2018年に第16回エドヴァルド・グリーグ国際ピアノ・コンクールで優勝し、現在、人気若手ピアニストの一人として活躍する、髙木竜馬。デビューアルバム『Metamorphose』(メタモルフォーゼ)が2024年4月24日(水)に発売され、発売日当日には表参道カワイサロン「パウゼ」で記念イベントが開催された。「今日はお祭りのような日にしたい」という髙木の希望により、演奏やトーク以外にも髙木が催しを企画。ファーストアルバム発売を祝う楽しいひとときとなった。



雨にも関わらず客席は満席。まず披露したのはCDの1曲目に収録されているラフマニノフの《鐘》。伸びやかな音色に、美しく際立つ声部。抑制しつつも、豊かな響きが聴き手の耳を離さない。Shigeru Kawaiをたっぷりと響かせ、ダイナミックに盛り上げると、遠ざかるようなデクレッシェンドに。壮大なラフマニノフの世界を描いた。

「《鐘》は僕が最初に師事したエレーナ・アシュケナージ先生から小学校4年生のときに課題として与えられた曲。僕にとっての初めてのラフマニノフ作品で、ピアニストへの憧れを抱いた曲だったので、ぜひアルバムの1曲目に入れたかった」と髙木は語った。

この日の衣装はアルバム・ジャケットでも着用しているシャツ。「Metamorphoseのイメージにぴったりで一目惚れしました。もったいなくてクローゼットに閉まっていましたが、今日は満を持して着ました」(髙木)

この日の衣装はアルバム・ジャケットでも着用しているシャツ。「Metamorphoseのイメージにぴったりで一目惚れしました。もったいなくてクローゼットに閉まっていましたが、今日は満を持して着ました」(髙木)

続いては“僕のアイデンティティ”と紹介したグリーグの《抒情小曲集》より「トロルハウゲンの婚礼の日」。美しいpから朗々としたmf。左右の声部がそれぞれに自由に歌い上げる。色とりどりの音色の変化を色鮮やかに聴かせる。遠近感があり、トリルは天高くから響き渡るかのようだった。

飾らない人柄でサービス精神の旺盛な髙木は、レコーディング秘話を惜しみなく明かしてくれた。「レコーディングは3つすばらしい条件が揃った奇跡的なものだった」と語る。

「収録は2月の寒い中、大阪と東京でのコンサートの合間3日間にわたって行いました。1つ目はすばらしい音響の浜離宮朝日ホールで収録できたこと。2つ目は、浜松からShigeru Kawai フルコンサートピアノ SK-EXを運んでくださったことと、KAWAIの調律師・深田素弘さんの万全のサポートがあったこと、3つ目は、『ピアノの森』のCD収録で長年お世話になっているエンジニアの国崎裕さんが参加してくださったこと。国崎さんに励ましていただき、3日目の午前中には全曲を撮り終えることができました。それからさらに時間を目一杯使い、テイクを重ねて渾身のデビューアルバムができました」(髙木)


続いては髙木が考案したスペシャル企画「公開インタビュー」だ。観客の皆さんの前で、来場した音楽ライターから髙木が公開取材を受けるというもの。

最初の質問はCDタイトルの『Metamorphose』に込めた意味について。
「アルバムのメインにシューマンの《謝肉祭》を据えたかった。《謝肉祭》はモチーフが変化・発展していく作品。作品の移り変わりになぞらえてアルバムタイトルをつけました。僕自身がいろいろな先生と一緒に取り組んできた曲も収録し、これまでの変遷をたどるようなプログラムにしました。皆さんの移り変わる人生にも彩りを添えられればという想いも込めました」(髙木)

続いての質問は、これまで師事した故エレーナ・アシュケナージ、故中村紘子、故パウル・バドゥラ=スコダ、ミヒャエル・クリスト、ボリス・ペトルシャンスキーの各氏にはどのようにファースト・アルバムの発売を報告したいかというもの。「クリスト先生、ペトルシャンスキー先生には会ってアルバムを手渡したいけれど、何と言われるのかとても緊張している」少し照れくさそう。すでに鬼籍に入っているアシュケナージ氏、中村紘子氏、パウル・バドゥラ=スコダ氏については「きっと『これに満足せずにもっと頑張りなさい』とおっしゃっていると思う。ご存命のときは叱られるのはレッスンのときだけだったけれど、今は(いつでも見守ってくれているから)常に気を引き締めたい」と、二人を偲んだ。

続いては「レコーディングの際は演奏の録音を繰り返し聴くが、CDができ上がったらあまり聴かないというアーティストが多い。完成したCDは聴かれましたか?」という質問。「自分の演奏を聴くのは照れくさいし、もっとこうしたいという想いが湧いてしまうので実は聴いていない」のだそう。


「“こんな取材は嫌だ”という取材はどんな取材?」という忌憚のない質問に会場が笑いに包まれる。「ありません! ライターの方々は話をじっくり聞いてくれるので、いつも気持ちよく取材を終えています」との回答に、ライター3人は胸をなでおろした。

観客からも質問が上がった。「SNSでファッションについて投稿されているが、ファッションに興味はありますか?」との質問に、「着回している服は少ないけど興味はあります。好きな色は黒。おしゃれな服を買っても、もったいなくてなかなか着られないこともあります」という回答に微笑ましい空気に包まれた。

続いて「Shigeru Kawaiの魅力は?」という質問。髙木は音の美しさ、温かさを挙げ、第1位に輝いた浜松国際ピアノアカデミーの思い出も振り返る。「予選で他の出場者が、KAWAI SK-EXを弾いているのを聴いて、本選では他のピアノメーカーからSK-EXに変更しました。試弾について不安がありましたが、KAWAIの方々が練習場所を提供してくださったので安心して本選に臨めました」と、KAWAIとの深い縁を語った。


スペシャル企画の最後は髙木からのプレゼント抽選会。「どうしても僕がこれをやりたくて」と、おどけながら白い抽選箱からくじを引く。髙木からのプレゼントは、直筆サイン入りのアルバムポスター、そして、今年度から京都市立芸術大学で教鞭をとっている繋がりから、”京都のお土産”としてタオルをチョイス。髙木の心遣いに会場は温かな雰囲気に包まれた。



コンサートのラストを飾ったのは、アルバムのメインとなったシューマンの《動物の謝肉祭》より「休息」と「フィリシテ人と闘う『ダヴィット同盟』の行進曲」。「休息」はこれまでの会場でのトークの余韻を感じさせるようなあたたかさが。それと対比するように、「フィリシテ人と闘う『ダヴィット同盟』の行進曲」では、力強く輝かしい音色。手を大きく掲げ、華やかなラストを飾った。

アンコールには、表参道カワイサロン パウゼの大人な雰囲気に合わせて、また、家に帰ってゆっくりと過ごしてほしいという思いを込めてシューマン《トロイメライ》を披露。深いぬくもりがあり、抑制されたpの音色が心地よいまどろみを誘うような演奏だった。


髙木の持ち味の、楽器をたっぷりと鳴らした伸びやかな音色と、構成力に長けた演奏が楽しめたと同時に、飾らない人柄が感じられるリリースイベントだった。ここ表参道 パウゼは、髙木がウィーン留学中にも帰国時に度々リサイタルを行ったり、プロフィールやアルバム・ジャケットの撮影でも使用したりと馴染みの場とのこと。今回また、思い出が一つ増えたことになっただろう。4月から9月にかけて、髙木は日本各地でのコンサートが続く。ぜひ会場で、そしてCDでその演奏を楽しんでほしい。

イベント終了後には、CD購入者対象のサイン会も行われ、一人ひとりと言葉を交わしていた。

イベント終了後には、CD購入者対象のサイン会も行われ、一人ひとりと言葉を交わしていた。

デビューアルバムリリースを祝う装花も届き、ロビーを華やかに彩った。

デビューアルバムリリースを祝う装花も届き、ロビーを華やかに彩った。

取材・文=東ゆか 撮影=yuka morioka(SPICE編集部)