先日、所用でアメリカに行った。とあるパブで出会った夫妻と話をすると、サッカーは好きだと言う。ちなみに、アメリカで「フットボール」と言えば「アメリカンフットボール」のことで、いわゆるフットボールは「サッカー」となる。この違いをついうっかり忘れると、会話が噛み合わずにこんがらがる。
 
 ともかく、夫妻はプレミアリーグもよく観ているようで、好きなチームを尋ねるとこんな答が返ってきた。
 
「サウサンプトン。それから、もちろんレクサムも」
 
 もちろんレクサムも? そう、いま、アメリカで最も人気があるサッカーチームはレクサムなのだ。マンチェスター・ユナイテッドやシティ、チェルシー、リバプールなんかより、アメリカのサッカーファンはレクサムに夢中になっている。
 
 こんな事実もある。1月29日のFAカップ4回戦シェフィールド・ユナイテッド戦は、『ESPN』が同日にデジタルプラットフォームで配信した試合で最も多くの視聴数を獲得した。同じくFAカップ4回戦のブライトン対リバプールよりも、ラ・リーガのレアル・マドリー対レアル・ソシエダよりも、セリエAのナポリ対ローマよりも、ブンデスリーガのレバークーゼン対ドルトムントよりも、レクサムの試合が観られたのだ。
 
 アメリカだけでなく、ここイングランドでもレクサムの人気は沸騰中だ。
 
 レクサムはウェールズ北東部の都市レクサムに本拠地を置き、正式名称はレクサム・アソシエーション・フットボール・クラブと言う。創設は1864年で、ウェールズ最古のクラブだ。
 
 ただ、ウェールズには国内リーグがなく──ウェルシュ・プレミアリーグと呼ばれるリーグ戦が創設されたのは1992年だ──、レクサムはずっとイングランドで戦ってきた。ウェールズからの越境クラブはこのレクサムを含めて5つあり、カーディフ・シティ、スウォンジー・シティ、ニューポート・カウンティ、マーサー・タウンがイングランドのフットボールピラミッドに入っている。
 
 158年の歴史を誇るレクサムは、しかし実績が伴わず、タイトル歴が皆無ならトップリーグに昇格した経験もない。しかも、2007-08シーズンに4部相当のフットボールリーグ2から陥落すると、それからはノンリーグ(セミプロ)に甘んじている。そんな、言ってみれば瑣末なローカルクラブが、なぜ、人気を集めているのか。
 
 遡ること3年、とある2人組がクラブを買収した。これをきっかけにレクサムは劇的な変貌を遂げていく。その2人組というのが、ハリウッド俳優のライアン・レイノルズとロブ・マケルヘニーだ。ライアンとロブは、前衛的なプロジェクトを持ち込み、それをあっという間に軌道に乗せたばかりか、巨大な“バズ”を生み出してみせたのである。
 
 チームに密着カメラを入れ、ピッチ内外を赤裸々に映し出すドキュメンタリー番組の制作がそのひとつ。「Welcometo Wrexham」と銘打たれたその番組は、『ディズニープラス』や『Hulu』で配信され、たちまちのうちに評判になった。クラブの密着ドキュメンタリーと言えば、マンチェスター・シティやアーセナルの「オール・オア・ナッシング」が話題を呼んだが、オーナーみずからがプロデューサーとなって自チームを映像作品化したのは斬新で、ビッグクラブのスターたちよりもっと身近な選手たちが悪戦苦闘する姿にファンは共感し、誰もがレクサムの虜になった。
 
 ハリウッドからやってきたライアンとロブは、計算高く、緻密に、プロジェクトを進めていった。正GKのロブ・レイントンが3月に大怪我を負うと、その穴埋めに元イングランド代表のベン・フォスターと契約した。昨シーズン限りでユニホームを脱いだ39歳(4月3日の誕生日で40歳)をわざわざ引退生活から引っ張り出したのは、ソーシャルメディアでの影響力を買ってのことだった。

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 フォスターは登録者数140万人超のチャンネルを持つ大人気ユーチューバーでもある。フォスターはさっそくクリエーターとしての真価を発揮する。試合中に動画を回し、ゴールマウスの中にGoProを仕掛けてみたり、自分の胸元にカメラを付けてプレーしてみたり、超レアな映像を次々とアップしてオーナーの期待に応えている。
 
 ライアンとロブのプロジェクトが素晴らしいのは、こうしてクラブをバズらせながら、いわゆる“町おこし”で地域社会に貢献していることだ。スタジアムに人を集め、それによって雇用を生み出し、地元経済を活性化し、どんよりと曇った地方都市だったレクサムに活気を取り戻している。
 
 僕の知人なんて独身最後のスタッグパーティーをレクサムの試合観戦にしたくらいだ。ハリウッドからやってきた気鋭のオーナー2人の取り組みは社会的、政治的にも注目と評価を集め、昨年12月にはチャールズ国王が視察に訪れている。
 
 レクサムは今シーズン、5部に相当するナショナルリーグを制してリーグ2への昇格を決めた。ついにノンリーグを脱出し、16年ぶりのフットボールリーグ返り咲きだ。
 
 ライアンとロブのレクサムは、フットボールの未来かもしれない。
 
文●スティーブ・マッケンジー(サッカーダイジェスト・ヨーロッパ)
 
Steve MACKENZIE
スティーブ・マッケンジー/1968年6月7日、ロンドン生まれ。ウェストハムとサウサンプトンのユースでプレー経験がある。とりわけウェストハムへの思い入れが強く、ユース時代からのサポーターだ。スコットランド代表のファンでもある。大学時代はサッカーの奨学生として米国で学び、1989年のNCAA(全米大学体育協会)主催の大会で優勝した。現在はエディターとして幅広く活動。05年には『サッカーダイジェスト』の英語版を英国で手掛け出版した。
 
※『ワールドサッカーダイジェスト』2023年6月1日号より転載