第69回小学館漫画賞の贈呈式が1日、都内のホテルで行われた。「数字であそぼ。」で受賞した絹田村子氏は作品への信念を語り、審査を担ったブルボン小林氏は講評を寄せた。

 同作は驚異の暗記力で名門大学に進んだ主人公が、大学の数学に挫折したことを起点として、奇人変人に囲まれながら学生生活を送るコメディ。

 芥川賞を受賞した小説家・長嶋有を別名に持つブルボン小林氏は、主人公の描かれ方に感銘を受けた。

 小林氏は「全員がエリートなのにバカ。ツッコミも次の話ではバカになっていて、『オバケのQ太朗』みたいに全員がバカで楽しい」と感想を述べ、そして「10巻まで読むと別の方向から感動が襲ってきた」と語った。

 漫画の主人公は「ドラえもん」野比のび太のようなダメ人間、「キャプテン翼」大空翼のような最初からの天才、ダメ人間から成長して出世し成功するキャラクターに分類されると指摘。その上で「数字であそぼ。」の主人公を「画期的で新しい」と評した。

 小林氏は「最初に挫折した主人公の挫折感がずっと減らない。作中ではずっとビリで数学が分からないと不安な顔のまま。試験に合格して次のステップに進んでも、主人公は自信に満ちた、充実した表情を見せない。努力して克服して自信を持つのが心地いい漫画だが、この主人公はどこまで頑張っても仲間内では自信がない。それでも数学が好きだからやめない。そこまで読んだ時に、あふれるような感動があった。本当の人生で頑張っている人はそうなんじゃないか。新しい『頑張る主人公』の姿が描かれている」と論評を寄せた。

 続けてマイクの前に立った絹田氏は関係各所への感謝とともに、自身の信念を語った。「最初の連載の『さんすくみ』で、ある雑誌での〝おいしいお新香か漬けもののような漫画〟というコメントがとても嬉しかった。メインディッシュではないけれど、あるとほっとして、それがおいしいと嬉しい。軽くつまめるような漫画に、知らないことや意外な世界を盛り込むことで、読者に身構えることなく味わってほしい。現実だけど、少し特殊で大多数の人が知らない世界を描いてきました」と自身の歩みを語った。

 そして「そういった人たちが、多くの人には理解されない価値観を持ちながら、生活している様子を漫画にして楽しんでいただきたい。そして『自分とは大事にしているものが違う人がいる』ということを理解、手助けのきっかけになれれば嬉しいなと思い、これからも精進したいです」と続けた。

 「さんすくみ」は宮司の息子、住職の息子、牧師の息子の3人が繰り広げるコメディ作品。絹田氏は他にも死体の第一発見者となる不思議な体質になってしまった主人公が描かれた「重要参考人探偵」を発表している。

 今年度は他に山田鐘人原作・アベツカサ作画「葬送のフリーレン」、松井優征「逃げ上手の若君」、稲垣理一郎原作・池上遼一作画「トリリオンゲーム」が受賞。今年度から漫画文化の多様さを鑑み、昨年までの「児童向け部門」「少年向け部門」「少女向け部門」「一般向け部門」の各部門が廃止された。受賞者には正賞としてブロンズ像「みのり」(中野滋作)、副賞として100万円が授与された。審査員はおのえりこ、恩田陸、川村元気、島本和彦、高瀬志帆、ブルボン小林、松本大洋が務めた。

(よろず〜ニュース・山本 鋼平)