TOKYO MX(地上波9ch)朝の報道・情報生番組「堀潤モーニングFLAG」(毎週月〜金曜6:59〜)。「激論サミット」のコーナーでは、脳科学者の茂木健一郎さんを交えて、脳科学研究の未来について議論しました。

◆脳にチップを移植する認証試験開始

アメリカの実業家イーロン・マスク氏は、自身が設立したベンチャー企業「ニューラリンク」が医療機器の認証試験を開始したことを発表。その内容は、人の脳内にチップを移植するというものです。

病気や事故で体が不自由な人を支えることを目的としたこのチップは、脳の活動を記録・送信し、頭のなかで念じただけでパソコンなどの機器が操作できるようになることを目指しています。術後の経過は順調で、チップが神経細胞の興奮を検出しているそうです。

こうした脳と機械を繋ぐ技術は“Brain Machine Interface(BMI)”と言われ、多くの投資家が注目していますが、一方で身体的な負担や危険性、倫理的な面においてクリアすべき問題は山積しています。

茂木さんは、脳へのチップ埋め込みついて「世間が期待しているほどすごいことが起こるまでには、まだまだ障壁がある」と現状を語りつつ、「脊髄損傷やALSなどの患者を助けるという意味では可能性があるが、みんなが期待するような記憶力が上がるなどの効果は難しい」と見解を示します。

経済ジャーナリストの荻原博子さんは、「脳はまだまだわからないことが多い。神の領域に足を踏み入れることになるのではないか」と案じます。

大空さんは「メンタルヘルスやいわゆる精神疾患の分野でこうした外的な刺激、(脳に埋め込む)機器がどういう影響があるのか気になる」と関心を寄せます。

◆意思決定を左右されることもあり得る!?

脳に関する研究は中国でも積極的に行われており、昨年10月には中国の大学病院などからなる共同研究チームが事故により四肢が麻痺した患者の脳にチップを埋め込む臨床試験を実施。その患者はリハビリを経て、脳の電気活動により空気圧グローブを動かして自分で水を飲むなどの脳制御機能を実現したと発表しています。

BMIは、脳と機器を接続することで脳の情報を読み取ったり、脳に情報を送ったりすることも可能。そして、将来的にはさまざまな効果が見込まれています。

茂木さんは「大脳新皮質の表面は場所によって機能が違うので、チップをどこに埋めるかで変わってくる」と語り、その上で「重要なのは、情動やメンタルヘルスに関わる脳の部位というのは深いところにあるので、表面からアクセスできない。チップを埋めれば脳の機能が全てコントロールできるということはない」と指摘。

しかし、その一方で「表面にある分野もあり、例えば運動野。手を動かすなどそういうところはいける可能性はあるので、脊髄損傷の患者とかに有効かもしれない。あとは視覚野も」とアクセス可能な部分があることを示唆しつつ、「でも、匂いは難しいし、言語野に直接アクセスして言葉をインプットするのも無理」と厳しい分野にも言及。そして、「怖いのは意思決定の分野で、それは前頭葉にあり、いける可能性がある。だから、ひょっとすると自分が選んでいないのに選んだ気になっているなど、そういった技術はできる可能性がある」と解説します。

◆身体的な負担と倫理的な問題

この研究に対する懸念点としてまず考えられるのは、“身体的な負担”です。脳に機器を入れる際やメンテナンス、さらには取り外しの際にも手術が必要になります。そして、最も懸念されているのは“倫理的な問題”。脳に機器を入れると自分の意思とは関係ない思考を強制される危険性や、悪意ある人間が拘束した人に機器を埋め込み、その人の考えを自白させる使い方も可能性としてなくはありません。

ここで大空さんからは、「脳への刺激に対する反応はみんな違うと思う。同じ機器を同じ場所に埋め込んだとしても人によって反応が違うのではないか。それで商品として成り立つのか?」との疑問が。茂木さんは個人差があることを認めつつ、より大きな問題として、機器を埋め込むことによる脳の回線が変化、自分の意志では制御できなくなる可能性を示唆。そして、「体が動かせないような重い症状の方などはいいが、健康体の人はやめたほうがいい。ただ、体が動かせないような人にとっては福音になるので、おそらくそのビジネスは立ち上がる」と予想します。

国内でこの分野の研究に従事している専門家もいます。ニューラリンクが精密なロボットで脳に針を刺していくのに対し、大阪大学の平田雅之特任教授は、脳の表面に電極を置く方法を研究中で、「これは非常に正確な脳信号が測れるので、それを人工知能で解読すれば、カーソルコントロールやクリック操作などができるようになるというのが現在の技術の最先端レベル。我々の方法は脳の表面に電極シートを置くだけ、ごく簡単な脳外科の手術で安全で確実」と自信をのぞかせます。

また、この研究は重症の身体障害を持つ患者から大きな期待を寄せられているそうで、平田特任教授は「患者さんにアンケートをしてみると、皆さんなんとしても生きたいと思っている。メタバースの世界に入っていくバーチャルワールドでの社会復帰。それからリアルワールドでの活躍も望んでいる。それが素直に実現できる医療機器を実現するのは医者としてやるべきこと」と話していました。

◆ニューラリンク調達資金は日本の10年間の予算と同じ?

文科省の科学技術・学術政策研究所のデータによると、他の論文に引用された回数が上位10%に入る日本の論文数は基礎生命医学分野で世界12位。臨床医学分野で9位。約20年前、日本はどちらも4位とあって大きく順位を下げていることがわかります。対して、中国は大きく順位を上げています。

この状況に、キャスターの堀潤は「権威主義的国家は、民主国家に比べて倫理観や手続きをすっ飛ばしてできるから開発や研究が進めやすい」と推察すると、茂木さんは日本の学術分野に関する大きな問題点を2つ挙げます。ひとつは“予算の少なさ”。もうひとつは“博士号取得者の減少”で、その背景には博士課程に進んだ学生の処遇が諸外国に比べて厳しいこと、さらには「博士号に対する社会的な処遇がないこともすごく大きい感じがする」と言います。

そうしたなか、日本でも脳神経科学の基礎研究を推進するための国家プロジェクト「脳神経科学統合プログラム」が始動します。ここでは脳のメカニズム解析を進めながら、デジタル空間上に脳回路を再現するデジタル脳などの研究基盤を開発し、認知症など脳神経疾患の革新的な診断や治療、新薬の研究を目指すとしています。

文部科学省はこのプロジェクトの関連予算として来年度の予算案に65億円を計上。しかし、世界的にみるとこの額は少なく、日本は過去10年間でこの分野におよそ400億円の予算を設けていますが、アメリカは10年間で約7,000億円。中国は5年で約1,000億円と大きな隔たりがあります。ちなみに、ニューラリンクは昨年8月に投資家から日本の10年間の予算に匹敵する400億円を調達しています。

こうした状況に、平田特任教授は「海外と比べて日本は研究に関わる資金や人材がまだまだ少ない。また、安全性、コンプライアンス、倫理性などを重視しすぎて研究のハードルが高くなりすぎた。それにより失敗できないという意識が根強く、先進的・挑戦的な研究に踏み出しづらくなっている」と苦しい現状を吐露。

予算面に関しては、荻原さんも基礎研究予算を縮小し続けてきた日本の方向性に異議を唱えていましたが、茂木さんは根本的な問題として「目利きが必要」と指摘。「一時期JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)がそれをやっていたが、要するにこの技術が大事だから、ここに集中投資しようというような目利きがいない」と嘆きます。

◆今後の脳科学研究はどうあるべきか?

最後に今回の議論を踏まえ、脳科学研究の未来についてコメンテーター陣が提言を発表。荻原さんは、「今の状況だと(脳に機器を埋めるなどするのは)“病気に限定”。そこに限定することで危険性も狭まるのではないか」と意見します。

キャスターの豊崎由里絵は、当初は脳へのリーチは否定的だったものの、今回の議論を通して「民主主義国家こそ先に頑張ってほしいと思った」と率直な感想を語ります。

一方、大空さんは茂木さんのような存在、脳科学分野のスポークスマンを増やすべきと主張。「結局、予算もそうだが国民感情で決まっていく部分が大きい。脳科学そのものに対する認知度の拡張、ビジネスの土壌を作っていく意味でも認知を広げていくために、茂木さんのような学者・研究者が増えていくことが近道」と論じます。

これに堀も賛同しつつ、「(専門分野の)翻訳者が増えることは大きい。一般市民社会と科学の世界をつないでくれる人が必要。茂木さんの役割は非常に大きい」と補足します。

そして、期待を寄せられた茂木さんは「当事者なので“頑張ります”としか言えない」と苦笑いしつつ、「僕は東大の客員・特任教授でもあって、そこではAIと脳の研究を、予算がないなか一生懸命やっている。本当に頑張るしかない。多くの研究者もお金がなくてもなんとか頑張ろうとしている」と決意を新たにしていました。

※この番組の記事一覧を見る <番組概要>番組名:堀潤モーニングFLAG放送日時:毎週月〜金曜 6:59〜8:30 「エムキャス」でも同時配信キャスター:堀潤(ジャーナリスト)、豊崎由里絵、田中陽南(TOKYO MX)番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/morning_flag/番組X(旧Twitter):@morning_flag番組Instagram:@morning_flag