いすやテーブルの装飾もシンプルだ。その代わりに車両内にはアートをふんだんに取り入れた。

アートディレクションを担当したNPO法人BEPPU PROJECT(別府プロジェクト)の中村恭子代表理事によれば、「物語の入り口に連れていく」をコンセプトに、福岡、大分両県にゆかりのあるアーティスト10組が、沿線の歴史や文化、自然などを感じさせる24点のアートを制作した。かつて、JR東日本が現美新幹線という観光列車の車内に多数のアートを展示していた。そこまで大がかりではないものの、車両のデッキに描かれた大型のアートウォールは迫力があるし、客室の窓側にはさまざまなアートが設置されており、それを観ながら車内を歩き回るのも楽しい。

かんぱち・いちろく アートウォール デッキに描かれた大型のアートウォール(撮影:尾形文繁)

そして、この列車の最大の売りが2号車。樹齢約250年の杉を使った長さ約8mの一枚板カウンター。共用スペースのラウンジとして使用され、ビュッフェとしても使われる。

かんぱち・いちろく 2号車 2号車には杉の一枚板を使った長さ約8mのカウンターがある(撮影:尾形文繁)

総力戦で生み出した観光列車

古宮社長に車両の印象を尋ねると、「車窓の風景とアート、地元の食材やおもてなし。これらを足し算すると”動くスイートルーム”だ」という答えが返ってきた。水戸岡デザインの観光列車も車窓の風景や地元の食材を重視しているが、車両自身の存在感が際立っていた。それに対して「かんぱち・いちろく」は総合力での完成度が高いといえる。八幡社長も「風景と窓、アートと文化が主役です」と話している。

単なる数字の羅列にすぎない車両の形式名に遊び心が隠されていた。「かんぱち・いちろく」の1号車には2R-16、2号車には2R-80、3号車には2R-38という形式名が付けられている。2Rとは「2人のロマンスカー」、16は衛藤一六、80は杉のテーブルの長さが約8mあること、38は麻生観八が八鹿酒造の3代目だったことにちなんだという。

2R-38 「かんぱち・いちろく」3号車の形式名は「2R-38」だ(撮影:尾形文繁)

JR九州は観光列車を「D&S列車」と呼ぶ。デザイン(Design)とストーリー(Story)だ。車内の各所に展示されているアートはもとより、車両の形式名にすらストーリーがある。「ななつ星」を筆頭に世界的にも人気が高い水戸岡デザインの車両に、「脱・水戸岡」デザインとなる初めての観光列車が加わった。それは、JR九州がさまざまな発想を持ち寄って総力戦で造り上げたD&S列車といえるだろう。

著者:大坂 直樹