数々の問題をはらんでいる日本社会だが世界最高の知性の一人、エマニュエル・トッド氏によると日本の一番の問題はズバリ「人口問題」だという。アメリカに依存することの何が危険なのか、中国と築くべき本当の関係とは? 書籍『人類の終着点 戦争、AI、ヒューマニティの未来』より大胆な提言を一部抜粋・再構成し、日本の進むべき未来を予測する。

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――かなり悲観的な見方ですね。社会がより階層化され、学生が負債の奴隷となることで「社会が封建主義的になる可能性がある」と述べました。あなたは、世界が無極化し、あるいは分断されているとおっしゃっていますが、将来を見据えた場合、異なるイデオロギーや価値観を持つブロックを橋渡しする、普遍的な価値が生まれてくる可能性はあると思いますか。

これが、私の姿勢のパラドックスだと思います。繰り返しになりますが、私は西洋人です。このように悲観的になるのは、西洋人として話しているときであって、単に自分の国だけでなく「自分の世界」のことを心配しているのです。

しかし、世界で起きていることに目を向けると、私は悲観的ではありません。

たとえば、ウクライナでロシアが勝利し、ウクライナの一部がロシアの主張する条件で割譲される可能性が高まっています。しかし、それがヨーロッパに政治的・軍事的な不安定化をもたらすとはまったく思いません。ロシアが、ヨーロッパの他の地域を攻撃する意図を持っていないわけではないでしょうが、人口的にも物質的にもその可能性はありません。

先進国はすべて、人口構造の不均衡、子どもが増えないという理由から、ある意味で弱い国だということを理解しなければなりません。ロシアの出生率は約1.5で、アメリカ、イギリス、ドイツ、北欧諸国の出生率は約1.6です。日本はもっと低くて約1.3だと思います。中国は約1.2です。

ある意味、先進国のシステムはすべて弱いのです。第一次世界大戦のときのように、国中から大勢の人々やエネルギーが集まっていた時代とは違うのです。

先進国では老人が増え、子どもは増えない。だから、あのような大規模に拡大するような戦争は、考えられないことなんです。これは、もちろんヨーロッパにも当てはまります。

ヨーロッパにおいて、アメリカの強迫観念となっているのは、ドイツとロシアが協力を構築することです。ウクライナにおける、アメリカの行動の主要な目的の一つは、ドイツとロシアの間に混乱と不和と対立を生み出すことでした。アメリカの目論見は見事に成功しましたが、戦争が終われば、必然的にドイツとロシアが互いに接近するときが来ます。

それは、ドイツとロシア双方の利益になるからです。そして、この二つの国のいずれも軍事的に、攻撃的になる可能性はありません。

しかし、こういった事態は世界の他の国々にも当てはまります。アジアにも当てはまると思います。中国の人口バランスが崩れているならば、中国の膨張は起こらないということです。

本当の意味で「帝国以後」の世界がやってくる

アメリカ人は、間違いを犯していると思います。アメリカの新聞や批評は、中国の人口状況などに関して破滅的な未来を予測した記事で埋め尽くされているのは知っています。たしかにこの人口状況は、中国を窮地に陥れ、中国が世界を支配する未来を遠ざけるでしょう。

しかし中国が、今後10年、15年の間に南シナ海や台湾問題で軍事的にアメリカを凌駕することは防げないと私は考えています。しかし人口動態を見れば、私たちは、新たな不均衡を心配する必要はないことがわかります。

そして、もう一つ予測されることは「崩壊」です。アメリカと、アメリカの「同盟国」という言葉は適切ではありません。「保護国」や「家臣」といった言い方が適切でしょう。その「家臣」であるヨーロッパの国や日本、韓国などは、現在は「ルールに基づいた秩序がある」と言います。

まるで、アメリカや保護国は、アメリカの覇権が崩壊すれば、世界にとって恐ろしいことであるかのようです。私は、それは正反対だと思います。

ソ連が崩壊して以来の20年間、アメリカは無秩序を生み出してきました。イラクやその他の場所での終わりのない戦争を行い、ウクライナをNATOの一員にする可能性を示唆し、ウクライナを混乱に陥れました。

世界には、アメリカ以外に強力な国家はありません。ロシアは生存をかけて戦っていますが、世界的な覇権を目指して戦っているわけではないのです。

世界は、アメリカ抜きである種の新しいバランスを簡単に見つけることができると、私は確信しています。ロシアでは、正教会の、つまりキリスト教のバックグラウンドを持てます。同様に、中国では、共産主義や儒教的なバックグラウンドを持つこともできるし、サウジアラビアやイランでは、イスラム教のバックグラウンドを持てるのです。

バックグラウンドが違っても、人々はうまくやっていけると思うし、最近はそれが示されていると思います。たとえば、BRICSのシステムは典型的なもので、異なる背景を持つ国々(民主的な国もあれば、そうでない国もある)が協力し交渉しています。私たちはみな、あるレベルではみな同じ人間なのです。

フランス人は「普遍的な人間」という概念を発明したことを誇りに思っています。彼らは「人間はもともと普遍的なものだ」と言いました。

人間はもともと道徳的であり、考え、交渉することができます。だから、生き残るためにグローバルなイデオロギーは必要ありません。国同士で話し合い、そのうちの一国による世界的な覇権など望むべくもないことに気づけば良いわけです。

しかしアメリカはそうはいきません。なぜなら、食料、機械、生産、生活水準を世界に依存しすぎているからです。つまり、世界には不安定な部分が残ることになります。その不安定な一点とは、アメリカなのです。

奇妙な考えだとお思いでしょうか。私が言っているのは、人々の考え方とはまったく逆の考え方かもしれません。人々がロシアを嫌っていることは、知っています。私はそれを知っていますし、日本のこともよく知っています。フランスの状況も日本と同じだと言えます。私は、フランスでも日本でもどうかしていると思われているでしょう。

でも、私にとって、問題はアメリカなんです。ロシアは問題ではない。ロシアはそれほど強力ではありません。ロシアは、自分たちに必要なものを自分たちで生産しています。世界に依存していません。しかしアメリカは、非常に危険な旅の途上にあります。

新たな世界秩序の中で、日本はどう立ち回るのか

――日本も長い間アメリカに依存しています。日本の状況についてどうお考えですか。日本の役割や意義は、国際社会においてどうあるべきでしょうか。

その質問には、お答えできます。そのことを常に考えたうえで、私は日本との特別な関係を持っていますから。だから、私は日本についての意見を求められた際に、同じ答えを返し続けています。

日本が抱えている一番の問題は、中国ではありません。日本の主な問題は人口問題です。むしろ、中国の人口がもたらすマイナスのショックは、日本にとってもマイナスのショックになります。日本の産業システムは、アウトソーシングなどで中国の労働力に非常に依存しているからです。

だから合理的な態度としては、このような関係性があることをまずは認めることです。軍事力などの幻想へと逃避して、問題を忘れようとするのではなく、日中が一緒に人口問題に立ち向かおうとすべきでしょう。

そして、まずは移民を受け入れる必要がありますが、これはすでに始まっています。それに加えて、日本の女性が子どもを持ち、満足のいく職業生活を送ることができるような新しい政策も必要です。

安全保障に関しては、イラク戦争が勃発していた頃の朝日新聞のインタビューと同じことを繰り返します。

同盟国であるアメリカは、安全でなくなっており、不安定である。だから、軍事的安全保障をアメリカに依存することはリスクである、と。そして、日本が安全だと感じるには、核爆弾を手に入れる以外に方法はないということです。核爆弾を持つことで、世界の紛争に参加しないという選択肢を持つことができるからです。

日本のような国の場合には当てはまりませんが、たとえばフランスのように核爆弾があることで中立を保つことができ、無用な争いに巻き込まれることを拒否できる国もあります。

これは、私はもう何十年も言い続けていることです。そして、今も言い続けています。日本を取り巻く状況はますます切迫していますし、これに付け加えることはあまりありません。


写真/shutterstock

#1 ウクライナ戦争が明らかにした「西側の失敗」
#2 超富裕層による、封建主義社会の到来

人類の終着点 戦争、AI、ヒューマニティの未来(朝日新聞出版)

エマニュエル・トッド , マルクス・ガブリエル , フランシス・フクヤマ , 
メレディス・ウィテカー , スティーブ・ロー , 安宅 和人 , 岩間 陽子 , 手塚 眞 , 中島 隆博
日本は核を持て! 世界最高の知性が警鐘「アメリカの家臣はやめなさい…日本と中国が協力して問題解決を」_4
2024/2/13
990円
272ページ
ISBN:4022952547
ウクライナで、パレスチナで命が失われ、世界大戦はすぐそこにある。ビッグデータを餌に進化するAIは専制者と結びついて自由社会を脅かし、人間の価値や自律性すら侵食しかねない。テクノロジーが進むほど破壊的で不確実になる未来──世界最高の知性が全方位から見通す。