観客数は722人。

 それでも関東リーグ1部の2節が行なわれた会場は活気に満ちていた。

 場所は味の素スタジムのすぐ横にあるAGFフィールド。対戦したのは『キャプテン翼』の原作者である高橋陽一氏がクラブのオーナー兼代表を務める南葛SCと、東京ユナイテッドFCの2チームだ。

 南葛と言えば、今季から、独特な技術論や語録が話題で、かつては川崎や名古屋で魅力的なサッカーを展開した風間八宏監督が就任(テクニカルダイレクターも兼任)し、改革が進行中だとご存知の方も多いだろう。

 東京ユナイテッドFC戦の4日前、4月10日の天皇杯へとつながる東京都社会人サッカー代表決定戦で、南葛は横河武蔵野FC(JFL)に0−2で敗れていた。

 さらに遡れば4月6日の関東リーグ1部の開幕戦ではジョイフル本田つくばFCに0−1で敗戦。それ以前の東京都社会人チャンピオンシップ2次戦などでは3連勝を収めていたが、一見、安定感がないように映る。

 しかし、それは“風間改革”が進んでいる証拠でもある。今季のチームは40人と大所帯。そのなかで指揮官は様々な組み合わせをピッチで描きながら、チームの“目”や“時間”を揃えようとしているのだ。

「1年間のなかで、どこに何を置くではなく、選手がどれだけできるかをずっと見ていく。そういう意味では、目先のためにやっているわけではない。チームももっと成長しないといけない」

 これはクラブの総意であり、目先の勝利を求め、最短での昇格を目指すなら、風間監督自身もオファーを受けていなかったはずである。目指すのはどこにもない魅力的なサッカーであり、他にはないクラブ作りなのである。

 今季の始動時に指揮官はこうも語っていた。

「自分の地位を守る、降格しないことをまず意識する。今のサッカー界ではそういう姿勢が多いのかなと。でも南葛はそうでなくて、今までにないものを作りたい。クラブとして昇格だけを目指すのではなく、地域を巻き込みながら新しいものにトライしていきたい」

【動画】南葛SCvs東京ユナイテッドFCハイライト
 
 そのなかで、「選手はだいぶ変わってきている。でも、まだまだこれからだよね」と風間監督が話す通り、止める・蹴るの技術や、相手を外す動き、常に前を見続ける意識など“風間メソッド”は所々で光る一方、まだ“迷子”になってしまう選手がいるのも実情である。

 もっともそれは大きな伸びしろを残しているということ。東京ユナイテッド戦でキャプテンマークを巻き、1ゴール・1アシストの活躍を見せた大前元紀は、プレーヤーとして新たな領域に足を踏み入れている感覚があるようだ。

 かつて清水や大宮などでも攻撃の中軸を担った34歳はこう語る。

「僕個人は風間さんと会う前は基本的に、ワンタッチ、ツータッチでのプレーを主にしてきたので、止めて・運ぶっていうことを、やんないわけじゃないですが、それを常にやってきた選手ではなかったんです。でも、風間さんに教えてもらうことによって、その選択肢というのは増えたと思いますし、まだまだサッカー選手として伸びしろがあるのかなと実感しています」

 さらに日本代表でも名を残した今野泰幸に関しては、風間監督がこう評す。41歳は東京ユナイテッド戦では中盤の底でフル出場を果たした。

「(今野はフル出場するのは)全然余裕だよ。すごく頭が良いから理解できている。先に全部動けるし、ほとんどミスをしない。だからって後ろに(ボールを)下げていない。前を向いている。(大前)元紀も変わっているし、みんな変わっているよ」

 かつて風間監督が率いた川崎では大久保嘉人、中村憲剛といった30代の選手が、「この歳になっても上手くなることができる」と語り、大久保は前人未到の3年連続のリーグ得点王、中村は歴代最年長の36歳でリーグMVPに輝いた。

 名古屋では佐藤寿人、玉田圭司といった年長者が新たな姿を示し、川崎、名古屋でプロとしての素地を築き、現在トップレベルで活躍している選手も多い。

 こうした現象が南葛でも起こり始めているのである。

 そして大前はこうも語った。

「風間さんが『楽しんでやる』というのは常に言っているので、それを体現できれば、観ている人も楽しいと思いますし、やっている人がつまらないサッカーをしていたら、観に来てくれる人も面白くないと思うので、僕らが先に楽しめるサッカーをこれからもやっていきたいです」

 そして誰もが心を奪われた「キャプテン翼」のようなサッカーが理想かと、記者陣に訊かれると、大前はこう答えた。

「このチームの軸は『キャプテン翼』と言いますか、主にあるチームなので、観ていて楽しい、やっていて楽しいサッカーっていうのは、もしかしたら、綺麗ごとの部分もあるかもしれませんが、それが一番だと思います」

 まだ粗削りで、時間は要するだろう。クラブ規模だって少しずつ大きくなっていく段階である。それでもこうした熱を持ったチームが、周囲の予想が及ばない世界を示してくれるチームがいるということは、日本サッカーにとってかなり大きいに違いない。

取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)

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