06倍でネリ勝利が8倍。米「Bet365」は、井上勝利が1.071倍、ネリ勝利が8.50倍となっていて、モンスターが圧倒的に有利と予想されている。
そして勝利を見越したように早くも次戦以降の構想が持ち上がった。
アラムCEOは「サウジアラビアは常にトップボクサーを求めている。年内のオファーがあるかも。金額、時期は大橋会長が検討すること。ボクシングも野球と同じプロ。ドジャースの大谷翔平がアメリカに渡った理由に大きな契約金があると思う。どれだけのオファーがあるかで、この話が動きだすかもしれない」と、サウジアラビア興行の可能性を明かした。
サウジアラビアは巨額なオイルマネーをバックに次から次へとビッグマッチを誘致。5月18日には、WBC世界ヘビー級王者のタイソン・フューリー(英国)とWBA、WBO、IBF世界同級王者、オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)の4団体統一戦が現地で行われる。
井上のマッチメイクをサポートしている帝拳の本田明彦会長も「可能性はあるよ。近いうちに閣下が来日して交渉することになるかもしれない。閣下は、元々はロベルト・デュラン(石の拳と異名をとった元4階級制覇王者)が大好きで、今も(闘病中)のデュランの面倒を見ている。その閣下が井上尚弥の大ファンだっていうからね」と明かした。
閣下とは、スポーツ省のターキ・アルファサル大臣のことで、サウジアラビアのボクシング事業を取り仕切っており、王族でもあるアルファサル大臣が来日を希望しているという。
実は、昨年12月26日に有明アリーナで行われたWBA&IBF世界スーパーバンタム級王者、マーロン・タパレス(フィリピン)との4団体統一戦は、当初、サウジアラビアで開催するプランが水面下で進んでいた。だが、サウジアラビアはプロモーターを通さずに直で交渉を行うため、途中で話が立ち消えとなり、具体的な開催まで進まなかったという経緯がある。
だが、サウジアラビアでの開催となると、アラムCEOが説明するようにオイルマネーをバックに10億円から15億円の資金が投入される可能性があり夢は広がる。

 井上に対しては、元WBC、IBF世界ウェルター級王者のシェーン・ポーター(米国)が「ボクシング界で世界最高のスターになりたいのならこっちでの試合が必要だ」と発言し、過去に井上が米国ロス、ラスベガス、英国グラスゴーで世界戦を行っているにもかかわらず、その的外れな海外進出必要論がバズった。
井上が切り拓いた軽量級のマーケットは、日本が世界的に見ても最大なものとなっており、アラムCEOは、「私の視点から言うと日本以外で井上の試合はありえない。馬鹿げている。あれだけの人気と強さを誇る選手は他にいない。日本が世界で軽量級ボクシングの中心になっている。東京ドームの4つの世界戦も軽量級でしょう。井上が日本を出て試合をするのは何のため?」と議論を一蹴したが、サウジ進出が実現すれば、その声も止むだろう。
またアラムCEOは、今後の井上の路線についても言及した。
「あらゆる選手に体格のリミットがあり、力を維持する力も決まってくる。井上にどういう未来が待ち受けているかは、この試合の結果を待ちたい。大橋会長と話したが、年内はスーパーバンタム級でいようという話がある。その後にもしかしたらロペスと対戦するようなことがあるかもしれない」
アラムCEOは、来年にも階級を上げてIBF世界フェザー級王者のロペス(メキシコ)との5階級制覇マッチが行われる可能性を示唆したのだ。ロペスは、超変則の強打者で、3月には指名挑戦者の阿部麗也(KG大和)を8回TKOに沈めている。
ただ井上は、適性階級だと自覚するスーパーバンタム級で、しばらく防衛を続けていく考えを示している。元WBA&IBF世界同級王者で、WBAの指名挑戦権を持つムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)や、IBF&WBO同級1位のサム・グッドマン(豪州)らが対戦に名乗りを上げている。だが一方で彼らを蹴散らした後に井上がモチベーションを維持できる対戦候補が出てくるかは疑問。そうなると新たな強敵を求めて井上がひとつ階級を上げて5階級制覇に挑戦する可能性はあるだろう。実際、スパーリングでは、フェザー級のボクサーを相手にしており、大橋会長も「フェザー級で十分通用する」と太鼓判も押している。
井上の目の前には、数々の夢プランが広がるが、まず“悪童”ネリを東京ドームという大舞台で退治しなければならない。
会見の最後にセッティングされたツーショットの写真撮影が終わると、井上から先に右手を差し出した。ニンマリと笑った井上に対し、ネリは鉄仮面を貫いたが、敬意を表してサングラスは外して短い握手に応じた。今日5日には注目の前日計量が行われる。