韓国で行なわれるMLBの開幕戦に向けて、韓国でも日本でも大変な盛り上がりとなっているが、そもそも日本人選手が多いチーム同士の対戦がなぜ日本で行なわれないのか、素朴な疑問を持った人もいるだろう。韓国開催になった経緯を取材した。

【韓国開催決定→大谷翔平ドジャース入りの流れ】

 連日、日本のメディアでも大騒ぎとなっている大谷翔平のMLBソウル開幕戦。ふと疑問に思うことはないだろうか。


大谷翔平のMLB開幕戦。なぜ韓国開催だったのか取材した photo by Getty Images

 なんで日本ではなく、韓国で行なわれるの?

 大谷翔平はもちろん、山本由伸、相手にはダルビッシュ有がいるのなら日本でやってもよかったのでは? ファンにとっても、主催者にとってもよかっただろうに。

 話はシンプルだ。

 韓国野球記者の大御所で、元大手韓国スポーツ紙デスクであり現在は韓国野球学会理事を務めるチェ・ミンギュ氏が言う。

「決定した時点で、大谷はドジャースの選手ではなかったのです」

 今回のMLB韓国開幕戦シリーズ、正式名称「MLB World Tour Seoul Series 2024」の開催が発表となったのは2023年7月12日(アメリカ時間)だった。

 当の大谷はこの前日にエンゼルスの選手としてオールスターゲームに出場。2番DHで迎えた第一打席で空振り三振を喫したが、打席に入ると開催地シアトルのファンから「マリナーズに来て」のコールが起きた、なんて報道が残っている。

 そうなると、別の理由がある。

「重要なポイントは、今回はMLB主導での開催だということです。韓国側がオファーを出して招待しているわけではない。MLBが韓国を希望して開催に至ったのです」(チェ氏)

【韓国ではもともとドジャースの人気が高い】

 MLBは1996年のメキシコでの公式戦開催を皮切りに、海外で試合を開催してきた。以降、ここまで日本で5回、イギリスで2回、オーストラリアで1回、メキシコとプエルトリコでは多数の試合が行なわれている。

 この流れの一環で、2024年の開催地に韓国が選ばれた。「韓国はアメリカ、日本に次ぐ野球の大きなマーケットですから」(チェ氏)。

 つまり「ドジャースもパドレスも韓国側が選んだチームではない」(チェ氏)。

 ではなぜ、この2チームをMLB側が選んだのか。公式的な発表はないようだが、韓国の視点でこれを推測するのはあまり難しくはなさそうだ。まず今回の2試合がホームゲーム扱いのパドレスについて。

「韓国人メジャーリーガーのうちのひとり、キム・ハソンが所属していることが何よりの理由でしょう」(チェ氏)

 実際にMLB公式サイトでも、現地時間17日にキム・ハソンの「母国でプレーできるのなら嬉しい」という談話を記事にしている。 その相手に選ばれたのがドジャースだった。

「あくまで一般論ですが、韓国ではもともとドジャースの人気が非常に高い。1990年代には朴賛浩(パク・チャンホ)、2010年代には柳賢振(リュ・ヒョンジン)が活躍して、連日チームの姿が報道されていましたから」(チェ氏)

 もともとMLB側が2024年の新たな開催国を探しているところに韓国がはまり、「韓国での人気チーム」ドジャースに大谷がやって来た。簡潔に言うと、こういった構図だ。

【以前は収益化の見込みが低かった】

 一方で、韓国側にとっても今回の開催は念願が叶うものでもあった。「韓国側も開催に無理のない状況が整った」というのが実際のところだ。

 問題点は「収益化の見込みが低い」ということだった。

 まずドーム球場がなかった。雨天中止のリスクがある限り、誘致の企画すら立てづらい。また球場キャパシティの問題もあった。ソウル・釜山・大邱の大都市にある球場はいずれも収容約2万5000人規模で、チケット代を上げてもキャパシティの問題から収益を得にくい構造にあった。

 2015年にオープンした今回の会場・高尺(コチョク)スカイドームも、その問題をすぐには解決しなかった。2022年10月6日、史上初の試みとしてメジャーリーグ選抜の招待を発表。11月にこのソウルのドーム球場と釜山の球場でKBO(韓国リーグ)選抜と対戦するイベントだったが、23日後に韓国側からこれをキャンセルするという事態があった。

「チケットが半分くらいしか売れなかったのです。3つ問題がありました。一つ目はチケット代が高く、韓国人の消費感覚には合わなかったこと。当時は最高値の席が35万ウォン(当時約3万6000円)でした。

 二つ目は高尺スカイドームのキャパシティ。通常時には約1万7000人とやはり少ない。チケット代を上げるしかなかった。

 三つ目は韓国の野球ファンの目が肥えていた点です。当時のオールスターチームにはサルバドール・ペレス(ロイヤルズ)くらいしかスター選手がいなかった」(チェ氏)

【MLBの認知度アップで大きく変化】

 しかし、あれから1年半が経ち、韓国内の状況も変わった。

「動画サブスク(韓国ではOTTという)文化の発展ですよ。ユーザーが増えているので、企業側も『MLBなどスポーツコンテンツに資金を投じる価値がある』と判断し始めています。今回もMLB側が韓国に代理店を置き、Coupang Playという国内の動画サブスク企業がパートナーとして加わっています。試合中継などのコンテンツを作って、加入者を満足させようというものです。韓国側にも『お金の出し手』ができたというところです」(チェ氏)

 そういった「好循環」のなかでも、今オフの大谷翔平のドジャース加入は、「うれしいハプニング」でもあった。チケット代は最高70万ウォン(約7万7000円)だが、チケットは8分でソールドアウトとなった。

「大谷を日本人かどうかで見ているのではなく、真のメジャーリーグのスターだと見ている証です。韓国内の広告代理店と話をしたことがあるのですが、もし大谷が韓国で何かの広告に出演したのなら、ギャランティは『国内でもトップクラス』と話していたくらいです」(チェ氏)

 日本でのドジャース戦開催機会があるとすれば、来年以降か。

著者:吉崎エイジーニョ●取材・文