農業の未来を塗り替え、地球温暖化の防止に貢献する「カーボンファーミング」。

農家にとっては新たな収入源となる一方で、地域社会には経済的・環境的な恩恵を提供すると期待されているこの取り組み。しかし、実現には現場での課題を乗り越え、幅広いステークホルダーの協力が必要となるものでもあるのです。

 

有機農家の未来と地球温暖化防止を図れる「カーボンファーミング」

 

ガーボンファーミングの概要とカーボンクレジット活用への期待

カーボンファーミングとは、農地土壌の改善などを通し、より多くの大気中の二酸化炭素(CO2)を土壌や作物の中に閉じ込めることで、大気中のCO2を削減することを目的とした農業形態を指します。

具体的には、緑肥の積極的な活用や堆肥の効果的な利用など、土壌の炭素固定能力を向上させる様々な方法が含まれており、土壌の健康を改善しつつ、地球温暖化の緩和に貢献することが期待されている方法の1つ。

このカーボンファーミングにより生み出されるカーボンクレジットが、いま注目を集めているのだとか。

カーボンクレジットとは、温室効果ガス排出の削減量や吸収量を国などが認証することで生み出されるクレジット(信用による価値)のことで、これらクレジットを排出権として企業などが売買する市場のことをカーボンクレジット市場と呼ぶそう。

例えばアメリカのアグリテック企業であるIndigo Agricultureは、アメリカや南米の農家にカーボンファーミングを導入し、それら農家からカーボンクレジットを買い取り、このクレジットを排出権として他企業に販売しているほか、EUでは政府による農家への支援策としてカーボンクレジットの活用が検討されています。

 

カーボンファーミングの具体的な手法について

現在、世界の140か国以上でカーボンニュートラル社会の実現に向けた取り組みが推し進められている中、世界のCO2をはじめとした温室効果ガス排出量の約18%が農林水産分野から排出されており、農業分野でのCO2排出量削減への関心が高まっています。

特に、農業における「土壌」の改善は新たなCO2削減策として注目されており、伝統的な土つくりの手法である「堆肥(有機物を積み置いて、微生物の働きで分解させた肥料)」「緑肥(植物そのものを利用する肥料)」などを行うことにより、土壌に蓄えられる炭素の量(炭素貯留量)が増えることが、国際的に多くの研究で確認されているそう。

一方で、農地利⽤の最優先事項が⾷料⽣産であることに変わりはなく、食料生産は必ずしも土壌の炭素貯留量を最大化するわけではないため、食料生産と炭素貯留量を増やすバランスが大事になります。

理想的なのは、土壌の健康と食料生産性の両方を改善するカーボンファーミングを行うこと。

その実現のためには、堆肥や緑肥といった伝統的な手法だけでなく、新たな土壌微生物の活用やゲノム編集などの最新技術も視野に入れた技術革新を推し進めることが、可能性を拡大する鍵になると考えられています。

 

カーボンファーミング実現に向けた課題

カーボンファーミングの具体例としては、出来るだけ耕さない農業(低耕起や不耕起栽培)、アグロフォレストリーや作物栽培と家畜飼育を有機的に結びつけた農業、休耕地の草地への転換、それらによる堆肥や緑肥の効果的な使用などが存在しています。

しかし、日本でカーボンファーミングを実践する際には、いくつかの課題が存在するのだそう。

まず、世界的に実践されているカーボンファーミングは「畑地」や「草地」を対象としたものばかり。というのも、カーボンファーミングを中心となって推し進めている欧米諸国では、農地の殆どが「畑地」か「草地」だから。

一方、日本では農地の半分以上が「水田」であり、日本の農業分野で最も多く温暖効果ガスを排出しているのも水田。そしてカーボンファーミングの手法は、畑地・草地と水田とでは異なるのです。

水田は畑地・草地とは異なり、水を張ることで発生するメタンガスの排出が主な問題になるとのこと。

水を張った水田はCO2の排出量は少ないものの、土壌中の酸素が少なくなってメタンが作られてしまい、メタンの温室効果はCO2の10倍も高いことから、メタン発生への対策として水管理を工夫し、コメの栽培中に水を張る(湛水)と水を抜く(落水)を繰り返す「間断灌漑」という方法もあります。

また、国土に占める農地の割合はアメリカやEUでは40%以上あるものの、日本では僅か13%程と少ない点に加え、国土に占める畑地や草地の割合を見ると、欧米諸国ではほぼ農地の割合と同じですが、日本では6%程。

つまり、畑地や草地向けのカーボンファーミングだけでは、日本農業のおけるCO2排出量は十分に削減出来ない可能性が高いと言えるのです。

一方で、畑地や草地でのカーボンファーミングはカーボンクレジットとして認証する仕組みが国際的に開発されているものの、水田でのカーボンファーミングをカーボンクレジットとして認証する仕組みはいまだ開発されていません。

つまり、現時点では水田でカーボンファーミングを実践する経済的メリットはないのだとか。

そのため、日本のように農地に占める水田の割合が高い地域では、独自の戦略が求められているのです。

 

海外と日本におけるカーボンファーミングとカーボンクレジットの動向

アメリカとEUにおける、カーボンファーミングによるカーボンクレジット市場の動向の違いは、それぞれの地域の政策や農業構造の違いを反映しているそう。

大規模畑作農家が多いアメリカでは、一農家がカーボンファーミングから得られる報酬が大きくなります。

一方、EUでは農家の規模がアメリカよりもかなり小さく、一農家がカーボンファーミングから得られる報酬はそれほど大きくありません。そのため、民間企業が報酬の一部を受け取ると、農家への報酬が不十分になる可能性が高いのだとか。

それに対して日本におけるカーボンクレジット制度は「J-クレジット制度」と呼ばれ、日本政府主導で国内でのCO2排出の削減・吸収量に対して認証を行い、クレジットとして発行する独自の制度を実施しています。

しかし、日本国内ではカーボンクレジットのためのカーボンファーミングはまだ実践されていません。

また欧米諸国と比べると、カーボンファーミングやカーボンクレジットに対する国民の関心は低く、農地に占める水田の割合が高い日本では、欧米型のカーボンファーミング手法を適用出来る農地は国土の6%程度に過ぎないこともあり、日本独自のカーボンファーミング、カーボンクレジットの施策には課題が残ります。

日本国内におけるカーボンクレジットの取り組みは、その地理的および経済的多様性により、地方ごとの環境や課題に合わせる必要もあるのだとか。

農業が盛んな地域では、有機栽培・土地の持続可能な管理を重視し、カーボンクレジットの活用を通じて農業収益の向上を図る動きが見られます。一方で、山岳地帯や人口密度の低い地域では、森林保護や再生がカーボンクレジットの中心。

一部では、地方自治体がカーボンクレジットの取引によって収益を得ることで地方財政の健全化が期待されているそうですが、カーボンクレジットの価値が不安定であったり、取引コストが高いといった課題も出ており、地方財政へのプラス面だけでなく、リスクや負担についても慎重な検討が求められているのです。

 

日本国内のカーボンファーミングへのアプローチと課題

北海道地方は、農林水産省の面積調査によれば他の都道府県を合わせた畑地の面積よりも広大な農地や耕地面積を誇っており、特に水田の割合や果樹園の広がりが顕著であり、この地域はカーボンファーミングを導入する上で極めて有望なエリアとして位置づけられています。

一方で、最も適した土地であっても、導入にあたっては農家の負担が増えないような支援やインセンティブの設計が不可欠という課題も。

東北地方は広大な農地が広がり、その大部分が水田で構成されていることから、豊かな水田は地域経済において重要な役割を果たし、地域の農業活動に根付いています。また、水田が中心であることから、他の地域とは異なる農業の特徴を持ち、地域固有の魅力を放っているものの、畑地への転換や新たな農業形態の導入など、柔軟なアプローチが必要です。

そして関東地方は、北海道に次いで畑地が多い地域であり、特に都市近郊での野菜栽培が盛ん。

この地域独自の農業特性が、カーボンファーミングにおける環境貢献のポテンシャルを高めていると説明していますが、農業の多様性を活かしたカーボンファーミングのアプローチが必要という課題も見られます。

 

総括

カーボンニュートラル社会研究教育センター 副所長の下川哲氏は、

「カーボンファーミングやカーボンクレジットなどの取り組みは、地球温暖化対策に貢献するだけでなく、農家に新たな収入源を提供し、日本農業の存続にも貢献出来るものです。世界中でカーボンニュートラルの取り組みが推進されていますが、日本と欧米では地理的、経済的、文化的な背景の違いから、異なった施策が求められます。また、日本国内に限定しても、地域ごとの特性やニーズの違いに合わせた取り組みが重要となっています。」

と総括。

また、一般社団法人脱炭素事業推進協議会の理事長を務める笠原曉氏は、

「成果を最大化するためには、多様なステークホルダーの協力と理解が不可欠です。政策立案者、企業、農家、そして一般市民が共に持続可能な未来を目指し、取り組みを推進することで、J-クレジット制度はその真の価値を発揮し、世界の環境保全に貢献するでしょう。」

とコメントしました。

「有機農家の新財源」「地球温暖化防止」といったことにもつながっていくカーボンファーミング。まだまだ課題は残るものの、CO2削減のためにも今後の取り組みが期待されます。

 

【一般社団法人 脱炭素事業推進協議会】

・法人名:一般社団法人 脱炭素事業推進協議会
・代表者:理事長 笠原曉
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