大谷翔平選手の通訳だった水原一平氏の違法賭博問題では、賭けの対象のひとつがサッカーだったと報じられている。

 動くマネーのとマーケットの大きさでは群を抜くサッカーは、これまで賭博と無縁ではいられなかった。特にイタリアでは、イタリア語である「トトカルチョ」が賭けの総称として使われるように、昔から何度も賭博がらみのスキャンダルが繰り返されてきた。

 古くは1927年、トリノの役員がユベントスのふたりの選手に賄賂を渡し、ダービーでわざとユベントスが負けるように仕組んだ事件があった。この裏では違法な賭けが行なわれていたという。トリノはそのシーズンのイタリア王者となったが、この事実が明るみに出たためスクデット(リーグ優勝)は取り消され、多くの選手が出場停止となった。

 1980年にはセリエAとセリエBの多くのチームや選手、監督、役員、会長らを巻き込む「トトネロ(黒いトト)」と呼ばれるスキャンダルが起こった。闇賭博での結果を操作するためにいくつもの試合が買収された。ちなみに82年のスペインW杯で得点王となったパオロ・ロッシもこの事件に巻き込まれ、2年間の出場停止処分となっている。彼が復帰できたのはW杯本大会直前の5月だった。

 もうひとつ大騒動になったのは2011年の事件だ。この年、シンガポールを拠点とする国際的な賭博組織が摘発され、イタリアで90試合以上が買収されたことが発覚。セリエAの得点王に3度輝いたことのあるジュゼッペ・シニョーリはこの事件の中心であることが疑われ拘束された(のちに無実となり、その後、名誉棄損の訴えをおこしている)。


出場停止処分により、今季、全試合を欠場することになったサンドロ・トナーリ(ニューカッスル)photo by AP/AFLO

 そして昨年の10月、またもイタリアを騒然とさせる違法賭博事件が発覚した。違法賭博業者によるマネーロンダリング(資金洗浄)を調べていたトリノの検察は、その過程で違法賭博サイトの顧客にユベントスのMFニコロ・ファジョーリの名前を偶然発見した。

 まずはファジョーリに捜査のメスが入り、証拠品として彼の携帯が押収されると、そこから芋づる式に違法サイトで賭けを行なっていた選手の存在が浮上してきた。イタリアの日刊紙『ラ・レプブリカ』は「さながらパンドラの箱を開けたようだ」と形容している。

【トナーリは10カ月の出場停止】

 同時に、"イタリア版ガーシー"とも言えそうなファブリツィオ・コロナ(有名人にとって不都合な写真やネタで恐喝事件を起こしている)が、当局が名前を公表する前から、違法賭博に関与していると選手の名前を次々と挙げ、サッカー界は一時期、大騒ぎとなった(なかには無関係な者の名前もあった)。

 そのなかでも大物は、ふたりのイタリア代表、元ミランで現ニューカッスルのサンドロ・トナーリと元ローマで現アストン・ヴィラのニコロ・ザニオーロだ。捜査が行なわれたのはちょうどEURO2024予選の合宿中で、警察がふたりの事情聴取をするためコヴェルチャーノ(イタリア代表トレーニングセンター)を訪れる事態となった。彼らはともに次代のイタリアを担う選手だが、直後のマルタ戦とイングランド戦を欠場した。

 この件に関して言えば、事件性においては、これまでの賭博に絡む八百長スキャンダルとは異なる。イタリアサッカー協会では、選手が自分の所属するスポーツの分野で賭けをすることを禁止している。つまりサッカーはダメ、バスケットボールならOKというわけだ。焦点もそこに集まった。

 ファジョーリは違法サイトで賭けをしたことは認めたが、ユベントスに賭けたことはないと主張。一方、トナーリはミラン時代にミランの試合にかけたことがあったが、自分が出場していない試合に限っていたという。またザニオーロは、これまで違法サイトを利用したのはポーカーやブラックジャックのみだと主張し、「サッカーにはノータッチだった」と言う。

 結局、司法取引もしたことから、ファジョーリは7カ月、トナーリは10カ月の出場停止(本来なら3年だった)となり、ザニオーロは無罪放免となった。賭けをしたこと自体が罪に問われたのではなく、違法なプラットフォームを使ったことが処分の対象となった。

 事件発覚後、この3人は、自分たちがギャンブル依存症であることを明かしている。彼らには治療プログラムへの参加が義務づけられた。ファジョーリは300万ユーロ(約4億8000万円)の焦げつきを取り返すため、賭けを止められなくなってしまったという。胴元から「脚を折るぞ」という脅しも受けたそうだ。

【サッカー選手が賭博にのめり込む理由】

 また、ザニオーロは賭博にのめり込んでいった理由を、『ガゼッタ・デロ・スポルト』紙にこう述べている。

「僕たちの人生は "諸刃の刃 "だ。金があって、普通の人が買えないようなものも手に入れられる。だが同時にレストランやクラブに行けば、常にみなの視線にさらされる。もしかしたら、携帯で盗撮をされているかもしれない。少しでもバカなことをしたり、言ったら、数秒のうちに世界中に知れ渡ってしまう。そんなプレッシャーから外出がいやになり、家にいることが増える。そして暇つぶしにタブレットや携帯でゲームをする。あまりスマートではないかもしれないが、これが真実なんだ」

 実際、大きなプレッシャーがあるのと同時に大金もあるサッカー選手には、ギャンブル好きが多い。かつてズラタン・イブラヒモビッチは好きが高じてベッティング会社に出資までし、それがFIFAの規則に抵触するとして罰金を払ったことがある。

 また、元イングランド代表のウェイン・ルーニーはまだ選手になりたての頃、ギャンブルにはまり、負けを取り返そうとしてさらなる泥沼にはまっていった。2008年にはポーカーで、2時間のうち6万5000ポンド(当時のレートで約1300万円)を失ったという。

 現役選手では、ネイマールもカジノが大好きだ。2023年3月にはオンラインカジノで、わずか2時間で100万ユーロ(約1億5000万円)を失ったと公表している。

 イタリアを代表する元GKで、現在はイタリア代表のチーム・コーディネータを務めるジャンルイジ・ブッフォンもまた大のギャンブル好きで知られている。現役時代には賭博スキャンダルに巻き込まれ、危うくW杯出場を逃すところだったこともある。そんな彼は、トナーリらの事件を受けて、こうコメントした。

「賭博自体は犯罪じゃない。スタジアムやスポーツ中継はこの種の広告で溢れているし、国だってギャンブルを奨励している」

「アプリの前で1ユーロの賭けを続けているのはOKで、1回で100万ユーロを使えばギャンブラーだというわけではないだろう。問題なのは中毒性、そしてその行為に費やされる膨大な時間だ」

 自身の過去も振り返りながら、ギャンブルにはまる若者たちにこう警鐘を鳴らしている。

著者:利根川晶子●文 text by Tonegawa Akiko