九州大学病院(福岡市東区)に出入りできる立場を悪用して使用前の銀歯を盗んだとして、福岡県警が4月に歯科医師の男(38)を窃盗容疑などで逮捕した。男は約10年間で同病院から100回以上、使用済み銀歯を中心に盗んでは換金し、約3000万円を得たと供述。金やレアメタル(希少金属)を含む銀歯は近年高騰しており、県警は大量に入手できる大学病院がターゲットにされたとみている。(岡林嵩介)

自由に出入り

 「使用済み銀歯の価値を知り、病院に出入りできる立場だからできた」。捜査関係者はこう話す。

銀歯盗み10年で3000万円換金…素材の「金銀パラジウム合金」は1グラム2909円

金やレアメタルを含み高騰している銀歯(使用前)(福岡市の歯科医院で)

 逮捕された福岡市中央区の歯科医師(釈放、任意捜査中)は過去に同病院で勤務したことがあり、2022年度から同病院で研修が受けられる「研修登録医」としてIDカードで自由に出入りしていた。使用済みの銀歯の窃盗は勤務していた10年ほど前から繰り返していたという。「病院側も、これまでは廃棄予定のものだったから盗まれても気付かなかったのだろう」と捜査関係者はみる。

 だが、4月2日の逮捕容疑は、昨年8月13日夜に同病院で使用前の治療用銀歯1個(約2・5グラム、時価約7600円相当)を盗んだというものだった。翌日使うはずの銀歯がないことに医師が気付いて発覚。従来と異なる「未使用」を狙ったことが契機となった。

1グラム2900円

 複数の歯科医によると、使用済み銀歯については患者自身がどう処分するか決められるが、治療した医院などに委ねられ、歯科医がリサイクル業者に売ることが多いという。

 同市中央区の歯科医院では、患者が不要とした銀歯などを容器にため、3〜4か月ごとに業者に50〜60グラムほどを買い取ってもらっている。一度で十数万円になるが、特に厳重に保管しているわけでもないという。

 

 男性院長は「売却益は経営費に充てている。ただ、粉々になっていたり、汚れていたりして、盗むほどの価値があるとは思えない。大学病院だと大量に生じるので、大金になると考えたのだろうか」と事件の発生に驚く。

 捜査関係者によると、事件で盗まれた銀歯の素材は「金銀パラジウム合金」。男性院長によると、銀歯には医療保険が適用されるが、適用範囲内で強度や耐久性を上げるため、高価な金やスマートフォンなどに使われる希少なパラジウムを混ぜてつくられるという。一般的な含有率は銀40〜50%、金12%、パラジウム20%などとなっている。

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 銀の相場は1グラムあたり150円程度だが、金銀パラジウム合金の価格は上昇している。厚生労働省によると、医療用の銀歯に使う合金の告示価格は10年4月に1グラム619円だったが、22年7月には3715円まで上がり、今年4月時点も2909円を維持している。パラジウムの産地・ロシアのウクライナ侵略を受けた供給不足や、円安の進行が影響しているとみられる。

 金歯や銀歯などの買い取り会社「シカキン」(兵庫県芦屋市)には、全国の医院や個人から使用済み銀歯などが持ち込まれ、1日で数百件買い取ることもある。高温で溶かして液状にし、金銀パラジウム合金を抽出してリサイクルする。新崎哲雄社長(49)は「金歯と違って銀歯は売れないと思っている人も多いが、貴重な資源だ」と話す。

「職員に注意喚起」

 日本歯科医師会(東京)は、銀歯などの取り扱いについて「各医院などで適切に管理していると認識している」としながらも、「貴金属のためトラブルの原因になりやすく、患者の意向を確認して対処するよう指導している」としている。

 被害に遭った九大病院も取材に「原則として患者に声かけして戻しているが、不要の場合は病院側に残るものもある」と回答したが、処分方法については捜査中であることを理由に明らかにしなかった。一方で、「窃盗事件が起きたことは誠に遺憾。職員に向け、盗難への注意喚起など盗難防止に関する対策を行った」とコメントした。