もっとも43歳の若さで亡くなった道隆は、疫病ではなく、糖尿病の悪化が死因だったようだ。

『栄花物語』では、「水を飲みきこしめし、いみじう細らせ給い」と記されている。

そして、糖尿病が発症したのは、道隆の過度な飲酒習慣と無関係ではなかっただろう。道隆の酒好きについては『大鏡』で、こんな逸話がつづられている。

藤原道隆は酔い潰れることに慣れていた

賀茂社を参拝したときのことだ。下鴨神社の前では、三度の御神酒(おみき)を差し上げるのが、習わしとなっていた。道隆のお酒好きはよく知られていたので、神主が特大の盃を用意したところ、道隆は3杯どころか、7杯も8杯も飲んでしまったという。

その結果、どうなったか。『大鏡』では、次のようにつづられている。

「上賀茂神社に参上する車の中で、仰向けになって車の後ろのほうを枕にして寝てしまった」

(上の社に参らせ給ふ道にては、やがてのけざまに、しりの方を御枕にて、不覚におほとのごもりぬ)

儀式の酒を大量に飲んで寝てしまうとは、ただの酔っ払いおじさんである。

光る君へ 大河ドラマ 藤原道長 藤原道隆 京都・上賀茂神社(写真: kazukiatuko / PIXTA)

上賀茂神社に着くと、従者たちが車の轅(ながえ)を下ろして降りる準備をするも、一向に目覚める気配がない。

そのままにしておくわけにもいかないので、道長が自分の車から降りて、大きな声で呼びかけて、扇を打ち鳴らすが、道隆はまったく目覚める様子がない。仕方がないと、道長は道隆の袴の裾を荒々しく引っ張ると、ようやく起きたのだという。

酔い潰れているところを、弟によって強引に起こされた兄。何とも気まずい瞬間だが、道隆がとった行動は意外なものだった(『大鏡』)。

「持っていた櫛やかんざしを取り出して、 髪の乱れを整えてから、車を降りられた。 その姿には酔いつぶれていた気配などまったくなく清らかな様子だった」

(御櫛、笄具し給へりける、取り出でて繕ひなどして、おりさせ給ひけるに、いささかさりげなく、清らにておはしましし)

酔いつぶれてもすぐに復活する男、道隆。『大鏡』は「道隆公のお酒好きは品のよいものでした」(この殿の上戸はよくおはしましける)としているが、こんな飲み方をしていれば、体を壊すのも無理はないだろう。