シーズンも終盤に差し掛かる3月中旬という異例の時期に、将来有望なセルビアのビッグマンが、ワシントン・ウィザーズに入団した。

 元セルビア・モンテネグロ代表のスウィングマン、デュサン・ブクチェビッチを父に持つ、トリスタン・ブクチェビッチだ。

 21歳の誕生日を迎えた3日後の3月14日にウィザーズ入団が発表されると、23日のトロント・ラプターズ戦でNBAデビュー。背番号『00』をつけた208cmのルーキーは3分ほどコートに立って1リバウンドのみに終わったが、2日後のシカゴ・ブルズ戦では2本の3ポイントシュートを沈めるなど、9分間で6得点、3リバウンドという数字を記録した。

 試合後、1月下旬に暫定ヘッドコーチに就任したウィザーズ指揮官のブライアン・キーフは、「彼は何本かスリーを決め、さらにリム周りもよくカバーしていた。彼のようなバスケIQのある選手が我々のプログラムの一員であることをとても嬉しく思う」と会見の席でコメント。
  ブクチェビッチはセルビア国営放送『RTS』のマイクに向かって、「コーチからの信頼を嬉しく感じている。ヨーロッパではなかなか難しい状況だったけれど、ここではまた、完全にプレースタイルをチェンジしなくてはならない。ここでプレーしているバスケは別物だからね。でもそれは僕にとっては少しも問題じゃない。日々学んでいるし、プレーすればするほど、良くなっているのを実感できている」とNBAでの手応えを語った。

 彼いわく、シカゴには大きなセルビア人コミュニティがあるそうで、彼らが敵方ながら応援に駆けつけてくれたという。

 ブクチェビッチは、昨年5月にシカゴで行なわれたNBAドラフトコンバインに参加して得意の3ポイントショットで関係者にインパクトを与えると、6月のドラフトでウィザーズから全体42位で指名を受けた。

 その後すぐに入団、とはならなかったが、3月13日、所属していたセルビアのクラブ、パルチザンのオストヤ・ミヤイロビッチ会長がXに、「我々のトップチームの選手であるトリスタン・ブクチェビッチは、バイアウト条項を発動し、NBAでキャリアを歩むことになった」と投稿。

 続けて「7ケタの報酬は、前々からの合意に従い、(古巣の)レアル・マドリーとパルチザンで分け合うことになる」と記し、選手とクラブ側、双方にとって納得のいく移籍であったことを明かした。 レアル・マドリーはブクチェビッチが16歳から所属してプロデビューした古巣だ。報道によればウィザーズは120万ドルを支払い、パルチザンとレアルで60万ずつ分け合った模様だ。

 父がイタリアリーグのモンテパスキ・シエナでプレーしていた間に当地で生まれた彼は、その後も父の古巣であったギリシャのオリンピアコスやスペインのレアルといった欧州の強豪でバスケを学ぶ機会を得た。

 先述のコメントで、環境の変化に対応することへの自信を覗かせているのは、幼少時から転居を繰り返し、異なる環境に身を置くことに慣れ親しんでいたことの表れだろう。それと同時に「ヨーロッパでは厳しい状況だった」とも語っているが、同胞の名将ジェリコ・オブラドビッチHCの下、30歳前後のベテラン勢が中核をなすパルチザンでは、当時20歳のブクチェビッチにはなかなか出番は回ってこなかった。

 今季はアドリア海リーグ(ABA)で14試合に出場。平均18.9分のプレータイムで10.9点、カップ戦でもゲームハイの得点をマークするなどの活躍を見せたが、ユーロリーグでは12試合でプレータイムは平均9.3分とロスター内の優先順位は低く、平均4.2点、2.3リバウンドに終わっていた。しかし、どちらの舞台でも得意とする3ポイント成功率は40%を超えている。
  自分の力を示したくてウズウズしていた若き才能にとって、NBA行きは絶好のチャンス。ウィザーズも1月から3月にかけて16連敗を喫するなど低迷しており、今季の残り試合は来季以降に向けた再建に注力したいところだろう。だから、ドラフトで獲得した新人を試すのにはいいタイミングだとも言える。なにより、身長208cmのアウトサイドシューターは大きな魅力だ。

 一方パルチザンにとっても、現時点でロスターの末端にいた選手と引き換えに大金を手にしたのだから、悪い話ではない。

 欧州からNBAへは、過去にもこの時期に移籍した選手が何人かいる。アルゼンチン代表のフォワード、ガブリエル・デック(2021年4月にオクラホマシティ・サンダーに加入/現レアル・マドリー)などもその1人だが、当時26歳だったせいか適応に苦しみ、翌シーズンの半ばに欧州に舞い戻った。

『ESPN』のエイドリアン・ウォジナロウスキー記者によれば、ブクチェビッチの契約は2年間とのこと。はたして、彼はウィザーズ再建の中心戦力の1人となるのか、それともデックのように早々に欧州に舞い戻ることになるのか。

 加入後、チームは今季初の3連勝と好調なタイミングで入団したのは幸先がいい。ここから開花の時を迎える若き才能は、どんな進化を見せてくれるだろうか。

文●小川由紀子