たとえどんなに遠くても、どんなに並んでも、食べてみたい料理がある。そんなワクワクするような、ビジネスパーソンのためのお店を紹介。今回は、新宿の老舗「とんかつ 王ろじ」でどこか懐かしい味を体験します
●大正10年創業、100年を超える老舗とんかつ店
新宿駅を出て新宿三丁目方面へ向かい、伊勢丹の手前で曲がった先、細い路地にあるのが、とんかつの店「とんかつ 王ろじ(おうろじ)」。
創業は大正10年(1921年)。初代である店主の父親は、フランス料理を修行後、独立しこの店を開いたとのこと。
「最初は神楽坂にあって、花柳界の仕出しを中心にやっていたけれど、関東大震災にあってね。新宿の十二社(じゅうにそう、現在の西新宿)に移って、その後戦争にもあって。こっちに出ておいで、と言われて今の場所に来たのが昭和21年(1946年)なんですよ」と店主。
さすが老舗、関東大震災も第二次世界大戦も店の歴史です。
ちなみに店名の由来は「路地の王様」だから「王ろじ」に。そして、のれんに書かれた独特の文字などは全て、先代の店主がデザインしたものです。
「こだわりの強い人、尖った人だったからね。昔はメニューもみんなこの文字だったから、お客様から読めない! と言われたこともありましたよ」
いわゆる“頑固親父”で、客の態度によっては叱り飛ばすこともあったそう。だからこそ、こだわりの味、ここでしか味わえない唯一無二の味が生まれたとも言えます。
「時代に流されず、うちはうち。昔ながらのやり方を続けています」
父から子へ、そして孫へ。3代、4代に渡って愛され続けている店、王ろじに来たら味わってほしい料理を紹介します。
●店の顔とも言える「とんかつセット」2000円
まずはこの店を代表するメニュー「とんかつセット」。ここにはヒレカツはありません。全てロースカツです。
「うちはロースしか使わないですね。国産の豚ロース肉を食べやすく、程よく脂や筋を丁寧に取って叩いてから丸めて成形し、衣をつけています」
油は大豆の白絞油、衣はおろした生パン粉。中の肉は柔らかく、衣はカリッとするよう、独自の方法で揚げているとのこと。
素材の一つ一つ、調理の一つ一つに、真剣に向き合い、こだわっていることが伝わってきます。
いざ食べてみると、ザクザクの衣に、ジュワッと柔らかい肉。口の中でほろっと解けていくような食感です。1枚肉の塊ではなく、丸めているからこその層を感じる柔らかさ。程よい肉のしっとり、むっちり感を感じられます。
そして豚汁も独特。具は炒めたタマネギとベーコン、豆腐です。
「味噌は、新潟にある味噌蔵から直送してもらっている麹味噌。ずっとこの味噌で変えていないですね。注文が入り次第、イベリコ豚のベーコンを炒めて仕上げています」
味噌汁にベーコン? と思う人もいるかもしれないですが、旨みの強い麹味噌と合わせることで、よりコクの深い美味しさに。この豚汁のレシピ、知りたい!
●王ろじといえばこれ! 名物メニュー「とん丼」1250円
そして、王ろじといえば、の名物メニューが「とん丼」。卵がかかったカツ丼ではなく、いわゆるカツカレー。丼の中には大きなカツ3切れと、昨今ではあまりみなくなった、黄色いカレー、いわゆる昭和の時代のカレーがかかっています。
「このカレーもね、今のようなルーや香辛料がたくさんある時代とは作り方が違います。10年漬け込んだニンニクや、りんごをソテーしたものを入れるなど、限られたスパイスで作る、昔ながらのレシピのカレー。ちょっとした工夫があるんですよ」
改めて思う。昭和の時代の黄色いカレー、もう何年食べてないんだろう。給食のカレーってそういえば黄色だったなぁ。とか。平成生まれ、令和生まれの人には馴染みのない、だけれど昭和生まれにとってはとても懐かしいカレー。
味わってみると、コショウがきいたピリッとした味わい。そこにカツの油の甘みがいいバランスとなっています。これは丼を持ってがっつきたい…のですが、できない。実はこの器、丼と下の受け皿が一体となったもの。
この器、どうして誕生したんですか?
「これも親父が作ったものでね。洗いにくいし重ねられないし。なんでこれになったのか、理由はわからないんだけどね」とにっこり。
理由は謎のままですが、王ろじのとん丼といえばこの器。暖簾の文字や器など、こだわり満載だった先代の名残、と言えそうです。
●しっかり分厚い! 重量感のある「とんサンドウィッチ」1280円
そして、王ろじで味わってほしい品がもう一つ。それは「とんサンドウィッチ」。分厚いかつとキャベツの千切りやキュウリ、ソースを、耳をカットしたパンで挟んだ食べ応えのある一品です。
このサンドイッチ、もしかして神楽坂や十二社時代、花柳界への仕出しで作っていたものなんですか?
「いや、これと全く同じではないですね。でも仕出しでサンドイッチは作っていましたよ」
今とはスタイルが違うとのことですが、もしかして綺麗なお姉様たちが、大口を開けずに食べられるようなサイズ感だったのかも? 冷めても美味しく、片手で味わえるサンドイッチは、昔からきっと人気が高かったのではないでしょうか。
大正から昭和、平成、令和と4つの元号にまたがり、昔ながら、そして唯一無二のトンカツを提供し続ける王ろじ。
「変わるつもりはないのですが、このご時世で、続けるということは本当に難しいですね」と語ります。
変わらないからこその良さと、継続する難しさを語れるのはご自身が40年続けてきたからこそ、なのでしょう。
「実はね、エビフライも人気が高いんですよ。最初は賄いだったんだけれど、お客さんが食べたいってことでメニューに出すことになって」
ちなみに、とんかつもエビフライも、セットだけではなく単品で注文可能。なので、ビールや日本酒と一緒にとんかつやエビフライを味わったのち、サンドイッチまたはインディアンカレ−1050円でしめる、というのもよさそうです。
初めて来てもどこか懐かしく、そして昔来たことがある人にとっては、変わらぬ味に思い出が蘇る「王ろじ」のとんかつ。次回は昭和のカレーをわかる同世代、または上の世代の友人と食べにきたい! と思います。