アメリカの野球に向いていない

 MLB・サンフランシスコ・ジャイアンツがマイナー契約をしていた筒香嘉智を解雇した。これにより筒香はFAとなり、今後は他球団との交渉が可能となる。筒香に関してYahoo!ニュースのコメント欄を見ると、メジャー昇格を諦めないその姿勢に対し、好意的な意見が多数並ぶ。

 筒香は2019年オフにタンパベイ・レイズと2年1200万ドルの契約を結んだが、良い成績は残せず、2023年シーズンまでの通算では557打数110安打の打率.197、本塁打18本、75打点だ。レイズ、ドジャース、パイレーツと渡り歩き、今回ジャイアンツから解雇された。恐らく筒香はアメリカの野球が向いていないのではないだろうか? 日本では2016年に打率.322、44本塁打、110打点を挙げるなど抜群の成績を残した選手である。

 2年1200万ドルの契約は凄まじい金額である。筒香は地元・和歌山に後進のために野球場まで作った。見事な人物である。しかしながら、筒香のことを応援し続ける一般人の姿勢はいかがなものか。「本人の夢と挑戦を応援する」という大義名分はあるだろうが、多分、筒香は「アメリカの野球に向いていない」ことを、今一度外野の礼賛者は認めた方がいいのではないか。それは32歳、5年目のシーズンを迎えてマイナー契約でクビになったことからもはや明白に思える。

とにかく日本野球が合ったバース

 私自身野球選手ではないので安易にモノは言えないが、筒香は日本の「野球」という競技では超一流だったが、アメリカの「Baseball」は合わなかったのではないか、と思うのだ。というのも、アメリカでは凡庸な成績を挙げた多数の外国人選手が日本に来て大活躍した過去があるからだ。

 その最たる存在が「史上最強の助っ人」と呼ばれる元阪神のランディ・バースである。メジャーでは6年間で325打数69安打の打率.212、9本塁打、42打点である。もっともホームランを打った年は1981年の「4本」だ。しかし1983年、阪神に入団すると打率.288、35本塁打、83打点の活躍を見せる。その2年後、阪神優勝の1985年は打率.350、54本塁打、134打点で三冠王に。翌1986年は日本球界史上最高の打率.389を達成。47本塁打、109打点で2年連続三冠王になった。

 なお、日本でもアメリカと同じく6年の在籍で通算成績は打率.337、202本塁打、1457打点でOPSは驚異の1.078。バースは日本の野球が競技として向いていたのだろう。当時の甲子園球場はラッキーゾーンもあり、ホームランも出やすかった。アメリカではフェンス手前で捕球されてしまうフライも甲子園だったら入ったかもしれない。しかし、この高打率を考えると、バースはとにかく日本野球が合ったということなのだ。

年棒数億円で

 だからこそ、筒香も「野球とBaseballは違う。私が活躍できるのは野球である」と考えてもいいのではなかろうか。もちろん、本人の挑戦する気持ちを一番尊重すべきだが、外野が筒香のことを過度に礼賛し過ぎている現状がある。通常ネット空間は期待された成績を残せないアスリートに対して手厳しく、罵詈雑言の嵐になりがちなのだが、筒香に関しては優しいのだ。筒香関連のYahoo!ニュースのコメントには以下のようなものがある。

〈お願いします!アメリカでやれるだけやってほしい。終わったっていい。挑戦する姿勢、子供たちに見せてほしいです。筒香さんは今、凄い役目を担ってます。日本に帰ってやる姿、私は我慢します。〉

〈一生遊んで暮らせるだけの金は稼いだろうに、それでも野球に挑戦し続ける姿勢は感銘する〉

 日本では抜群の成績を出したがアメリカではパッとしなかった選手では広島の秋山翔吾がいる。多分秋山も向いていなかったのだ。だからこそ2年で日本に戻ってきた。しかも、ひとたびメジャーを経験すると「メジャー補正」とでも言えるだろう、年俸数億円で契約してもらえることが慣例になっているのである。

賞賛の声が窮地に追い込むことも

 本来他球団を戦力外になった選手であれば、3000万円でも御の字なのだが、メジャーに行った場合は数億円が当たり前になる。筒香も2021年、その年3球団目のパイレーツで後半に当たりまくり、打率.268、8本の本塁打を打った直後に日本球界復帰をしていれば良かったのにな、と他人事ながら思ってしまう。

 ここには「出戻りは恥」という概念がある。本来人生というものはいくら失敗してもその後挽回すればいいのだが、日本球界に戻れば負けを認めることになる、といった考えを筒香が持っているのであればその必要はない。なぜならあなたは日本のトップ0.0001%の野球エリートなのだから。そこに誇りを持っていけばいいのでは、と凡人である私は思ってしまう。

 挑戦する姿勢を見せる人物に称賛の声を送るのはいいのだが、そうした声が却ってその人物を窮地に追い込むこともあるものだ、とも思えた筒香に関するネット世論である。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部