海上保安庁が保有する最大級の巡視船「しきしま」が間もなく引退です。日本初の7000トン超え巡視船として生まれた同船は当初ムダな存在になりかけたものの、のちに「あってよかった」船へと昇華。同名の後継船も進水しました。

ヘリ搭載スーパー巡視船のパイオニア

 海上保安庁の大型巡視船「しきしま」(7175総トン)が2024年4月15日付で引退することが決まりました。

 2024年3月現在、第10管区海上保安本部の鹿児島海上保安部に所属している「しきしま」は、7000総トンを超える大型巡視船の先駆者となった、海上保安庁にとって記念すべき船でもあります。

 30年以上、常に第一線で活動し、その間、多くの外国要人が集まるサミットや、緊迫感が増す尖閣諸島周辺海域の警備、大規模災害での物資輸送など、さまざまな場面に投入されてきました。

 そもそも「しきしま」が生まれたきっかけは、プルトニウムの海上輸送を日本独自で行うことになったからでした。

 日本は当時、原子力発電所で発生した使用済燃料から回収されたプルトニウムの一部を、ウラン・プルトニウム混合酸化物燃料、いわゆる「MOX新燃料」として活用する計画を進めていました。そのためイギリスやフランスの再処理工場から貨物船にプルトニウムを積載して海路、日本まで輸送していましたが、1988(昭和63)年に日米原子力協定が改定されたことで、貨物船を護衛する船舶が新たに必要になったのです。

 さまざまな議論を経て、プルトニウムを海上輸送する際の護衛は海上保安庁が実施することに決まりましたが、今度はフランス・シェルブール港から茨城県東海村の日本原子力発電専用港(東海港)まで無寄港・無補給で航行する能力を持つ船が必要になります。

 その頃、海上保安庁では広域哨戒体制整備の一環として、ベル412型ヘリコプターを2機搭載できる巡視船「みずほ」(5259総トン)の運用をスタートさせていました。「みずほ」は1986(昭和61)年3月19日にデビューしたばかりでしたが、同船は日本の周辺海域で任務にあたることを前提としていたため航続距離が足りません。

 そこで海上保安庁は、長距離の護衛が行える高性能な巡視船を新造することを決断します。

プルトニウム輸送の護衛 無事成功!

 こうして生まれたのが「しきしま」でした。同船は、さまざまな脅威からプルトニウムを守るという単独で秘匿性の高い任務をこなすため、ヨーロッパと日本の間を往復できる長大な航続力と、関係機関と密な連携が取れる高い通信能力、そして当時の巡視船としては異色の重武装を備えた船として誕生しました。

 建造は、1989(平成元年)度補正計画で決まり、1992年4月8日に石川島播磨重工業東京第一工場(当時)で竣工。当初は第三管区海上保安本部の横浜海上保安部に配備されました。

 武装としてFCS(射撃管制機能)を備えた35mm連装機銃2基とRFS(目標追尾型遠隔操縦機能)を備えた20mm多銃身機銃2基を搭載。このように前後部に機関砲を装備することで全方位への対処ができ、さらに遠距離からも正確な射撃が可能となっています。

 また、マストには対空捜索用レーダーを装備し、速力は25ノット(約46.3km/h )以上出るなど、当時海上保安庁が保有していた大型巡視船としてはかなり際立った性能も有していました。航空機運用能力に関しても、ベル412よりも大型かつ高性能な「スーパーピューマ」を2機搭載できる広大な飛行甲板と格納庫が設けられ、従来の巡視船と比べて大幅な強化が図られています。

 なお、「しきしま」はこのように既存の巡視船とは一線を画した性格を有する船として誕生したため、船内構造や乗組員に関しては徹底した情報管理が行われるなど、その点でも異色の存在であったといえるでしょう。

「しきしま」は、就役すると早々に1992(平成4)年11月7日から翌1993(平成5)年1月5日にかけて行われた、プルトニウム輸送の護衛に投入されます。その任務で、フランスのシュルブール港を出港した専用運搬船「あかつき丸」(3804重量トン)を無事に茨城県の東海港へと送り届けることに成功。総日数60日、総航程約2万海里(約3万7040km)という、長期間に及ぶ護衛任務を成し遂げました。

大きいことはイイことだ!

 しかし、「しきしま」がプルトニウム海上輸送の護衛に使われたのはこの1度きり。これ以降はフランスなどで「MOX燃料」に加工したものを運搬する際は専用船が用いられ、護衛には海外の武装した民間警備会社の専門要員があたるようになっています。

 プルトニウム運搬船の護衛から離れた「しきしま」は、通常の巡視船と同じように領海警備や海難救助といった任務に就くようになります。ただ、長期の行動が可能で、ヘリ運用能力に長けている大型巡視船は洋上基地として使い勝手が良く、海賊への対処などで海外へ派遣することもできる同船は重宝されました。

 こうした実績から、海上保安庁は「重大事案、遠方事案等の新たな業務課題に対応していくためには、被害制御・長期行動能力等を備えた大型のヘリコプター搭載型巡視船が必要」との認識を示すようになります。

 その結果、「遠方事案に最低1隻を継続的に派遣でき、我が国周辺海域で重大事案が同時発生した場合にも対応できる体制」を作り上げるため、2010(平成22年)度計画で「しきしま」をベースにしたヘリコプター2機搭載型巡視船の建造を決定。こうして、事実上の姉妹船といえる「あきつしま」(7350総トン)を、2013(平成25)年11月28日に就役させました。

 このころには、日本最南端、沖ノ鳥島近海への長期派遣や、尖閣諸島の領有権を主張する中国への対処などに対し、長期間洋上で活動可能なヘリコプター2機搭載型大型巡視船が、その有用性を示すようになります。

 それらを踏まえ、海上保安庁は2018(平成30)年以降、しゅんこう型(6742総トン)やれいめい型(7300総トン)といったヘリコプター搭載型の大型巡視船を急ピッチで整備するようになりました。この動きは、まさしく「しきしま」が先駆者として道を作ったからこそだと言えるでしょう。

海保の歴史に名を刻んだ「しきしま」

 ただ、「使える」大型巡視船として常に第一線で用いられてきた「しきしま」は、国土交通省の評価書で「老朽化が極めて進行し、業務執行のみならず、船内生活もままならない状況」と明言されるほどでした。

 そのため、海上保安庁は延命改修を行うのではなく新造船で代替することを決定。こうして「しきしま」は解役に向けたカウントダウンに入っていくことになります。

 しかし、その優れたヘリコプターの運用能力などは有用だったようで、2023年5月19日から21日にかけ、広島市で開催された主要7か国首脳会議、通称「G7広島サミット」でも警備のために広島湾内にその姿を見せていたほか、2024年1月1日に発生した能登半島地震でも搭載機による物資輸送を行っています。

 間もなく32年にわたった船齢を全うし解役を迎える巡視船「しきしま」ですが、その名前は、れいめい型4番船として2024年3月13日に三菱重工業下関造船所で進水した2代目「しきしま」に受け継がれることになりました。

 ちなみに、引き継がれたのは船名だけではありません。船首側面に描き込まれる「PLH-31」という船番号も新船に継承されています。その点でも異例な「しきしま」。その名は海上保安庁の歴史にしっかり刻まれることでしょう。