大阪地検検事正時代の約5年前、官舎で女性部下を襲ったとして弁護士の北川健太郎容疑者(64)が準強制性交容疑で逮捕された事件。大阪高検は6月25日午後に突然公表したが、着手のタイミングや事件の詳細については一切触れないという秘密主義に、そもそも「検察」という権力の闇の深さを感じざるをえない。2017年から4年間検事として働いた経験を持つレイ法律事務所の西山晴基弁護士(32)=東京弁護士会=に検察を含めた法曹界の組織風土の問題点を聞いてみた。

なぜこのタイミングでの逮捕だったのか?

北川容疑者は西日本各地の検察で主要ポストを歴任し大阪地検で検事正にまで上りつめ、天皇の認証官たる検事長ポストにリーチをかけた超エリート。

ところが63歳の定年を待たずに退官し、弁護士登録したいわゆる「ヤメ検」だ。逮捕前までは弁護士法人中央総合法律事務所で「オブカウンセル」という名称の顧問を務めていたが、同事務所は逮捕発表を受けてすぐに顧問委嘱を解消した。

同じ「ヤメ検」である西山弁護士は、父親世代の北川容疑者が起こした事件をどう思うのか。

――非常に基本的なところからお聞きしますが、「検事」とはどのようにしてなるものなのでしょうか。

まずは司法試験を合格することが前提となります。合格者は司法修習という1年間の研修課程に入りますが、これが弁護士と検事(検察官)、裁判官といういわゆる法曹三者になるための実務訓練です。

そこにはそれぞれ現職の検察官、裁判官、弁護士の教官がいて、検察官の教官が「適性があるな」と目を付けた修習生に「検事をやってみないか」と声をかけるのがパターンです。

――志望したからといってなれるわけではないのですね。

そうです。私は司法修習70期で、同期の修了者1563人のうち検察官になったのは67人です。

――まさに選ばれし人材ですね。西山弁護士が検事だった2017年から2021年当時から北川元検事正のことはご存知だったのでしょうか。

実際にお会いしたことはありませんが、関西の検察ではかなり優秀で名の通った方という認識はありました。

改めて経歴を見ても、大阪をはじめ高知や神戸、京都、那覇と各地で様々な事件や事故に携わったことと思います。那覇では米兵による性加害事件が起きることもあり、そうした事件にも関わっていた可能性もあるのではないかと思われます。

――そんな元エリートを、事件から5年も経ったこのタイミングで大阪高検が逮捕に至った理由はなんでしょう。

私個人の推測は大きくふたつです。ひとつは被害女性が今回の件を改めて処罰してほしいと強い気持ちを抱き告訴 したのではないかということ。ふたつ目は、検察内部では事件発生当時から何らかの形で把握されていたものの、解明しないままフタをしてうやむやになっていた可能性です。なぜ、それを今になって事件化したかといえば、検察庁の組織風土改革の一環として「適切な捜査」に取り組んだのではないかということです。

これまでセクハラ問題を見聞きしたことはありましたか?

――組織風土改革の一環とは、どんなことでしょうか。

そもそも検事には任官と同時に検察事務官というアシスタント的な存在がつきます。一般企業に当てはめれば、新入社員にいきなり役職がついて先輩社員を部下として指揮するような状態です。

これまでの勉強で得た知識をフル回転しながら担当事件に携わり、事務官にも適切に指示を出さなければいけません。それでいて上司からは「指導教育」と称する叱責を受けることも多々あり、これをパワハラと受け取る方もいるでしょう。

また、一番大きな問題は、こうした個々人の検事が抱える悩みを相談できる明確な機関が検察庁内に存在しないことです。

――一般企業内にあるような、社内相談窓口的なものがないと?

少なくとも私が在職時は明確なものはありませんでした。それぞれが個人で抱えるか、同僚などに相談するかしかないのです。私も実際、上司から人前で怒鳴られ非常にきつかった時期もありましたが、私は「指導」と捉えて励みにしました。

――セクハラ問題なども見聞きしたことはありましたか。

具体的なことは差し支えますが、検察庁の飲み会の席で、男性検事が不適切な発言をするセクハラ行為があり、それに関する聞き取り調査があったことを聞いたことがあります。報道もされていますが、その男性検事は減給処分になり、また、依願退職したようです。 

――そもそも、検事たちの間での飲み会はよく行われるものなのでしょうか。

コロナ以降はどうかはわかりませんが、コロナ前はよく行われていた記憶があります。大人数だったり少人数だったりですが、比較的、お酒を飲むのが好きな方は多い印象です。

「検察庁内の上下関係はとても強いものです」

――今回、北川容疑者は自身の官舎内で酒に酔い身動きが取れない部下の女性に性的暴行を加えたた疑いが持たれています。官舎内でそのような犯行は可能なのでしょうか。

検察庁内の上下関係はとても強いものです。これは憶測でしかありませんが、拒もうものなら立場が悪くなるなどの理由から、拒みきれなかった可能性はあり得ると思います。

今回、高検が逮捕に踏み切ったということは、確実に起訴できるだけの証拠があってのことでしょう。被害女性の証言だけではなく現場の音声とか、LINEなどのやり取りといった物証があるのではないかと推測します。

――一連の報道を受けて、率直にどう感じられましたか。

大阪高検大阪高検が逮捕に踏み切るのは異例中の異例です。

しかし2019年に広島地検の男性検事が自殺し、遺族が「80時間を超える時間外労働や上司からの強い叱責が原因」と一般企業の労災にあたる「公務災害」を申請したことに対し、法務省は昨年これを認定しました。

また、2022年には仙台地検の庁舎内で男性検事が自殺未遂、2023年には甲府地検の男性事務官が自殺して遺族が国賠訴訟を起こすなど、パワハラ絡みの問題が立て続けに明るみになりました。そういった意味で膿を出し切るタイミングにきたのではないかと感じます。

――北川容疑者の事件以外にも、まだ出しきれてない膿があるのでしょうか。

それはわかりません。ただ、パワハラ的な問題は明るみになっていないだけで、まだまだあるのではないかなとは想像します。

私自身の体験だけでなく、指導と称した強い叱責を同僚たちが受けているのを見聞きしたことはありましたから。

私が検事経験者として願うことは、やはり職場環境の悩みを打ち明ける相談窓口などを検察庁内に設置し、風通しのいい組織風土へと生まれ変わってほしいということです。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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