フットボーラー=仕事という観点から、選手の本音を聞き出す企画だ。子どもたちの憧れであるプロフットボーラーは、実は不安定で過酷な職業でもあり、そうした側面から見えてくる現実も伝えたい。今回は【職業:プロフットボーラー】中村憲剛編のパート3だ(パート6まで続く)。
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プロ1年目である程度手応えを掴んだ憲剛さんは、「よっしゃ」という気持ちになっていた。しかし、次のシーズンに就任した関塚隆監督の下で飛躍を遂げようと意気込んでいた矢先、衝撃のニュースが舞い込んでくる。
ブラジル人アタッカー、マルクスの加入である。
「(加入話を聞いて)『はあ?』と思いましたよ。ガナ(我那覇和樹)、ジュニーニョ、今野(章)さんがいるのにマルクスが来て、『俺、潰されるわ、どうやって割って入るの』って。今野さんすらレギュラーポジションが怪しくなったわけですから、『俺は?』ってなりますよね」
どん底から這い上がったと思ったら、また突き落とされる。憲剛さんのサッカー人生はまるでジェットコースターのようだ。プロフットボーラーはチームの移籍状況によっても心を掻き乱されるのだなと、この話を聞いて痛感させられた。
ただ、憲剛さんの場合、マルクスの加入は実は吉兆だった。
「キャンプで関さん(関塚監督)に『ちょっと』みたいな感じで呼ばれて『ボランチをやってみないか』って。最初は『えっ』って思いましたよ。トップ下で計算されていないショックのほうが大きくて。でも、キャンプだったので、すぐに頭の回路を切り替えました。当時はベンチ入りが5人だったので、トップ下とボランチの両方をできたほうがメンバー入りの確率が高まると考えて」
憲剛さんに言わせれば、「幅を広げられるチャンスであり、生き残るための決断だった」。ボランチへのコンバート、憲剛さんのサッカー人生を決定づける転機だろう。実際、彼は「本当に心から天職だと思う職業にそこで出合った」と言っている。
プロサッカー界で長生きするためには、やはり憲剛さんのような柔軟な思考力が不可欠だ。
「育成年代の子どもたちには、ドリブルでもパスでもシュートでもなんでもいいから、自分の武器はちゃんと持っておけと言っています。あとはメンタル的な芯の強さ。でもそれ以外はいかようにも変えられる柔軟性は持ってほしいと。とにかく、変化を恐れないでほしいんです。その変化によって自分の芯、幹が太くなるので」
変化に対応できずに消えていった選手もたくさん見ているからのアドバイスだ。ただ、憲剛さんが相手にしているのは社会人でもない子ども。彼らに理路整然と説明しても徒労に終わるケースもある。事実、「子どもたちの反応は?」と訊くと、「きっと分かっていないところもあると思います」と返された。それでも「いいんです」と憲剛さんは言う。
「(育成年代の子どもたちに)情報のシャワーを浴びせる意義はゴリさん(森山佳郎/元U-17日本代表監督、現ベガルタ仙台監督)から学びました。その情報を受け取るのも捨てるのも、その子の自由であり、責任でもある。僕たちは指導者として答を教えているわけではなくて情報と選択肢を与えているだけ。それも良かったけど、これも良いよね、と。それを受け取るか、受け取らないかは彼ら次第です」
憲剛さんはロールモデルコーチとしてU−17日本代表の活動に参加すると、ミーティングの多さに驚いたそうだ。そこで森山監督に「結構、ミーティングをやりますね」と訊くと、「いいのよ、こっちは浴びせることしかできないんだから。16、17歳なんて、それで変わるんだよ」と返されたという。教え込むのではなく、たた単純に提供する。それが重要であると、憲剛さんは森山監督から学んだわけだ。
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いつの間にか、育成講座的な話になったので、少しハンドルを「職業:プロフットボーラー」に戻す。数え切れない挫折を乗り越えてプロの世界を生き残ってきた憲剛さんにとって、「最大の挫折」は何を指すのか。
そう問うと、憲剛さんは「挫折….」と呟いたあと、しばらく考えてから口を開いた。
「(リーグ戦とカップ戦で)2位になること8回ですから、めちゃくちゃ(心は)折れているんです。めちゃくちゃ悔しい想いをしているんです。それを糧にして、(現役生活の)ラスト5年でバーッとタイトルを獲得しているから成功に見えて、息子も引退セレモニーで『出来過ぎだった』と言っていますが、仮に35歳でやめていたら負けに塗れた人生だったわけです」
と、ここまで話すと、憲剛さんは「ただ、最大の挫折はなんだろう?」と言って考え込む。
「ブラジル・ワールドカップのメンバー落選なのか、南アフリカ大会のパラグアイ戦に出場したけどチームを救えなかったことなのか、どちらも違うような気がする。最大の挫折…。多すぎて分からないんですよね。初めてリーグカップ決勝で敗れた2007年のガンバ大阪戦とか、2017年のセレッソ大阪とのリーグカップ決勝とか。それに日本代表の活動も基本的に苦しかったです」
ここで、ひとつの疑問が浮かぶ。挫折が多かったとはいえ、川崎ではプロ1年目からコンスタントに出番を得て、日本代表としても68試合・6得点と実績を残している。代表歴がないどころか、クラブでさえ出場機会に恵まれない選手からすれば、憲剛さんのサッカー人生は羨ましいのでは? その感想を本人にぶつけると、「恵まれているよねと、言われると思います」との答が返ってきた。
「大怪我は1回だけ(19年11月に左膝前十字靭帯損傷、左膝外側半月板損傷)で、あれも大きな挫折と捉える方も多いかもしれませんが、僕にとっては挫折ではない。(現役引退に向けて)最後に元気な姿を皆さんに見てもらうプロセスの一環で、『39歳で復活なんて前例にないし、じゃあ、やってやろう』って感じでしたから。22歳とかで大怪我をしていたら最大の挫折だったかもしれませんが、自分にはそういうアクシデントがありませんでしたし」
正直、挫折の定義は難しい。それこそ、人それぞれで違うだろう。ちなみに、自分は憲剛さんの最大の挫折が14年ワールドカップのメンバー落選だと勝手に思い込んでいた。それを本人に伝えると、はっきりとこう言われた。「あれは挫折ではなく、放棄なんです」と。
「(落選を知って)どうでもいいやと思いましたから。バスの中で(川崎のチームメイトと一緒に)メンバー発表を見ていたのは地獄でした。あのシチュエーションは(選ばれた大久保)嘉人や他のチームメイトにとっても酷でしたよ。ふたりとも選ばれる、もしくは外れるなら良かったですが、ひとりが入って、もう片方が落ちるって。どうしていいか分からなくなった意味では(あの出来事が)ナンバーワンです」
落選翌日、憲剛さんは「感謝。」と題してブログを更新している。そこで「(ブラジルに)行けないって決まった時のあの喪失感は一生忘れられないと思います。なので、これは怒られてしまうかもしれませんが、本当に一瞬、一瞬ですがどうでもよくなりました。ACLもリーグ戦も何もかも」と伝えつつ、次の言葉も残している。
「ただ、どんなに最高な日でも、どんなに最悪な日でも、必ず次の朝は来るわけで。 練習があったり、試合があったり、奥さんと話したり、子どもたちと話したりと日常に触れていきながら少しずつこの事実を消化していけるのかなと今は思っています」
「今日、ACLの公式練習でボールを蹴ったら、その瞬間は落選したことを忘れていました。ああ、サッカーって楽しいなって。サッカーって凄いなって。だから、ボールがあれば、サッカーがあれば俺は前を向いていけると思っています。今まで辿ってきた道は間違っていなかったと思うし、今までやってきたことに悔いは一切ないので」
この文脈から察すると、憲剛さんが結果的に潰れなかったのは思考の切り替えがあったからと、そう思った。プロフットボーラーである前に、サッカー小僧。ある意味原点に立ち返った憲剛さんが、その後、川崎の黄金時代を築く原動力になるとは…。人の人生なんて、分からないものである。
では、憲剛さんにとってプロ最大の喜びとは? 「最大の挫折」を問われた時と違って、彼は即答した。
<パート4に続く>
取材・文●白鳥和洋(サッカーダイジェストTV編集長)
<プロフィール>
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都出身。川崎フロンターレ一筋を貫いたワンクラブマンで、2020年限りで現役を引退。川崎でリレーションズ・オーガナイザー(FRO)、JFAロールモデルコーチなどを務め、コメンテーターとしても活躍中だ。
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「挫折ではなく放棄」中村憲剛にとって「どうしていいか分からなくなった意味でナンバーワン」の出来事とは?
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