冬になると、テレビCMやJRの駅構内でひときわ目立つのが「JR SKISKI」の広告。毎年ネクストブレイクの女優が起用され、ゲレンデでのひと冬の恋が描かれる同シリーズだが、この広告が国民的に認知されたのは、その「エモ」戦略にあると、チェーンストア研究家の谷頭和希氏は語る。実際のクリエイティブから読み解く。

今年のスキーシーズンも終わろうとしている。スキーといえば、毎年名物の一つにもなっているのが、JR 東日本によるシリーズCMの「JR SKISKI」だ。

ゲレンデを中心に起こる恋愛模様を、キャンペーンヒロインとして旬目前の女優を起用して制作するCMで、毎年のように大きな注目を集めている。2024年(※年をまたぐキャンペーンなので正式には2023年-2024年シーズンだが、本記事では便宜上後者の年で表記する)は桜田ひよりが選ばれ、2023年には南沙良、さらに遡れば本田翼や川口春奈、浜辺美波に桜井日奈子など、名だたる女優がそのブレイク前に選ばれてきた。

このCMはもともと1991年、その前年に開業したスキー場、ガーラ湯沢(新潟県)の集客キャンペーンとして始まったもので、その後日本全国のスキー旅行客を宣伝対象に広げた。


ガーラ湯沢 写真/Shutterstock.


1999年に一度中断したが、2006年に復活、再度の休止を挟んだのち、2012年に女優の本田翼と窪田正孝を起用したCMで再び大きな注目を集めることになる。現在の同CMシリーズのフォーマットは、この本田翼と窪田正孝のバージョンを踏襲している。

こうした経緯がある同CMだが、どうしてここまで多くの人に支持されるのか。


「若者に“エモい”って言わせたら勝ちです」


その理由の一つが「エモ」という言葉にある。

「エモ」とは、「感情を揺さぶられる」という意味の「エモーショナル」に由来する単語で、2016年の「今年の新語2016」で第2位に選ばれ、2018年には「10代女子が選ぶ流行ったコトバ」の第1位にも選ばれた。

すでに多くの人が耳にしている言葉だと思うが、近年、消費文化の側面からもこの言葉は注目を集めている。「エモ消費」という、消費者の感情面に即した消費の形態が重視されているのだ。


JR上越新幹線 写真/Shutterstock.


これまでの「JR SKISKI」のCMを見ていくと、実はこの「エモ」な感情を意識して作られていることがわかる。同CMを手がけたクリエイティブディレクター/コピーライターの山口広輝は「“エモい”は僕たちが狙ったところなんです。『若者に“エモい”って言わせたら勝ちです』とプレゼンしました(笑)」と述べている。


戻って来ない「青春」はなぜエモいのか?


まずは実際のCMを見てみよう。本田翼による2012年のCM再開以後、これらのCMは常に大学生と思しき男女の「青春」、それも「雪山での恋愛」が描かれている。本田翼バージョンでは、主人公の男女2人はおそらくお互い気になっているのにもかかわらず、なかなか「好き」ということができない。そのもどかしい状況が、スキー場を舞台に描かれている。


歴代のCM映像、CMソング、広告グラフィックを収録した30周年オムニバス『JR SKISKI 30th Anniverasary COLLECTION』


いずれにしても、このCMで描かれる恋愛模様は、ある意味、漫画やドラマで描かれる典型例ともいえるもので、「こんな青春、存在しないよ!」とツッコミを入れたくなる(個人的に一番「あるわけないだろ!」と思うのが、2015年の山本舞香と平祐奈をダブルヒロインに迎えたCM。ここでは1人の男性を巡って2人のヒロインが競い合う、という内容のもの)。

見ていると、こちらが恥ずかしくなってくるぐらいだ(でも、見てしまう)。

立命館大学で「エモ」について研究中の浦野智佳は「エモい」という感情の構成要素として「非現在的感覚」を挙げている(「情動を表現する切り口としての『エモい』」)。「非現在」、つまり「現在」にはないようなもの、私たちが生活している「今、ここ」ではもう存在しないような対象に感じる感情が「エモ」だという。

「エモい」と形容されることが多い「青春」は、この意味で、多くの人が経験したことのある青春がすでに過ぎ去ってしまったものとして、もう戻ってくることがないからこそ、エモく感じられるわけだ。

そう考えると、こうしたCMもまた、青春を上手く描くことによって、「エモ」を抱かされているのだろう。ちなみに、これらのCMが「もう戻ってこない青春」に意識的なのは、例えば2019年に放映された浜辺美波のバージョンで「この冬は二度と来ない」とナレーションが入っていることにも表れている。


2019年に放映された浜辺美波のCM


もともとは「レトロ」狙いのCMだった


興味深いのは、山口たちがこのCMシリーズを制作したのは、世間的に「エモ」が言われ始めるより前だったことだ。「JR SKISKI」のCMが再開されたのが2012年、「エモ」が流行し始めたのは2016年あたりのこと。だいぶ、先んじていたことがわかる。山口は前傾したインタビューでこう述べる。


本田翼さんを起用した2012年は、90年代を意識したファッションやカルチャーが流行し始めていました。そこで、ポスタービジュアルも“バック・トゥ・ザ・90s”の流れに乗ってみようということになったんです。


このCMを作り始めた当初、山口が意識したのは、「エモ」的な感性より、どちらかといえば「レトロ」的な感覚であった。1997年にJRに入社した山口は、青春時代を1990年代ど真ん中で過ごした世代である。こうした彼自身の1990年代の「青春」の経験が、広告に影響を与えていると考えられなくもない。

浜辺美波がビジュアルイメージを務めた2019年のポスターは「写ルンです」(1986年から商品化)が使用され、そのザラザラとしたアナログな質感の写真も話題を呼んだ。

現在のネット上ではこうしたレトロなものが「エモ」と結びつけて語られることが多い。それこそ、先ほど見た通り「エモ」が「もう戻ってこないもの」に発生するのであれば、レトロとはまさに「もう戻ってこない、過去のもの」だからだ。

したがって、山口が自身の青春時代に影響を受けた広告を応用にした「JR SKISKI」シリーズが、次第にSNSなどで「エモい」と評価されるようになるのを見て、後追い的に「エモ」路線に自ら寄せていったのではないか。


「レトロ」路線CM×大写しの若手女優ポスターが思わぬヒットを作った


ちなみに、この「レトロ」路線だが、思わぬ副産物を産んだ。

山口によれば、90年代は女優の顔を大きく写したポスターが流行し、「JR SKISKI」のポスターでもそれが大きく意識された。このポスタービジュアルが、その人気に拍車をかけることとなり、「本田翼さんの真似をして雪山で寝そべって撮った写真をSNSにアップしてくれる人もいた」という。


2024年のキャンペーンヒロインを務めたのは桜田ひより 写真/著者撮影


女優の顔こそ大写しになっているが、実はこの女優たちの構図は、意外にも一般の人たちでも真似しやすく、ポスターと似たような状況の写真を撮ることが簡単にできる。ゲレンデで実際に真似したことがある人も多いだろう。ポスターの構図を人々が真似してSNSに投稿することによって、その人気が広がっていった。


「JR SKISKI」は今後も時代の感性を拾い続けることができるか


「JR SKISKI」のCMは、コロナ禍以降もなお年々進化していて、近年のバージョンでは、TikTokの画面に合わせて縦型画面での広告展開を行ったことも話題となった。

ただ、個人的に言えば、2012年の再開から数年間の鮮烈さに比べると、近年はややインパクトに欠けるというのが正直な感想でもある(特に今年のキャッチフレーズ「雪よ、推してくれ」は「推し」という流行りの単語を使いたかっただけのコピーに思える……)。


現在放映中の桜田ひよりが出演するCM


思えば、2012年の再開時には、「1990年代を参照する」ということで、これまでにはない発想のジャンプが行われていた。しかし、2013年以後は、基本的に2012年の路線を引き継ぐ形でCMが作り続けられている。

「JR SKISKI」が再度、インパクトのある広告を作るためには、また別のジャンプが必要になるのかもしれない。そうでなければ、消費者は飽きてしまうだけだ。いつの時代も優れた広告は、その時代にマッチした人々の感性を反映させる。「JR SKISKI」は、今後も人々の感性に訴えかけるCMを作り続けることができるのか。

文/谷頭和希