報道が招いた株価暴落

 小林製薬が製造・販売したサプリ「紅麹コレステヘルプ」を飲んだ人が健康被害を訴え、4月4日時点で、腎臓疾患で5人が死亡、入院者数は196人で医療機関受診者は1120人にのぼるという。消費者庁は同社に対し、健康被害が過去3年でなかったかどうかの調査をするよう要求。その結果、紅麹原料を販売した52社と、これらの企業から紅麹の供給を受けたメーカー173社から健康被害に該当する例はなかった、との報告を受けた。

 小林製薬は摂取の中止を呼び掛けたうえで自主回収を進め、小林章浩社長ら幹部が会見で状況を説明し、謝罪した。カビが生成するプベルル酸が混入しており、これが健康被害の原因ではないかとの説も登場し、厚労省は製造工場に立ち入り検査をした。

 マスメディアはこの件をセンセーショナルに取り上げ、「紅麹=危険」というイメージが一気に醸成された。小林製薬の株価は3月22日の6056円から次の営業日である3月25日には5056円にまで下落。紅麹報道が株価暴落を招いたのである。

 一方、東京工科大学の今井伸二郎名誉教授(免疫食品機能学)は3月31日に放送された「サンデージャポン」(TBS系)でこの件についてこう解説した。

発端は報告

「まったくこれは一種の風評被害に近いと私は思っている。この何百年という期間食べられていたものであって、そういった報告が一切ないってことは、要するに食べ過ぎていなかったら基本的にそんなことは起こらない。元々我々が食べているものの中には、毒物のようなものが含まれていることもあるんですよ。毒が出る量を食べてないから健康被害が出ていない。これは紅麹も同じだと考えていい。今回はサプリメントいう形で濃縮したのを食べている。1日3錠というところを30錠とか飲む人がいないとも限らない」

 今回の騒動の発端は、日大板橋病院の阿部雅紀教授が、3人の腎機能障害を持つ患者が2023年春からこのサプリを飲んでいたことから疑いを抱き、小林製薬に報告したことにある。その結果、「紅麹サプリを飲んでいた5人が死亡し、196人が入院」となった。年間100万個売れた商品なわけだから、1ヶ月に1袋を消費するとして、ユーザー数は約8万人となる。途中で服用をやめる人も多いだろうから、実際のユーザーは10〜20万人台といったところか。

全面的な謝罪の必要性

 同サプリは悪玉コレステロール値を下げることを謳っているが、腎臓病とコレステロール値には関連性がある。阿部教授が診断した患者も元々腎機能に問題があったからサプリを飲んでいたかもしれないし、慢性腎臓病患者は日本に1330万人(成人の8人に1人)もいる。それなのにこの50代〜70代の3人に共通していたのが、同じサプリだったということから、阿部氏は顔出しでメディア出演をし、小林製薬の紅麹サプリが疑わしい、と語った。 被害の拡大を食い止めたいとの思いは理解できるが、この時点で紅麹が悪者であるかのようにと断じるのは早すぎたように思えるのだ。実際、9日に会見を開いた日本腎臓学会の南学正臣理事長は「多くの人は摂取をやめるだけで、腎機能が改善している。必要以上に怖がらなくてもいい」と冷静な対応を求めている。

 小林製薬の姿勢は誠実ではあるものの、因果関係がまだ分からないものなのだから、会見で全面的に謝罪する必要はなかったのではないか。もちろん、会見は開くに越したことはないが、あくまでも「調査中」という表現にとどめた方がよかったように思うのだ。そうすれば、少なくとも「紅麹=危険」というイメージはここまで拡散しなかっただろう。今後、仮に健康被害との因果関係が薄いことが明白になっても、厚労省もメディアもその判断や報道姿勢が問題だったとは認めないだろう。何しろ決めつけのような報道をし、役人も大勢で工場に出入りするところを大々的に見せたのだから。

3万円分買った

 地方の局は県内の患者数をこぞって報じ「わが県でも出ています!」と煽る煽る! その間に、購入者が体の不調をこのサプリのせいにして、賠償請求する事態に発展したらこれは取り返しがつかないことになる。過去の事例を振り返ると、サプリのせいにすればお金がもらえる、と考えてやらかす人間が出てもおかしくない。

 この件で思い出すのが「西友偽装肉返金事件」だ。2002年、スーパーチェーン・西友が輸入された牛肉や豚肉を国産と偽装していたことが発覚。その時、レシートなしでの返金をすると発表したところ、札幌の店舗に人が殺到。本来1300万円ほどの売り上げだったが約5000万円を支払う結果となった。この時は暴力団関係者がススキノにたむろしている若者を雇い、彼らを店に行かせ、「3万円分買った」などと申告させたのである。

 西友はさすがにレシートは捨てていると判断したことと、お詫びの気持ちもあっただろうし性善説を信じていたためレシート不要だとした。その判断はすぐに大間違いだったことが分かる。国産の牛肉が100グラム398円だとした場合に、輸入牛は198円〜298円といったところか。返金をするというよりは、「お詫びセール」をするぐらいでよかったのではないだろうか。

愛され企業

 そして、2008年、ファミレスのサイゼリヤで有害物質・メラミンがピザに混入されていたことが発覚。この時はレシートはあった方が望ましい、と発表されたから虚偽申告をする者が続出。「4勝3敗」「3000円ほど稼がせていただきました」などとSNSに書きこまれた。あとは4人組が「名演技」により7500円を獲得したことも報告されていた。

 こうした例はあったものの、サイゼリヤの場合はレジの記録からその時に何枚のピザが注文されていたか分かるため、大抵の場合は嘘がバレていたようだ。毅然とした対応が重要なのである。

 今回、Xには「#小林製薬がんばれ」的なハッシュタグができており、同社が日頃から愛され企業であることが窺える展開になっている。普段からのイメージ戦略が重要なのは「ペヤングゴキブリ混入事件」の時も認識された。2014年12月、「ペヤングソース焼きそば」にゴキブリが入っていたというXの投稿がされた。ペヤングは元々愛されブランドであったこともあり、この時は投稿者による自作自演説が出たほか、投稿者に対して「回収になったらどうしてくれるんだ」といった批判が多数寄せられた。

調査中でよかったのでは

 結局製造元のまるか食品は工場のラインを止め、約半年後にゴキブリが入らないような新パッケージデザインのペヤングを販売。この時は「ペヤング復活祭」などと題してYouTuberが動画を多数投稿したし、スーパーでも「ペヤング復活祭」のコーナーを作って盛り上がった。

 かくして普段から愛されている企業であれば、消費者の後押しは見込めるだろう。小林製薬の場合、機能解説がド直球の分かりやすい商品名(ナイシトールや今回のコレステヘルプなど)と、大量のCM出稿でそのイメージを作ってきた。大慌てで謝罪するのではなく、回収はしたうえで「調査中」と言い張った方が良かったのでは、と思うのである。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部