2022年、WBCの選手発表会見で握手をする大谷翔平選手(左)と栗山英樹監督(武藤健一撮影)


人を育てる栗山流アドバイス・後編

 自著「信じ切る力」(講談社)の刊行に際し、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)前日本代表監督の栗山英樹さん(63)がインタビューに応じてくれました。前編に続く後編となる今回はまな弟子の大谷翔平選手について。「どうしたら、大谷翔平選手のようになれますか?」という質問に栗山さんが出した答えとはー。大谷選手を育て、侍ジャパンを世界一に導いた指導理論を引き続き、お楽しみください。


 「できるか」ではなく「やるか」

―大谷選手は栗山さんが日本ハムの監督のときに入団した選手です。彼とは長い時間を一緒に過ごしたと思いますが、普段、どんなことを考えている選手なのでしょうか?

ひと言でいうと、彼は「できるか」「できないか」では考えないです。「やるか」「やらないか」しか、彼の選択肢にはないんですね。

―え、そうなんですか。

なぜかというと、僕らもそうですけど、「できるか」「できないか」という選択肢で考えると、そこで思考が止まってしまう。知恵が生まれないんです。「できないかも」っていうのが入ってきてしまうので。でも、翔平はそういう考えは一切しないですね。

まな弟子の大谷選手について語る栗山さん(田中健撮影)


―そういえば、本の中に、大谷選手がこれは絶対に無理だろうと思うことでも、「あ、これをやったら、もう一つ上のステージに行けるな」と考え、楽しみながら挑んでいるという逸話が書いてありましたね。

二刀流もそうですよね。「できるか」「できないか」ではなく、「やるか」「やらないか」と考えて、彼はやると決めたんです。あとは、どうしたら実現できるかを逆算して、今のようになったんです。そういう発想を彼は入団当初から持っていました。

―自分も若いときにその話を聞きたかったです。

いやぁ、僕らも翔平を見ていて勉強になるんですよね。ああ、こういうことか、こういうふうに考えたらああなるんだなって思って、彼から勉強していました。

なりたいものをはっきりイメージ 

―よくある質問かもしれませんが、例えば、少年野球の子どもたちから「どうしたら、大谷選手のようになれますか?」と聞かれた場合、栗山さんはなんと答えているんですか?

そうですね、今の話が全てなんですけど、子どもに伝えるなら、「自分が本当になりたいものを、はっきりとイメージしてください」ですね。

―はっきりとイメージ…。もう少し詳しく教えてください。

はい。翔平って、先ほども言いましたが、人の意見に左右されないんです。人と比べないので。自分がこれって決めて、それに向かって突き進むだけなんです。

WBCの強化試合を前に議論を交わす大谷選手(左)と栗山監督(野村和宏撮影)


―私たち大人でも、つい、人と比べがちです。

そうですよね。でも、考えてみると、人が悩んだり、苦しむのは、ほとんどが「誰かと比べて自分はどうか」っていう比較論です。誰かと比べてとか、何かと比べてとか、何年生ならこのくらいできてなきゃいけないとか、そういうのに苦しむんです。でも、それって実はあまり関係なくて、自分が自分のペースで上がっていけばいいだけの話なんですよね。

翔平はそういうのに一切、左右されない。自分のやりたいことが何なのかをはっきり考えているから。常識とか世の中の言っていることって、意外と合ってないよって感じなんですよね。なので、できるか、できないかを考えないでください。なりたいものをはっきりイメージして、自分が新しいものを見つけるくらいの感じで生きてみたら。そんな話をよく子どもたちにはします。

人が決めた目標を持たないこと 

―既成概念にとらわれないということでしょうか?

既成概念や常識って、結局は人が決めたこと、人が決めた目標ですよね。それって知らず知らずのうちに、ものすごく人を制限してしまっている。もしかしたら、その人にできたはずのことが、できなくなってしまうかもしれない。これは難しいって最初から自分で決めてしまったら、それはできなくなりますよ。でも、翔平はそういうのは全くないんです。人が決めた目標は持たないのが翔平ですね。

エンゼルス行きを発表した会見の後、大谷選手が栗山監督に「ラスト投球」を行った=2017年12月25日、札幌ドームで(武藤健一撮影)


―なるほど。それともう一つ、グラウンドに落ちているゴミを大谷選手が率先して拾うエピソードがあります。「あれはゴミを拾っているのではなく、運を拾っている」とも言われましたが、ああいう行いも大成する秘訣になりますか?

それは間違いないと思います。でも、多分、翔平は運を得るためにあれをやっているのではないと思いますよ。

―そうなんですか?

単純に、グラウンドにゴミが落ちているのを見て、拾わなきゃって思っただけだと思います。「アメリカの球場って、いっぱいゴミが落ちているんですよ。あれを踏んだら、けがしますよ」って言っていましたし。

それってすごく自然なことで、みんな子どものときに、おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さんから、うそをつくなとか、人が嫌がることはやめようとか、一つやり出したら最後まで頑張ってねとか、そういうことを教わりますよね。それをそのまま大人になってもやっているのが、翔平なんです。

ゴミが落ちていたら、他人事(ひとごと)にせずに拾う。正しいことだけど、大人になったら誰もやらなくなったことをやる。ただそれだけなので、利を考えて運を拾っているのではないと僕は思います。

 大谷選手のようになるには、特別な努力が必要だと思っていたので、栗山さんの答えには驚きました。「信じ切る力」の中では、あいさつや返事や片付けなど、「日常の小さな積み重ねが足し算になり、大きなプラスになっていく」と書かれています。小さなことをおろそかにしない。当たり前のことを当たり前にやる。そんな生き方ができると、大谷選手のようになれるのかもしれません。

「野球は不平等を覚えるもの」 

―今、栗山さんはファイターズのCBO(チーフ・ベースボール・オフィサー)として活動しています。これから栗山さんがやりたいことについて教えてください。

そうですね、サッカーもバスケも素晴らしいのですが、野球というスポーツは少し他とは違った面を持っていると思っています。

ーと、いうと?

僕はよく、「野球は不平等を覚えるもの」と話すのですが、社会に出ると、同じ仕事をしていても、給料も違うし、扱いも違う。残念ながら、平等ではないですよね。

野球もそうです。一生懸命やってもベンチに入れない人がいる。そんな(不平等な仕組みの)中で、犠牲バントのように人のために尽くす、人のために自分が行動するものが文化としてある。子どもにはこういうことを知っておいてほしいなということが、わかりやすく残っているのが野球だと思っています。

昨年8月の全国高校野球甲子園大会・土浦日大ー上田西戦で始球式を務めた栗山さん(横田信哉撮影)


―確かに。

でも、今の野球は、厳しさだったり、先輩後輩のいやらしさだったり、親のお茶当番とかあって、それで野球をやめてしまう子どもがいる。これほどバカらしいものはない。

野球界だけなんですよ、(プロや学生、社会人や軟式など)いろいろな連盟があって、組織が一つになっていないのは。今まではそれでもよかったかもしれませんが、これからは野球界が一つになる作業を誰かがしないと、子どもたちが野球をやりにくくなってしまう。そのことに関して僕は無力ですけど、責任として何か手を出していかなければいけないなと、それが一つの夢というか、使命だと今は考えています。

―勉強になりました。ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました!

 いかがでしたか? 話を聞いた感想は「ああ、この人は野球人であると同時に、先生なんだな」でした。考えてみれば、栗山さんは東京学芸大出身で教員免許を持つ教育者。もし、栗山さんがプロ野球のコミッショナーか、高野連の会長になれば、野球界は変わるんだろうなと、勝手に想像してしまいました。

  • できるか、できないか、で考えない
  • 人が考えた目標を持たない
  • 小さなことをおろそかにしない

栗山さんのおすすめの本は?

 最後に、こんなお願いをしてみました。「うちの読者に向けて、何か子育てに役立つ本を教えてもらえませんか?」。熱心な読書家としても知られる栗山さん。日本ハムの監督時代には渋沢栄一が書いた「論語と算盤」を購入し、入団する選手全員にひと言添えて配ったエピソードは有名です。

―大谷選手も読んだという「論語と算盤」がやはり、お薦めですか?

あれは、論語の考え方でお金を稼げるという話で、選手向きの本なんですよね…。うーん、少し難しい本ですが、「修身教授録」(致知出版社)はどうでしょう? 教育の神様と言われた哲学者で教育者の森信三先生が書いた本で、僕が選手と接するに当たり、参考にした本です。先生や親御さんは絶対に読むべき本だと思っています。

 興味がある方はぜひ、「信じ切る力」と一緒に「修身教授録」を読んでみてください。

 苦難を乗り越えながら、WBCで優勝を果たした栗山さんは「信じ切る力」の巻末にこう書いています。「人が大きく成長する時、誰かの信じ切る力が私は必要だと思っています」。皆さんも信じ切る力で、子育ての世界一を目指してみてはいかがでしょうか?


自著「信じ切る力」を手に写真に納まる栗山さん(田中健撮影)


栗山英樹(くりやま・ひでき)

1961年生まれ、東京都出身。東京学芸大から84年にプロ野球・ヤクルトに入団。1989年にゴールデングラブ賞を獲得するなど活躍も、1990年に病気やけがが重なり、引退。その後は野球解説者・スポーツジャーナリストとして活躍した。2011年11月から日本ハムの監督に就任。10年間でチームをリーグ優勝(2回)と日本一(1回)に導いた。2022年から日本代表監督に就任。2023年のWBCでは決勝で米国を破り、世界一に輝いた。2024年から日本ハムのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)を務める。

「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。