「安堵している。この10日間はとてもよかった。チームのスピリットは11月のそれとまったく違う。全てがかみ合ったらサッカーでは多くのことが可能になる。6月もかみ合い続けることを祈っている」

 ドイツ代表のユリアン・ナーゲルスマン監督はフランスとオランダを相手にした2連勝をそう振り返っていた。心からの言葉だろう。不穏な空気やネガティブな記事が連日並んでいたのだから。

 昨年11月の代表シリーズは散々だった。ハンジ・フリック監督の跡を継いで代表監督となったナーゲルスマンは10月のアメリカ遠征で悪くはないパフォーマンスと結果でそれなりの評価を得ていたものの、11月のトルコ、オーストリアにふがいない試合で連敗を喫すると、世間からの風当たりは強まった。

 ワールドカップ2大会連続でグループリーグ敗退、2021年のEUROも決勝トーナメント1回戦で大会を去っている。なのに「チームのポテンシャルは高い」とか、「大会になればドイツとして目標はベスト4」とか、現実にそぐわない視点で議論されている有様だ。

 ナーゲルスマンは11月の失敗から代表監督としてのアプローチを再調整したのだろう。クラブの監督と違い、代表チームにはまず時間がない。ポテンシャルを引き上げたり、選手を順応させたりための取り組みをする時間はほぼない。

 所属チームでのコンディションとパフォーマンス、チームとしての戦い方の整理、そしてレギュラーではなくともチームの雰囲気を損なわない選手の組み合わせを探り出した。
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 その第一手がトニ・クロースを代表に呼び戻すことだった。21年のEURO後に代表を引退していたが、34歳になってもいまだにレアル・マドリーで主力として活躍するその才能を疑う者はだれもいない。

 ただ代表復帰はすなわち中心選手しての起用が約束されてなければならない。これまでのチームにあったヒエラルヒーを崩してでも復帰させるべきなのか。ナーゲルスマンは明確なプランで迎え入れる決意をした。

「世界最高峰の攻守を結びつける選手」と最大限の評価をするクロースの才能を遺憾なく発揮させ、チームに欠けていたゲーム構造と攻守のバランスを取り戻し、それぞれの選手が役割を受け入れてプレーできるように、選手それぞれと密なミーティングをして、新しい秩序をもたらすことに尽力した。

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 指揮官は帰ってきた司令塔をこう絶賛した。

「タクトコントロールをし、ものすごい運動量でプレーしている。周りの選手にどれだけ安心感を与えていることか。彼が素晴らしい選手だというのは誰もが知っている。決定的に重要なのは、どのように彼とのネットワークを周りの選手が築いていくか。それが非常にうまく機能してくれた。我々がイメージしていた『チームの攻守をつなぎ合わせる選手』として非常に素晴らしかった」
 
 チームの雰囲気はとても穏やかだ。出場停止中のレロイ・ザネもフランクフルトまで足を運び、チームメイトと親しげに何度も笑い合っていたのが印象的だ。暗雲を切り裂くきっかけはつかんだ。だがこれで全てが好転するギャランティがあるわけではない。クロースが代表のいまを端的にまとめていた。

「2つのいいテストマッチをすることができた。間違いなくこれまでになかったものが生まれてきている。でも、この2試合の勝利が本戦での勝点となることはない」

 そう、テストマッチはあくまでもテストマッチ。本番で勝ち切れるチームになるためにまだやるべきことは残されている。

取材・文●中野吉之伴
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“クロース効果”はフランスとオランダとの2連戦ではっきりとみられた。

 特にビルドアップからの出口作りが改善されたのが大きい。これまでのドイツ代表はビルドアップからの展開で手詰まりになる傾向があった。ナーゲルスマンはDFラインからダブルボランチへあてるパスを多用することで相手をひきつけてから中盤や前線にパスを送ることを志向。アメリカ遠征ではある程度うまくいっていたが、トルコ、オーストリアとの連戦ではここを潰されてしまうことが多いのが問題だった。

 クロースがビルドアップ時にディフェンスラインに下がることで、アントニオ・リュディガーとヨナタン・ターのCBコンビが余裕をもってボールを持てる機会が大幅にアップ。クロースの隣にはハードワークとボール奪取能力に長けたロベルト・アンドリヒ(レバークーゼン)が起用され、キャプテンのイルカイ・ギュンドアン(バルセロナ)、若き至宝フロリアン・ヴィルツ(レバークーゼン)とジャマル・ムシアラがオフェンシブトリオを構成。ギュンドアンがダブルボランチでクロースとコンビを組んでいたら、渋滞を起こしていたことだろう。
 
 クロースと縦関係を築き、「フロー(ヴィルツ)とジャマル(ムシアラ)がフリーにクリエィティブにプレーできるようにバランスを取るのが僕の仕事」と語るギュンドアンがパスコースを作り続けることで、それぞれの役割がうまく分散しているのもいい。

 ギュンドアンはこれまでの代表戦でも相手が守りにくいスペースにうまくポジショニングを取っていることが多々あったのだが、その動きをつぶさに見てくれる選手がいなかったのが問題でもあった。それがクロースから前線へ好タイミングで正確無比なパスが出てくることで、攻撃への移行もこれまでとは比較にならないほどスムーズに。

 久しぶりの代表活動を終えたクロースは、チームのパフォーマンスに納得の様子だった。

「ドイツ代表が非常に、非常に難しい時期から抜け出そうとしていることを知っている。この前の試合(フランス戦)から自信を引き継ぐことができたのは大きい。今日も出だしうまくいかなくても、勢いをうまく取り戻すことができた。数か月前だったら、失点で打ちひしがれてしまったかもしれない。だが、それは起きなかった。スピリットはチームから出てこなければならない。そしてそれを示すことができたと思う」